尤もそればかり眺めているわけではなく万遍なく巡らせているのだからそうなっても不思議ではないがというのは一瞬視野の内から外れて見失いそうになったからで好奇の眼差しに気を取られていたからではしかしなく予期せぬところで進路を変更したからでどこへ向かうのか向かっているのかそれは分らないが流れを外れてその外側へ右へか左へか折れてビルとビルとの間へつまり横道へ入ってゆくらしくそうして通りひとつ隔てた裏通りをゆくのであれば視線の絶対量が格段に減ることになりそれによってそれまでの不自然さはいくらか緩和されるらしくどこからか吹き寄せる生温い風に翻っても慌てることなく対処するというかそれなりに自然な振る舞いになっていると少しく安堵するもののそれがこちらの意を酌んでのことなのかそうではないのかその背は何も言ってくれずあるいは何某か語っているのかもしれないがいくらか前屈みの丸まった背中は一定の間隔で上下にまたは左右にあるいは前後に揺れているだけだからそこに何らかの意味が込められているとしてもこちらにはまったく通じないのでありそれでもその背を見ているというかその背をしか見ていないというかそこに込められた意味を自分にだけ送られる意味を自分にしか解読できない暗号でもあるかのように読み取ろうとしながら一歩でも遅れたら闇に溶けて消えてしまうというのではないにせよ遅れまいと追い縋るうちに上らか注ぐ光が弱まるにつれて一挙に距離が縮まって煙草臭い匂いに包まれるというか煙が頬を撫でるというかもちろん降り掛からないように顔を背けているからその表情までは窺えないが向こうのほうへ吐きだされるそれはクリーム色というか黄白色というか全体に薄暗い壁面を白く濁らせて徐々に拡散しながらついには消えてしまうが目には見えなくてもそこに存在しているのだから物質として微粒子として空気中を漂っているのだからその流れに乗ってこちらのほうへも漂ってくるのでありだからいくらか吸い込んでいるに違いなくそう思うと鼻の粘膜や喉の粘膜やに違和を感じないでもないがそうかといって咳払いするのも当てつけがましい気がするから何度も唾を飲み込んで胡麻化すことになる胡麻化せているかどうかは分からないがいや抑も胡麻化せていないからこその配慮ではないのかそんなわけでもう何もかも済んでしまったとでもいうような疲れた面持ちでまあいつだってそんな面持ちだが時折煙をあるときは鼻からあるときは口からまたあるときはその両方から吐きだしたりしながら一点を見つめているらしく少しく屈めたその背中に凭れ掛かって腕を廻すとそっと抱きしめてさらに強く抱きしめるそこから滲み出てくるものがあるとでもいうようにもちろん滲み出てくるものがあるのでありそれが何かは知らないがいや知っているがゆっくりと上下する大きな背中を感じながらその動きに合わせるように息を吸いそして息を吐きまた息を吸いそしてまた息を吐きただ呼吸しているだけと言えばそれはそうなのだがそれでもその肺を満たしていたものがこの肺を満たすのでありつまりこの肺を満たしていたものがその肺を満たすということでもあり混ざり合い溶け合って渾然とひとつになることをそれは意味しているわけでだからただ呼吸しているだけではないのでありとにかく反芻するというか余韻に浸るというかいつまでもそうしていたいのだがいつまでもそうしてはいられずなぜといって時間が来るというか時間になるというか尤も来るとなるとではまるで異なる事象を表しているのに来たりなったりするのはなぜなのかあるいはそれは来るのでもなるのでもないのかもしれないそれはただ茫洋と伸び拡がっているだけで便宜上来るとかなるとか言っているにすぎないのかもしれないとにかく時間というものはまったく以て捉えどころがなくいずれにせよそのときが到来するからで否応なしに到来してしまうからでそしてそれは思ったより早くやって来るらしくいや早いというか遅いというかレコードの針が跳ぶようにある瞬間からべつのある瞬間へと一足跳びに移行するらしくつまりそこに時間の経過はないのでありとにかくだしぬけにやって来て急き立てるというか追い立てるというかするから慌ただしく身仕舞いを整えてその背のあとについてゆくのだがそれでもそのときが到来するまでは浸っていられるのだからそれまでは背に凭れて息を吸っては息を吐きながらいくらか熱を帯びたその背から気化するのだろう汗の臭いを感じていられるし鼓動というか振動というか絶え間なく揺れ動くのを感じていられるわけで規則的に刻まれるリズムにそのカタカタいう音に少しく眠気を覚えたりもしながら時折激しい上下動とともに強い衝撃が下から突き上げてくると腰に廻した腕に力を込めて今一度深く吸い込んだ息をゆっくりと吐きながら風を受けて髪が靡くのをそのまま靡くに任せながらなぜといって廻した腕を外すのは危ないからで振り落とされるというのではないにせよバランスを崩せば運転に支障を来すかもしれないし何よりしっかり掴まっていろときつく言われているからでそれに髪を押えたところで手を離せばまたすぐに靡くのだからつまり走りつづけているかぎり風が止むことはないのだから靡くに任せるよりほかになくもちろん止まれば押えることができるがそのときは風も止むだろうから髪が靡くこともないため抑も押える必要がないのであり、いずれにせよ徐々に突き上げるリズムが速まってゆくとともに衝撃も増してゆくのだろうその強さといったらそれはもう痺れるほどで眠気など消し飛んでしまうらしく股で挟み込んで締めつけながらそれに耐えるというかそれを受け止めるというかするのだが次から次から上乗せされて無限に膨れ上がってゆくようで股のつけ根辺りだろうかうっすらと赤く鞭打たれたような跡が残ってしばらく消えないらしくその痕跡を探り当てようと覗き見るというか垣間見るというか揺らいでいるのを押し拡げながら手元に引き寄せるがそこから滴り落ちる雫によって洗い流されてしまうのでもあろうか何の痕跡も見出せはしないのでありもちろんそんなもの残っているわけはないのだが食い入るように眺めてしまうそうすることでそれが浮かび上がってくるとでもいうように時を超えて今ここに現前するとでもいうようにとにかくそこにあるのは艶やかに濡れる肢体であり揺れ動き躍動する肢体であり悶え喘ぐ肢体であり痙攣する肢体でありそしてただそれだけのことでそれだけのことなのだがそれだけではないような気もするというかそれだけではやはりないのでありそれなのにそれだけのことしか見出せないのでありそうとすれば見出したものの内に見出せない何かがあるということになるがそれが何なのか見出せないものを見出すことは不可能なのだから抑もそれは見出し得ないはずでそれが何かを問うこと自体不毛だがそれでもそこに何かがあると見做し得るのであればそこには何かがあるのであり何かは分からないが何かがあるのでありその何かが何なのか気になって気になって夜も眠れないというのではないにせよなぜといって毎日毎夜ほぼ決まった時間に床に就いて決して短くはない眠りを眠っているのだからそれでも仮象だの錯覚だのと言って済ませられないのもたしかでとにかくその背にぴったりと密着して振り落とされないようにしがみつくがカタカタと鳴り響くそれはギアとチェーンとが咬み合う音だろうかつまりギアにある突起部分がチェーンにある穴部分に差し込まれ填り込むときの音つまり金属と金属とが接触するときに発する音だろうかそれとも車輪の廻る音だろうかつまり車軸部分にあるベアリングと車輪とがあるいはベアリングと車軸とがさらにはベアリング同士が接して立てる音だろうか時折きいきいと軋みながら駆け下ってゆく車体とともに不安を搔き立てられて歩道から車道へ下りるときあるいは車道から歩道へ乗り上げるときもそうだがその僅かな段差にも跳ね上がるから尚いっそう強くしがみつきそうして車体に連動するように揺れ動くのをこちらも同様に揺れ動きながら流れゆくものをつまり不意に視野の内に現れて見たと思う暇もなく消え去ってゆくものたちをあやふやなイメージというか印象というか漠とした像が残っているだけだからそれをしも見たとは言えないのだが見ていないとも言い切れないのは漠とした像であれ何であれたしかに残存しているのだしときには強く印象に残って消し去りたくても消し去れないものもあるのだからもちろん特定シナプスの活性化という形でだろう眺めているのであり、闇の中に浮かぶその背は丸く抜け殻めいて今にも倒れ臥してしまいそうなほどにも前のめりの疲れ切った足取りというか引き摺るように踏みだす足は力ないし消え入るように流れ去ってゆく靴音も四囲に響くことはなくもうこれ以上進めないというのではないにせよ限界の近いことが察せられだからといって引き返すわけにもいかないしなぜならそれはもうすぐそこなのだから一歩二歩の距離ではもちろんないにせよ本当にすぐそこなのだから鉤の手に曲がったその向こうに今も聳えているのだからたとえ斜めに傾いて見えようとそこに屹立しているのだからそうして進むべき道を見出そうと前を見やると両側から迫りだすように膨らんでいるからだろういくらか視界が閉ざされて先のほうまでよく見通せないが長い紐というか地を這う蛇というかどこまでも切れ目なくつづくそれが仄白く浮かび上がっているのを目に留めてもちろんずっと見ていたというか見えていたというか常に視野の内に捉えられていたはずだが意識の領野から外れるというか見えなくされていたらしくそれが再び意識の領野に現れて矢印のような三角というかハというか八というかそんなふうな形を示して導くというか誘うというかしているそれに導かれ誘われてゆくのでありそうしてそれだけが頼りというかそれを辿ってゆけばいつかはとそう思いながらここまではどうにか来られたもののこの先も同様に進んでゆけるかどうかは分からないのでありなぜといって生温い風に揺らめく葉叢の向こうから縦に伸びる線が見え隠れにこちらのほうへ近づいてきてもちろんこちらが近づいてゆくからだが真っ直ぐなはずのそれが葉叢とともに揺らいでいるのが陽炎めいて柔らかい旗竿のように撓っていると見え少しずつ露わになってゆくにつれてその柔らかい旗竿の様相というか属性というかは失われて代わりに硬い金属の様相というか属性というかが露わになって視覚に訴え掛けるオレンジの色合いとともに重たげに首を傾げ項垂れ佇むその全貌が現れてくるが尤も地中に深く突き刺さっている部分は見えないにせよその歪んだ凸面の中というか向こうというかそこに同様な姿が現れてというのはそれのミニアチュアのように首を傾げて項垂れ佇んでいる虚像だが辛気臭い面持ちで睨まえるその面持ちを前にしてたじろぐというのではないにせよいくらか気後れすることは否めないからでその下を通りすぎる間もぴちゃぴちゃと波打ち揺らめきながらたゆたうように浮いたり沈んだりしているのを慈しむというか愛でるというかもっと近くで味わいたい存分に堪能したいと手を伸ばし指を這わせてゆくと湯の中でそれはしなやかに揺れ動いて逃げてゆくようでいや逃げてゆくのであり逃がすまいと追い縋り追いついて黒々した葉叢というか藻というか搔き分けてゆくと現れるそれは撓みというか襞というか閉ざされているらしく拒むというのではないにせよ今はそのときではないとそう湯の中で揺らめきながら告げているようでもありそれを押してまで分け入ってゆくつもりはさしあたりないからというのは今はまだそのときではないということでだから伸ばした手を引っ込めてただ眺めやるだけにするが尤もその声にも耳を傾けながらだが見定めようとすればするほどそれは揺らぐというか残響を響かせながらもすぐ消えてしまう声のようにいつまでも原形を留めてはいないから何を見ているのか見えているそれが何であるのかが容易には捉えられないのだろう。