そんなわけでだるまさんが転んだだるまさんが転んだとぎりぎりまでだるまさんが転んだを唱えつづけてようやく気が済んだところでいや必ずしも済んではいないのだが仕方なくというか已むを得ずというか紙面を離れるとまるでそのときを待ち構えていたかのようにざわつく気配が膨らんでゆくらしくそれでも見ることを差し控えるのはもちろん目がちかちかするからでその分耳が頑張るというか休んでいる目の代わりになれるとでもいうように一挙に音が溢れだし音に包まれて刷毛か何かで擦るようなそれは雨音だろうかとはいえすぐに遠退いて紙面手前の角辺りに置かれた手が紙面を擦るように動いていてそれでカサカサいう音がずっとしているからだろうそちらのほうへ視線というか意識というか流れてゆき時どき捲るために上のほうへ持ち上げられて一段と大きく響くのを聴くともなしに聴きながら濡れた髪を弄んでいるうちに眠気に襲われてその音が眠りを誘うのかどうかそれは分からないがそんなふうにいつも眠ってしまうのらしくそれなのに目醒めると蒲団の中にいるからどうやって移動したのだかそれもまた謎に包まれているというか眠りながらどこへでも歩いてゆけるそんな技があって知らぬ間に身につけているというか生来この身に具わっているとそう思っていた節があり誰もがそれを具えているか否かそれは知らないがとにかく紙を捲る乾いた音だけが耳に届くというかそれよりほかの音が届かないというか眠りに落ちる前かそれとも眠りの中でかそれは分からないがその音を聴いているのであり尤もそれしか聞こえないのだから聞こえてくるそれを聴くほかないわけでつまり干涸らびた植物の死骸を寄せ集めたものが発する乾いた響きをだがまったくそれは乾き切った響きで少しの湿りも感じさせないのであるからしてこれ以上ないほどに乾き切っていると言ってよくどこか落ち葉を踏みしだく響きを思わせるのもさらには草いきれと日の匂いの甘たるく気怠い小道にそれが響くのを聴いてしまうのもそのせいだろうかもちろんそこまで乾き切ってしまえば肌触りも極端に悪くなるし艶も潤いもなくなって先端部が二又に分かれたりして全体に見窄らしい感じになるからつまりちょっとした油断が取り返しのつかないことになると至るところで耳にし刷り込まれてなかば強迫観念と化しているからそうならないように細心の注意は怠らないがもう乾いただろうかそれともまだ湿っているだろうか少しく頭を傾けると傾けたほうへ滑るように流れて首筋や肩を撫でてゆき肌に触れるその感触や頭皮に掛かる荷重の変化などから乾き具合が分かるというのではないにせよいくらか重たげな動きからしてまだ乾いていないことは何となく分かりそれでも手で触れてみないことには気が済まないというかなかば無意識に動いて気づけば黒々した葉叢の中をまさぐっていてそうしてまさぐりながら確かめるとやはりまだ湿っているというかもうほとんど乾いてはいるがそれでもほんの少しだけ湿っていて指の腹に吸いつくような粘りを感じないでもなくいつもならもう乾いていてもいい頃合いだろうからちょっと乾きが遅い気がするが気のせいだろうか尤も比較対象としての常なるものを正確に把握しているわけではないからただそんな気がするというだけだが感じというか感覚というか主に経験の蓄積によって齎されるそうした判断もそれなりに当たってはいてやはり雨が降っているのだろう雨足は弱くほとんど聞こえないが注意深く耳を傾けると微かな響きがカーテンの向こう窓硝子のさらにその向こう側からたしかに聞こえつまりそれらを挟んでこちら側が内あちら側が外というわけだがそれがそれとして意識されると至るところに落ちるというか当たるというかその音の違いについても耳は捉えるらしく甲高い響きから鈍い響きまで規則的な響きから不規則な響きまで聞こえてくるがさらに集中すればもっと聴き分けることができそうな気がしてくるというのはコンクリートやアスファルトや電柱や電線や木々や枝葉や道端の草や土や石や砂や布やビニールや紙やプラスチックやゴムやそうしたものそれぞれに固有の音というか周波数というかその違いをだがなぜといって材質が違えば音も違うだろうし大きさや形が異なれば音も異なるだろうからでそうとすればひとつとして同じ音は存在しないのではないか全部が違う音になるのではないかもろちんそこまで耳はよくないからつまり至って普通の聴覚しか持ち合わせていないから全部を聴き分けることはできないがそれでもある程度は聴き分けられるのでありそれも経験の蓄積によるものだろうそうして微かな雨音に聴き耳を立てていると匂いが鼻先を掠めもして空気中に含まれる水分が多いのだろうつまり湿度が高いというわけでその湿っぽい感じは水辺というかプールサイドというか似ているようだが若干異なるもので降り注ぐ雨のもとでしか感じられない匂いと言ってよく、いずれにせよ煙るような霧雨に囲繞されて視界が悪いから自ずと視線は足元に注がれて規則的に繰りだされる自身の足が黒々した路面の拡がりの中で仄かに浮き立っているのを何となく意識しながら差すというよりはその中に身を隠すようにして掲げ持ってどこへ向かうのかここにも色とりどりの花が咲き乱れてその香に包まれるというのではないにせよ何がなし華やぎを添えるからだろういくらか足取りも軽やかで足元には太くて長い線が白く波打っているがその上をぴちゃちぴちゃと踏み鳴らしながら軽快に飛び越えてゆくらしくというのは同じ間隔で波打っている白い線と白い線との間をだがもちろんどこまでも深く切れ込んでいて落ちたらひとたまりもないからでそうかと言って白い線の上も濡れて滑るからそれはそれで危ないのだがその後ろ姿を見ているというかその背を追ってゆきながら乾くまでにはまだもう少し掛かるだろうと耳を傾けるとぴちゃぴちゃと踏み鳴らす音が右から左へ左から右へ忙しなく行き来して不意に遠離ってゆくのは雨音が強くなったからだろう周りに遮るものがないから吹き寄せる風を真面に受けて揺れこそしないものの軋むというか苦しげに喘ぐというかそんな響きを響かせながらそこに雨滴の音が重なって音それ自体大きなものではないが圧というか何というか耳馴れたものなのに耳馴れない印象で引き攣れる感じに聾されて耳鳴りとも違うが耳鳴りのようでもありとにかく雨足が強くなってそれで掻き消されてしまうらしくだから今一度そちらのほうへ目を向けるというか意識を向けるというか意志の力で手繰り寄せながら手繰り寄せられるそれを眼差すのであり要するにそうして眼差すことで明瞭になってゆくわけで何もかもが悉くが残らず全部がというわけにはもちろん行かないにせよなぜといって何かを見るということは見ている当のもの以外を見ないということにほかならないのだからつまり見ることは見ないことでもあって見ないことで見るというか見ないからこそ見えるのでありいずれにせよ少しずつ変化してゆくだろう当の変化を変化として捉えることができれば違いというか経過というかそうしたものも分かるだろうそんなわけで黒々した葉叢の奥のほうがまだ湿りを帯びているらしくその辺りをまさぐりながら待っているのだがというのは乾くのをだがとはいえいつになったら乾くのだろうもちろん待っていればいつか乾くに違いないがそのいつかがいつなのか五分か十分か十五分かそれは分からないが今はまだ湿っているのでありそれでも待つからそこに時間が生じるというか作動するというかつまり待ち時間ということだが最初から待たなければそこには何もありはしないし待ち侘びたり待ち倦ねたり待ち構えたり待ち望んだり待ち焦がれたり待ちくたびれたりもしないわけでつまり待つことをやめるには待たなければいいだけのことで至極簡単なことなのだがその簡単なことが簡単にはできそうにないからもどかしいというか歯痒いというか簡単なようでいて実はとても困難なのではないかなぜといってきつく閉めたはずの栓が弛んで一滴また一滴と雫が垂れてくるように気がつくとそうした構えというか心持ちになっているのだからとにかくそうした歯痒さもどかしさを抱えながら待っているわけだがあまりにも居心地がいいからだろうそこから自発的に降りるのは容易ではないというかそんなこと考えもしなかったのでありだからいつまでもそこに居坐って眠り込むことになるわけでそれでも快く迎え入れてくれるのだからそこへ行かない道理はなく全裸のこともあるが大抵は半裸の姿でよく拭いもせずに濡れた身体を押しつけるから水滴は衣服に吸い取られて直(じき)に乾くにせよ濡れた髪はそうも行かないからぴちゃぴちゃと滴って辺りを湿らせて已まずそうして指に絡みつくそれはまだ幾本かの束になって滑り落ちてゆき滑り落ちながらいくつもの流れが合流して徐々に膨れ上がってゆくとさらに速い流れとなり棒というか針というかほんの少し飛びだしているその先端部から滴らせながら縁というか際というか針と針との間を結ぶいくらか反り返った稜線の向こう側になかば覗きなかば隠れている艶やかな黒い髪を踊らせて跳ねるように踏み鳴らしながらぴちゃぴちゃと上下に揺れるたび雨中に花も揺れその下にいると分からないが遠目にそれは華やいで見えるに違いなくだからそれは華やいで見えるのでありさらには四囲にも波及してゆくのでありその波及力たるやそれはもう大変なもので、とにかくぴちゃぴちゃいう音が四囲に響き渡るのはぴちゃぴちゃと滴っているからでつまり前に屈み込むことで拡げた紙面の上に滴り落ちていくつもの染みを作ってしまうのでありそしたら滲んで読めなくなるというのではないにせよ元より読めはしないのだが歪んで波を打つからそれに合わせて文字のほうも歪んで波を打ち真っ直ぐな線もくねくねと曲がった線になってそれまで固い表情だったのがどこか戯けた感じになるからだろうそれを面白がっていた節があり滴り落ちる水滴が紙に吸い込まれ拡がってゆくのを飽かず眺めているのを飽かず眺めているがもう乾いただろうか乾いていれば線は元の通り真っ直ぐになっているはずでそれとも一旦歪んでしまったものは元通りにはならないのだろうかさっきまでの堅苦しい面持ちには戻ることなく戯けた表情のままなのだろうかどちらかと言えば戯けた表情のままでいてくれたほうが好ましいがそれを確かめようと目を凝らすも視線が彷徨うというか焦点が定まらないというか見ること眼差すことが巧くできなくなってつまり余ほど眠いのだろうそのままいつものように寝入ってしまうのだろうかというのは膝の上でだがさっきまで聞こえていた雨音も波が引くように遠退いてカーテンの向こう窓硝子のそのまた向こうはひっそりと静まり返っているが雨が上がったわけではなさそうでなぜならよく耳をすませば聞こえてくるからでぴちゃぴちゃと滴っているのがさらには跳ねるように行き来するのも見えてくるしカタカタと廻転しているのも見えてくるしつまり全部が見えるのでありもちろん見ることができるもの全部ということだから全部ではないと言えばそれはそうなのだがそれでも全部は全部であってその全部が見えるのでありそうしてぴちゃぴちゃと滴らせながらあちらからこちらへ太くて長い線の上を濡れて剥がれ落ちたのだろう小さな文字たちを数多引き連れて軽快に飛び越えながらどこまでも駆け下ってゆくらしくそんなわけでついさっきまで隙間もないほど埋め尽されていたのが今や所どころ抜け落ちて白さが増すというか重々しさが薄れるというか寒々と言ったら言いすぎか少しく風通しがよくなったことはたしかで平らかなその紙面を滑るように踏みながら文字と文字との間をすり抜けてゆくが急に辺りが暗くなったのは日が落ちたからではなく皺寄った大きな手が上から覆い被さってくるからでつまり紙面を引き剥がしに掛かるらしく端のほうを摘み上げるとその部分から持ち上がってこれまで以上に大きな音が響いて四囲を圧する中全部を薙ぎ払ってゆくというか何もかもが裏返されて最早べつのステージと言っていい新しい紙面に取って代わられるのでありといってどこがどう違うのかその違いについてはよく分からないのだが違うということは分かるから不思議でそうして新たな地平に降り立つとそこには未知の領野が拡がっているというかどこまでも拡がりつづけてとても踏破することなどできそうになくそれでもその広大な領野を一歩一歩踏み締めてゆくというか踏み締めてきたというか跳ねるように軋ませながら何度も何度でもそのうち黒い染みのような無数の点に覆い尽されて全身黒ずくめになるが一跳ねするたびに一粒また一粒と溢れるように零れ落ちてゆき点々とそれは黒い穴を穿ちながら虫喰いのように蝕んでゆくというか何もかもを無に帰してゆくというかそこら中穴だらけにしてつまり深く切れ込んで底のない穴が至るところに現出してそこへ落ちたら二度と生きては帰れないとそう思っていた節がありだから白い光跡の上をそこだけを踏んでゆく跳ねるように軋ませながら何度も何度でも。