友方=Hの垂れ流し ホーム

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それでも逃げ果すことができず眼差しに射抜かれるかもしれないし下手をすれば捕まってしまうかもしれずそうなったら眼差しを奪われるというか何か鉤状のもので抉り取られてしまうかあるいは掃除機のようなもので吸い取られてしまうかするのであり次いで居並ぶ顔面のひとつに裏側から貼りつけられるというか縫いつけられるというかつまりそれ以後は顔面を通してしか見ることができなくなるということでこの身体がどこにあっても顔面に結びつけられた眼差しはふたつの小さな穴の向こうに拡がる同じひとつの景色をつまり右から左へあるいは左から右へだろうか流れてゆくのをただそれだけをしか見ることができなくなるとそう思っていた節がありだから一刻も早く流れの速い中央へと皺寄った手を引っ張るというか押しやるというかとにかくそこに紛れてしまえばさしあたり難を逃れられると浮かれているのか急いているのかそれは知らないが押し合い圧し合いしながら流れてゆくその流れの中へ飛び込むのだが思った以上に流れは急で強く握り締めていても引き離されそうになるから懸命にしがみつき熱気というか温気というか上せて遅れがちになるのを取り返そうと駆け足になっても縺れて思うように動かないのか地面を踏んでいるのか地面から離れているのかそれさえ分からないというのではないにせよ手応えというか足応えというか踏ん張りが利かなくなって後ろへ流されてゆくようでだから腰から上の部分と腰から下の部分とがそれぞれべつの方向へ押し流されて搗きたての餅のようにかそれとも熱した飴のようにだろうかどこまでも伸びてゆくような気がしてもちろんどこまでも伸びてゆく道理はないのであっていずれ限界に達するに違いなくだから限界まで伸び切ったところで弾けるというか千切れるというかつまり腰から上の部分と腰から下の部分とのふたつの部分に分かたれてしまうとそう思っていた節がありいずれにせよ目の前の背中をしか見ていないから流れてゆくというか流されてゆくというかするうちにどこにいるのかそこがどこなのかそれさえ分からなくなってくるらしくいやそれなりに分かってはいるがどこか曖昧で位置関係が把握できないのはもちろん音痴ということもあるだろうそれを否定はしないしできないがいずれも似たような外観の縦に細長いビルばかりが建ち並んでいるからで狭い裏通りに往来はないにせよつまりあからさまな眼差しというかこちらがそれと認めることができ見返すことのできるそういった眼差しはないにせよ吹き寄せ吹き抜ける風を真面に受けるから余計すうすうするし翻らないかと不安になるのはこちらがそれと認めることができずだから見返すことさえできない眼差しがあるとそう思われもするからでもちろそんなものありはしないのだがそれなのにそれはあるのでありどこにかは知らないがたしかにあるのでありないのにあるのであり生温い風に翻るその瞬間を捉えようとどこからか狙っている眼差しがあるのでありかかる不在の眼差しに怯えるというのではないにせよ急き立てられるというか追い立てられるというか焦燥に駆られていくらか前のめりに歩みを速めようするが前をゆく背中がそれを阻むからあるいはゾンビらと結託しているのではないかというほとんど言い掛かりと言っていい危惧を懐きそうにもなりそうしたものが擡げてくるたび斥けながらというか斥け損ねながらどこへ向かうのか向かっているのかもちろんその背は何も答えてはくれずそうかといって黙ってついて来いというような強力な磁場で以て牽引するような有無を言わせぬ強引さがあるわけでもなく尤もそうした強引さは苦手というかさして惹かれはしないのだがそれとも惹かれているのだろうかその背にそんな強引さが隠れ潜んでいるとでも言うのだろうかいくらか前屈みの丸い背にいやどう穿ち見たところでかかる強引さとはおよそ懸け離れているその背はどこか頼りなげな危なっかしい歩きぶりだから気になって仕方がないというかちょっとでも目を離したら大変なことになるとそう思っていた節があり、とにかく日除けだか庇だかあるせいだろう暗く翳っていたり硝子があるからだろう向こう側なのかこちら側なのか判然としなかったりしてよく分からないのだが垂直に切り立つ壁は所どころ矩形に刳り抜かれていて額縁めくそれら矩形のひとつへ向かうらしくその背につづいて当の矩形のほうへこれと言って他の矩形と大差ないそこへゆくと徐々に他の矩形との違いが明瞭になってというのは地下へ下りる階段らしく狭く急なその階段を下りるとついさっきまで暗くてよく見えなかったのに今は暗くないのでありつまり外からは見えなくても中に入ってしまえば見えるのでありもちろん灯りがあるからで壁に埋まっているというか壁から突き出ているというか半分は隠れているが半分は露わになっていて直接光源が見えないように工夫されているらしく柔らかい光が光源の周囲に拡がっているのでありそうして下まで下りたところにある扉を開けてその向こうへつまり中へ入るのだが扉の向こう側が中ということは扉のこちら側は外ということになりところがついさっきまでそこは中だったはずでいつの間に外になってしまったのか外へ出た覚えはないのに外にいるから不思議でいずれにせよ外でもあり中でもあるそこからさらにその中へ入るのだが眩しいというのではないにせよ天井にある蛍光灯の全部が点けられているから明るく照らしだされて隅々まで見渡せるそこはそれでいて窮屈な印象が拭えずというのは背の高い棚がふたつフロアを区切るように配されているからでつまり通路が三つあるのだが人ひとり通れるだけの幅しかなく絵の具臭いのはもちろん絵の具があるからだが透明なアクリルの箱が段状に並んでいるというかいくつもの仕切りに分かれていてそれぞれの仕切りの中に納められているのでありつまりひとつの仕切りにひとつの色が宛われて仕切りごとにそれぞれ異なる色のチューブが並んでいるというわけで全部で何色になるのかそれは分からないがなぜといって段状の箱は棚の端から端に及んでいて数え上げることはとてもできそうにないからでまあその気になれば数え上げることはできるだろうがとにかくあらゆる色のチューブが並んでいるのだがそれだけではなく似たような箱の中には太いのや細いのや長いのや短いのや平たいのや丸いのやあるいは馬だとか豚だとかを使ったものから人工のものまでもちろん油彩用もあれば水採用もありさらには厚いのや薄いのやざらざらしたのやつるつるしたのや硬いのや柔らかいのや青み掛かったのや黄色み掛かったのや淡く色づけられたのやもちろん洋紙もあれば和紙もあるがいったいどれが何に適しているのか分からないから選ぶことさえできないと怯んでしまうほどの数が床から天井までびっしりと並ぶ抽斗の中に納められていてこれもやはり数え上げることはできないだろう少なくとも数え上げようという気にはならずいずれにせよ絵の具の匂いにも負けないほどの匂いがそこから抽斗の中から溢れていて眩暈するような絵の具のそれとは異なるどれだけ吸い込んでも気分を害することのない匂いに陶然となるが端的にそれは植物の死骸から作られるのでありつまり干涸らびた植物の死骸の寄せ集めなのでありだからそれは死臭を嗅いでいるのに等しいのだが抽斗を開けるとそれぞれに特有の匂いがあってもちろんそこに含まれる成分を嗅ぎ分けることなどできはしないがぼんやりとではあるにせよ違いがあることくらいは分かるのでありその中からひとつをどれでもいいがどれかひとつを手に取り眺め匂いを嗅いで戻しべつのひとつを手に取り眺め匂いを嗅いで戻しさらにべつのひとつを手に取り眺め匂いを嗅いで戻しさっき見たのをまた手に取り眺め匂いを嗅いで戻しということをしていたらいつまで経っても終わらないだろういや店員に不審がられて注意されるだろう注意されないまでも何かお探しですかと背後から呼び掛けられるに違いなくもちろんただ眺めているだけでも時間を忘れるというか少しずつ色味の異なるものがグラデーションを成しているのが離れた位置から見るとよく分かりというのはチューブだがそれが狭い通路を華やかに彩ると言ったら言いすぎかいや決して言いすぎではなく背の高い棚と棚との間に身を置いてぐるりを眺めると少しく気持ちが昂ぶるというか粟立つというかするのだからあれもこれもほしくなってくるのだからつい予定にないものまで買ってしまうのだから尤も持っている以上の額を支払うことはできないから持ち合わせの範囲内でということだが、もちろんそれらすべてと交換するだけのものを持ち合わせていればいいのだがさらにはそれを遥かに上廻る額を自由にできれば申し分ないがそんなことできるはずもなくなぜといって庶民なのだから自由にできる額など高が知れていてつまりその中からいくつかを選ぶしかなくだから選ぶのだがというか選んだのだが要するに束になった紐の幾重にも縒り合わさってできたそれは凧糸でその束ねてある真ん中をまたべつの紐で結わえてあってその結わえた部分を中心としてそこから両端に房のように垂れたそれの片方の束の中から一本を選んで引き抜くと引いた紐の先に三角の塊がついてきて大きいのもあれば小さいのもあるし赤いのもあれば青いのや黄色いのもあるそれは口の中でゆっくりと溶けてゆく甘い塊なのであり表面に付着した透明感のある白い結晶は双目糖だろうかグラニュー糖だろうかその大きさからしてグラニュー糖のようだが角張っていて角があるからざらざらして舌先で転がしながら右の頬から左の頬へ左の頬から右の頬へ移動させるとそれにつれてざらざらも移動してゆきもちろん甘さも移動してゆくのでありそしたら顎が痺れるような刺戟とともに溢れ出る汁というか液というかで口内が満たされてその甘い液というか汁というかを飲み下すとすぐにまた溢れ出てくるからまた飲み下すのでありそれでもまた溢れてくるから無尽蔵に味わえるような気がするが口の端から顎を掠めて胸の辺りまでだろうか垂れ下がる白い紐が僅かな風にも戦いで首筋を撫でるから擽ったいその先端を人差し指に絡めて引っ張るとなかば溶けて一回り小さくなった三角の塊というか最早三角とは言えないほど角が取れて丸みを帯びた塊が少しく糸を引きながら濡れて光っていて見ているだけならいつまでもその形を保っているが見ているだけではちっとも甘くないからまたそれを口に含むと忽ち甘みが拡がってゆくにせよ少しずつ小さくなるのでありつまりいつか終わりがやって来るわけで必ずやって来るわけで無尽蔵でも永遠でもそれはないということでだからその終わりへ向かって舌先で転がしてゆくのだが表面の結晶部分が溶けてしまうと舌に引っ掛かるざらざらもなくなって滑るようにそれは舌の上を動き廻るというか転げ廻るというかそれを舌先で転がしながらいっそ噛み砕いてしまいたくなるのを怺えて少しずつ溶かしてゆくのだがいつも怺えきれずに噛み砕いてしまうとそう言っていたのだろうか奥歯で挟み込んで固定し砕けない程度に軽く圧力を加えながら顎を横に動かすと軋むようながりがりいう音がしてその音にか歯に伝わる振動にか興じていたらしくよく聴くとかりかりいう高音部とごりごりいう低音部とかりかりでもなければごりごりでもないそのいずれにも属さない中音部とに分かれているというかそれらがひとつに混ざり合っていてその音を聴いているうちに綻ぶというか弾けるというかある瞬間不意に抵抗がなくなって上の歯と下の歯とがぶつかり合う音に接するというわけで粉々に砕けた細片の鋭利な部分が突き刺さるというのではないにせよ上顎や舌や頬の内側の柔らかな肉に触れると砂糖の結晶のざらざらとは違ってちくちくするが徐々に薄れてゆく甘さを味わいながらさらに噛み砕いてゆくとさらにも小さな粒となってちくちくもしなくなりそのうち舌で探ってもあるのだかないのだか分からなくなる瞬間が訪れるのだがそれまでは甘さの中にいるというかそれだけを感じようと全神経を舌先に集中することで研ぎ澄まされた感覚が僅かな甘みも逃さず捉えるのでありそうして隅々這わせても甘さを感じなくなるそのときまでは長くて短いそれは有限の時間だがその間だけは甘さを感じることができるということになる。

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