友方=Hの垂れ流し ホーム

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次いで自身もそれに跨がって僅かに前に屈んだと思うとゆっくりとそれは廻りだしカタカタと音を立てながら滑りだして徐々に速度を速めながら緩い勾配の坂道を下ってゆくのだがまず右へ大きくカーブし次いで左へ大きくカーブしてそのあとも幾度かカーブしながら移動する車体はカーブに差し掛かるたびに少しく斜めに傾きそれとともにいくらか身体も傾くからだろう廻した腕にも力が入りその背に身体を押しつけながら振り落とされないように掴まってカタカタと鳴り響くのを間近に聴きながら風に靡いて隠れていたのが露わになってそれで聞こえやすくなるというのではないにせよ心做しかその音も大きくなるような気がしてさらには車輪それ自体が大きくなってゆくようなそんな気もしてくるが尻の下で廻転するそれに目を向けても大きくなることはなくそれなのにそこから目を離すと少しずつ巨大化してゆくのが分かりというのはこちらの見ていないところで世界は変貌してゆくのだからその変貌を阻止しようと思えば見つづけるほかないのだが見つづけることは困難というかそれはもうまったく不可能とさえ言ってよくだから濡れているのか濡れていないのか指を差し入れて探るというか親指と人差し指で摘んで擦り合わせるとまだ少し湿っているらしく完全に乾くまでにはもう少し掛かりそうだと黒々した葉叢の中に沈めていた五指を抜き去るとそれで乾きが早まるというのではないにせよ二度三度解(ほぐ)すように手櫛で梳きながら背に凭れて濡らさないよう頭は擡げたまま白い膜の上に浮かぶそれを見ているというかどこであれ視線の向かう先に浮かび上がるそれを見ているというかつまりカタカタと揺れながらあちらからこちらへこちらからあちらへ近づいては遠離り遠離ってはまた近づいて楽しげに笑い掛けて已まないのを倒れないようバランスを取りながら前へ前へ進みつづけるのを飽きもせず眺めているというわけだが前へ進んでいるつもりがまた元のところへ戻ってしまうのは円を描いているからだろうどこを切り取っても同じ相貌が現れるに違いないそれは無限にくり返されて始まりもなければ終わりもないと見えだから吹き寄せる風に髪を靡かせながらどこまでも駆け下ってゆくというか駆け下ってゆけるのでありそれもまた小さな四角の連なりの中に刻まれているのだろうか豆粒のような姿がいくつもいくつもそこにあって同じ仕草なりポーズなりで構えながらというか少しずつポーズを変えながら連続した流れの中でそれは動きとなって示されるわけだがもちろん本当は動いてなどいないのだがそれでも動いているのでありそうして何度でも駆け抜けてゆくのを無邪気に燥いで笑い掛けるのを飽きもせず眺めていたのだろうか尤も腰に腕を廻すというか廻しきれずに腹の辺りの布地を掴んでカタカタと揺れる車体に運ばれてゆくその道筋など疾うに忘れてしまったがカタカタいう音は今も尚耳に残って折に触れ響き渡るのをこうして捉えるというか捉え直すというかその都度異なる相貌で現れるからその都度異なる構成になるにせよそれでいて同じ事柄の再現というか再構成というかつまり同じなのに同じではないのでありそれでもやはり同じなのであり要するにそこにはいつでも好きなときに行けるわけで跳ねるように床を軋ませながら昨日も来たし一昨日も来たしその前も来たしその前の前も来たのでありだから今日もまたそこへ赴くのだし明日も赴くしあさってもしあさっても赴くに違いなく要するにそのかぎりに於いてすべては同じなのであって同じことのくり返しと言ってよくとにかくそこへ赴くと座椅子に掛けて座卓の向こうにある明るい画面を凝視しているかあるいは座卓に拡げた巨大な紙面に目を通しているかそのいずれかで尤もそれ以外のことのほうが圧倒的に多いはずだがそうしたものはどこへか消え去ってここにはなくつまりないものはないのであってあるものだけがあるのだからそのふたつがすべてというかすべてはそこへ収斂してゆくらしくとにかくその膝の上に乗って眼差しと画面との間にあるいは眼差しと紙面との間に割り込んでもちろん邪魔するつもりはないが邪魔だったに違いなくそれなのにそんな素振りは気ほども見せずいつでも快く迎え入れてくれるその膝の上へそうして少しく寛ぎながら黒々した葉叢の中へ指を差し入れるとさっきよりは乾いているがまだいくらか湿りを帯びていてそれが指に絡みつくのを弄びながら見るというか見せられるというかつまり吹き寄せる風に目を細めながら流れゆくものを捉えようとするがあまりにも速く通りすぎてゆくからだろう捉えられないらしくだから無理に捉えようとはせずに見えるものだけを見ようとして見えるものだけを見ているのだが、だらりと垂れ下がっているというかほとんど力を入れずに投げだす恰好でそこにあるくの字に曲げた脚を真っ直ぐに伸ばそうとして伸びきるその途中で脛が何かに触りそれでそれまでまったく意識になかったわけではないにせよほとんど意識の埒外にあった脛が意識の領野へ現れると同時にそこにあって脚を伸ばす妨げになっている小卓もまた意識の領野へ現れて小卓の置かれている板張りの床もまた意識の領野へ現れてもちろんその床はソファの置かれている床でもあるし箪笥や棚や小物入れやの置かれている床でもあってさらに言えば廊下へと繋がっている床でもあるしキッチンや浴室やもちろんトイレへも繋がる床なのでありそしてそれら全部を包摂する空間が意識されると隣接する似たような空間ともやはり繋がっていることが意識されもしてそれらをも包摂するもっと大きな構造物のごく一部を占めているにすぎないということもまた意識の領野へ現れてそうしてどこまでもどこまでもそれは拡がってゆくのでありところが拡がるにつれ徐々に曖昧になるというかそのイメージは目の前にあるものに較べてつまり小卓や箪笥や棚や小物入れや壁や床や天井やに較べて具体的な形象を欠いてゆきというようなことが一挙に雪崩れ込んでくるというか一旦沈んでいたのが再び浮上してくるのでありしかも寸分変わらぬ様相というか属性というかで現出するのでありそしてそうした諸々を小脇にしつつ濡れた髪を靡かせながらどこまでも坂道を駆け下ってゆくわけだがちょっと目を離しただけでどこを走っているのかどこにいるのかもちろんここはここであってそこではないのだがそれでもここはそこでもあってだから風を感じるし絶え間ない振動に突き上げられもするのでありつまり身じろぎするたび軋んでカタカタと揺れながら右に傾き左に傾いて少しく安定を欠くそこから見るというかそこからしか見ることができないというかこちらの動きに合わせて軋むその軋みとともに折り畳まれていた襞がひとつひとつ開かれてゆくように見えなかったものが見えてくるらしくとはいえそれはどこへか消えてしまった金属棒ではもちろんなくそれだけはどうしても見ることができないのだからそれ以外のものが見えてくるのでありいずれにせよまだ湿っているのかそれとももう湿ってはいないのか触ってみればすぐ分かるだろうから触ってみようとしてつまり黒々した葉叢のほうへ手を伸ばし深々と差し入れようとして腕を上げるとそれだけで重心がズレるというか移動するのだろうカタカタと軋む車体が不安定に揺らいでカタカタと揺れながら駆け下ってゆき速度が増すにつれ風も強く吹きつけるからカタカタとそれはどこまでも響き渡るのだが身の危険を感じてというのではないにせよ途中まで上げた腕をまた下ろしそれからはもう廻した腕を解くことはなくほんの僅かな隙間もできないようにぴったりその背に密着させてそこから立ち上る匂いを纏いながら見ることに徹すると言ったら言いすぎかところで本当にいつでも迎え入れてくれるのだろうかもちろん本当にいつでも迎え入れてくれるのでありだからいつでも好きなときにそこへ行けるわけだしこうして今もその膝の上というか菱形の形に組まれた脚のその輪の中に填り込むようにして尻を据えているのであり尻から腿の裏側に掛けていくらか骨張った感触がごつごつして据わりが悪いもののそれはそれで心地よく目の前には皺寄った大きな手が置かれていてハンドルを握る手とそれは同じ手であり節くれ立ってちょっと煙草臭いその手が触るというか撫でるというか頭全体をすっぽりと包み込んで全部がその中にあるとそう思っていた節がありその髪のほうへ手を伸ばすと項の辺りから差し入れて頭部の丸みに沿って滑らせてゆきはらはらとほつれながら指の間を滑ってゆくそれはもうかなり乾いているがそれでもまだ少し湿っているらしく幾本か纏った束が引っ掛かるような纏わりつくような抵抗を僅かに感じるからまだしばらくはそこにいられるとそこから降りようとせずというのは膝の上からだが時折聞こえてくる紙を捲る音に耳を傾けながら拡げた紙の端のほうを摘み上げて左から右へ送るその動きにも注目しながら歪んだ紙面の上にある文字の連なりに目をやるがそこから纏った意味を汲み取る暇もなくそれは左から右へと消えてゆきそこへ新たにべつの文字の連なりが大きいのや小さいのや太いのや細いのやが一面に現れてくるそれらの中にはもちろん知っている文字もあるが知らない文字もたくさんあって知っている文字だけを拾い集めても主に曲線で構成されたそれは平仮名だが纏った意味にはならないらしく何が書かれているのかもちろん書かれているのではなく印刷されているのだが分かるはずもなく、それでも一際大きくて線も太く二重になっていたり仰々しく枠で囲ってあったり水玉模様があしらわれていたりするのが目につくからだろうそこへと視線は誘導されて具に眺めるがもちろん意味は分からないからその不可思議な形に見入るというか狭いところにいくつもの線を無理やりに押し込めたような恰好ながらどっしりと重々しい佇まいにいくらか魅せられるというか小さな文字たちを従えているその姿から引率する厳(いかつ)い教師のようにも見えてどこか頼もしくそれでいて近寄りがたくもあるそれら文字の連なりを眺めているうちに小さな文字の中には大きな文字とまったく同じ形のものがあることに気づき親子だろうかそれとも親戚だろうかそうとすればなぜもっと近くに寄り添っていないのかまるで身も知らぬ他人のように離れているのはなぜなのか恐らくそこには身内であることを知られてはならない複雑な事情が絡んでいるに違いなくあまり詮索したりしてはいけないのだとそう思っていた節がありだから分かったようなふうを装いながら少しく灰色掛かった紙面にびっしりと並ぶ小さな黒い文字たちのほうへ視線を移してあの特権的な視座から全部を見渡す眼差しのように整然と列を成しているのを見張るというかひとつくらい列を乱しているのがありはしないかと探すのだが列から食み出ているのはひとつもなくひとつくらいあってもよさそうなものなのにひとつもなくすぐに列を乱す猿たちの落ち着きのなさからは想像もできないそれは落ち着きというか真面目さというかでいくらか堅苦しい気がしないでもないが隣り合う文字との間隔が申し分ないというかつかず離れずの距離を保っているその統制のとれた佇まいにはちょっと感心していずれにせよ細かな文字を追っていたからだろう目がちかちかしてそれ以上見張っていることができなくなりべつに見張っている必要もないのだからとそこから目を逸らすがその途端に動きだすかもしれないとまた戻してみてもそれぞれ大人しく列を成していて動きだす様子はなくだからだるまさんが転んだを唱えながら逸らしては戻しをくり返すが例えばだるまさんまではゆっくり唱えながらが転んだで早口にしてみたりだるまでゆっくりでまさんが転んだで早口にしたり最初から一気呵成に捲し立てたりと緩急をつけて唱えては動きだすのを捉えようとするが単純というか姑息というかそんな誘いに易々と乗ってくる手合いではないということかちっとも動く気配はなくだから芥子粒並みに小さくても強固な意志を揺るぎない精神を持っているとそう思っていた節があり本当はまだしばらくそうして見張っていたかったがというかだるまさんが転んだをつづけたかったが目のほうが限界らしく尤もただ漫然と眺めやるだけならまだまだ眺めていられるが僅かな動きも見逃すまいと目を見開いていては瞬きの回数も極端に減るからそう長くは保たないらしい。

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