友方=Hの垂れ流し ホーム

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あったにせよなかったにせよ背の高い木棚を前にしてそこから抜き取った木札を元通りに差し込むと再び開けることができるようになるのでありだから木札を元通り差し込んで扉を開けるのだがというか開けたのだがどこへ行ってしまったのか中は空でつまりいるはずのものがいないのであり誰かが誤って扉を開けるかそれとも故意にそうしたのか分からないが扉が開けられたその隙に飛んで逃げてしまったのだろうかだとしたらどうやって鍵を開けたのか木札がこの手にあるということは鍵が掛かっていることの何よりの証しなのだからいずれにせよそれがなければ帰るに帰れないからこの先ずっとここに留まっていなければならないということになり必然それはここんちの子になることを意味するわけだがもちろんそんなことにはならずつまり射し込む光が増すにつれてそこに光が染み入るというかそこから暗さが揮発するというか明るい部分と暗い部分とに分かたれてくっきりと浮かび上がると元通りそれはそこにありそうして大人しく眠っているらしい番の鳩を起こさないようそっと取りだすとまだ少し濡れている両の足に填め込んでぴったりと吸いつくような感触に浸りながら足に填めたその分だけ重くなっているのにいくらか身体が軽くなったような気がするからだろう鳩のように飛翔できるかもしれないとそう思っていた節があり見えないその羽撃きによってそれは可能になるのでありもちろん軽々とは行かないにせよ助走をつけて勢いよく飛び上がれば風に乗ることができると駆けだしてゆくのを見ているというか見ようとして目を凝らしながら駆けてゆくその背のあとを追って中から外へところが明るい屋内から急に飛びだしたせいで四囲はよりいっそう濃く深い闇に覆われて見えるものも見えなくなりそれでも駆けてゆく足音が闇を照らしながら点々と跡を残しているから波紋のようなその痕跡を頼りにあとを追うとすぐに後ろ姿が浮かび上がって跳ねるように駆けてゆくのが眩しいほどでいやたしかにそれは闇の中できらきらと眩しく煌めきながら生乾きの髪が纏わりつくのも気にせず駆けてゆきそれでも夜風が生温いのは気になるらしく目に見えぬ風から逃れようとジグザグに走ったり急な方向転換をしたりしているうちに先に飛びだしたはずがいつの間にか追い越されていて前をゆく背がこちらを振り返りながら桶を抱えているほうのそれではなく空いているほうの手を差し伸べるのはもちろん桶を抱えているからだが差し伸べられるその手を取るというかその手に縋るというかすると見せ掛けてすり抜けてゆきそれでもすぐに戻ってきてつかず離れずの距離を保ちながら行ったり来たりしているのを垣間見るというか覗き見るというかそこへ辻が現れると呼び止める声にもいくらか険しさが増すのだろうちょっと大人しくなってしばらくその場で飛び跳ねているがそれでは納まらないらしく惑星の周囲を巡る衛星宜しく手を伸ばして届くか届かないくらいのところを円を描くように廻りだし上昇気流を捉えて飛翔しようとしてかたまに高く跳び上がったりしながら廻りつづけて已まないが同じ方向へばかりだと目が廻るからだろう時折反転して逆に廻りそうして軸を中心に延々と同じ軌跡を描きながらもちろんまったく同一の軌跡ではないにせよほとんど同じと言っていいだろう廻転するそれは羽根というかプロペラというか目に見えない速さで動いてもちろん電気で動く仕組みだが中から外へつまり中のものを外へ出すというか逃がすというかするのだがというのは籠った湿気を取り除くためだがそこには窓がないからこれを怠ると天井にせよ壁にせよ隅のほうのタイルの目地に黒いシミが出てくるのでありとにかくそれが廻っているからだろうよく聞こえないが注意を喚起する声だろうかそれとも避難を呼び掛ける声だろうかいよいよここも危ないのだろうかいやそれはないがなぜといって高台にあるここまで遡上してくることはないだろうからで、いずれにせよそちらのほうへ首を巡らせながら視線も巡らせてその先にある扉を一瞥するとそれが玄関扉であることをさらにはドアノブの上にある突起というかツマミというかそれが┃ではなく━になっていることを即ちしっかりと施錠されていることを認めてなぜといって┃が開で━が閉だからそれが┃ではなく━になっているということは施錠されていることを意味するからでまあ施錠されているからといってどこまで安全を保証できるものかそれは分からないにせよつまりその道のプロであればそんな鍵くらい易々と開けてしまうだろうし専門の道具さえあれば強引に破壊することだって容易だろうからそんな鍵ひとつで何が守れるのかと考えるとそれが┃になっていようが━になっていようがさして違いはなさそうだからでそれでも━が┃になっていたら昼間ならまだしも夜ともなるととても不安に駆られておちおち湯船に浸かってもいられないが┃が━になっているというただそれだけのことでそうした不安が少なからず緩和されるのだろう湯船で眠り扱けたりもするのだから尤もそれはそれでべつの危険を伴うのだがとにかく何某か意味はあるだろうと┃が━になっているのを駅員がやるような指差しまではしないにせよ確認して扉に背を向けると奥にあるリビングへ向かうのだろう狭い廊下をほんの数メートル程度の距離しかないから跳ねるように床を軋ませたりはしないがまあ時間も時間だし下の階から苦情が出たりしたらそれこそ厄介だし尤もどんな時間帯でも跳ねるように床を軋ませたりはしないが誰が見ているわけでもないのにいや誰も見ていないからこそだろうかそれとも見られているからだろうかなぜといって眼差しはいつでもどこにでも潜んでいてこちらを眼差しているのだからとにかく跳ねるように床を軋ませることなくやはり回廊になっているそこを奥へ違うそうではなく回廊になってはいない真っ直ぐな廊下を真っ直ぐにゆくのでありそれとも回廊になっているのだろうか目を凝らすとどこまでもそれは伸びてゆくらしくつまり廊下という廊下は全部そこへ通じていて必ずそこへ行き着くというかそこへしか行き着けないというかだからやはり回廊になっているのでありそうして同じ部屋が連なっているその同じ部屋で同じひとつのことが現在進行形で行われているのだろう淡やかなそれでいて濃密な気配というか匂いというか漂う中を潜り抜けてリビングへと至るまでの間にほんの数メートル程度進むその間に何が見えるのか何を見ているのか飾り気のない白い壁というか壁紙というか乱雑に刷毛で掃いたような跡が重なり合うように一面を覆い尽しそのマチエールのような凹凸が僅かに影を落として白さの中にも濃淡があるその濃淡をだが模様のように見えるというか模様にしか見えないそこに指を這わせれば少しくざらざらして波打っていることも分かるだろうが視覚に感触はないから見ただけでは分からないのでありそれでも以前に触れたことがあるその記憶が甦りもするから見ただけでその感触が喚起されもしてつまりざらざらするその感覚が指の腹に生じるというかありもしない感覚をそこに感じるというか今それを感じているそのかぎりに於いて今そこにあるものとして感じるのでありそうしてそこに穿たれた矩形の穴を潜り抜けて出たり入ったり深い溝をあちらからこちらへ行ったり来たりそれこそ風のように舞い上がったり舞い下りたりしながらどんな狭い隙間も通り抜けて覗き見るというか垣間見るというかS字に曲がって並ぶ丸く平らな石を踏みながらいや踏むというよりは軽く触れる程度に置くと言ったほうがいいだろうかその動線の先に仄暗く沈んでいる軒先というか軒下というか要するに長い長い道のりを経てそこへ至るのでありというのはリビングへだがもちろんほんの数歩で至るのだが回廊になっているからだろうどこまで行っても果てがなくその中心に位置してどこからでも覗き見ることができる小山というか小岩というかその表面は艶やかに濡れて潤いながら今も尚ぴちゃぴちゃと雫が滴っていてもちろん今はもうないのだがそれでもまだあるのであってだからこそぴちゃぴちゃと溢れ出てくるのだし艶やかに濡れたその部分が陽光に煌めく一瞬の輝きに息を呑み目を奪われもするのだしとはいえそんなふうに何かに心を奪われているその隙をついてだろう皺寄った手が忍び寄り絡みついて何もかも露わにするというか気づいたときには露わになっているというか油断していると言えばそれはそうなのだが百戦錬磨とは言わないまでも一枚も二枚も上手なのだから下手に抗っても仕方なくそれでも抗ってみたいというか抗ってしまうというかそうして組み伏せられるという構図に何がなし惹かれるものがあるのだろうなかば全力で逃れようとする体で悶えるとそれで火がつくというか何かが奮い立つらしく圧倒的な力で伸し掛かってくるから手もなく組み伏せられて荒い呼吸がいつの間にか喘ぎに変わっているのに気づいたときにはもう、いずれにせよまずリビングの明かりが灯され次いで廊下の明かりが落とされるのであってその逆ではなくなぜといって先に廊下の明かりを消したらそれが唯一の灯りである当のものを失うことになるからでつまり真っ暗になってしまうからで尤も手元が狂って廊下のほうを先に消してしまうこともないではないがそれはごく稀なことでそれでもそうしたことは実際にあるのだし悲鳴こそ上げないものの少しく声が漏れたりして焦るというか慌てるというか事前に分かっていればそれなりに心構えのしようもあるが不意に訪れるとやはり動揺するらしく暗いのは苦手なのだと改めて思い知らされることになりそうするとそれまで気にもしていなかった物陰や隙間やのちょっとした暗がりの暗さにも意識が向けられてそこにありもしない気配を感じてしまうということにもなるのでありとにかく先にリビングを次いで廊下をというわけで明かりの落とされたそこは薄闇に包まれるがその薄闇の中にというか向こうにというか何もないそこに何かがあり何かが蠢いていると見えその何かが何なのか知りたくもないし敢えて知ろうとも思わないがそれなのに目はそちらのほうへ向けられたままその何かを捉えようとしばらく彷徨っていやしばらくというより軽く一瞥した程度だろうがそれより先に耳が反応してそこから声がつまり誰かが呼んでいるらしくその声を注意深く聞くにつれ徐々に輪郭が露わになるというかその誰かが誰なのか見えてくるらしく暗さが綻びそこから光が差すというか内から発する光が四囲を照らしだすというかそんなふうにして露わになる嗄(しわが)れたその声は祖父と思しくそうと分かった途端に肩の力が抜け強張っていた表情も解(ほぐ)れてゆきそうして待ちに待った呼び声のほうへ徐々に近づいてくるらしいその呼び声のほうへ視線を向けると雑踏の中に目に見えぬ一筋の線が引かれて壁となって開る人波を縫って進むそれはそこへと至る道となりそしたらその道しか見えなくなってあれほどごった返していたのにどこへ行ってしまったのか人波も消え失せてそうして勇んで駆けてゆきながらその姿を認めると尚いっそう足を速めて跳ねるように軋ませるが途中何度も転びそうになってそれでも辛うじてバランスを保ちながらようやく辿り着くと透かさず大きな手が両の腋に差し込まれてそのまま上へ引き上げられ次いで引き下ろされるとそこはなぜか荷台の上でそこからの眺めはそれはもう大したもので何でも見えるというのではないにせよ大抵のものは見えるとそう思っていた節がありもちろんどこかへ消えてしまう細長い金属棒についてはそのかぎりではなくそれだけはどうしても見ることができない永遠の謎でありもちろんそれは永遠なんかではなくどこにでもある在り触れた現象にすぎないそれこそ路傍の石にも等しいくらいでというかむしろ石のほうが余ほど変化に富んでいると言ってよく色といい形といいひとつとして同じものはないだろうからとにかくそれは在り触れているのでありそれでもやはり永遠の謎としてそこにあると言うほかないのではないか。

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