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上から降ってくるものは傘が全部弾(はじ)いてくれるから、いや全部じゃないにしても大部分弾いてくれるからさしあたり大丈夫、とは思うけど心配は心配で、でもリコとふたりならどんなことだって乗り越えられるってか、絶対捕まらないってか、Gメンを出し抜けるってか、これまでそうやって出し抜いてきたわけだし、と路地から路地を駆け巡り、巡り戻るはええとどこだろうどこだっけ、どこだって同じだよってリコは言うかもしれないが、表と裏とではやはりそれなりに違うわけで、何がどうって言われても困るけど、とにかくそうした違いにこそ眼を向けるべきだし耳を傾けるべきで、だからこうして眼を向けてるし耳を傾けてるんだけど、今んとこ何も見えないし何も聞こえないし何も感じないし、でもまあいつだってこんな調子で不発に終わるのがパターンというかお約束というか、そうした予定調和の破られる日がでもいつかやって来ると期待してたりしないでもなくはないかもしれなくてだけど、今のところはそんなこともなく、真っ直ぐに、じゃないかもしれないが歩いていて、リコの後ろを、それとも駅へ向かって雨のなかを、真っ黒い路面が波打って白い線との境界が徐々にぼやけてく、溶けて流れて消えてゆく、を訝りながら、次の一歩が踏み出せなくて立ち往生ってか、忍び寄るGメンに戦々恐々ってか、そんなわけでコーヒー臭いおくびを洩らすとそれがGメンの形となって、いや違うリコの形となって目の前を、早く早くって急かされて、それで慌てて駆けだしたもんだから抱えた荷物を落っことしそうになって、でもすぐに立て直して何食わぬ顔して列へ並んだっけ、そうしてどこまでも列は続いてたっけ、何の列かも分からないまま不安に駆られてたっけ、いや分かってるけど、分かってないってリコは言うかもしれないけど、とにかく急ごう雨足も強くなってるみたいだから、と言ったかどうかは知らないが底にちょっとだけ残ってるのを飲み干して、水を張った洗い桶にそれは沈めて、というのはカップをだけど、帰ってから洗えばいいし、べつに急いでるわけじゃないし、でも気は逸って、水のなかで煙のように立ち上るのを、でもすぐに混ざり合って消えてくのを、というのはコーヒーがだけど、見届けて列から食みださないように、というか疾っくに食み出てるんだけど無理やりねじ込んでぐいぐい押しまくって、いやそんなに押してないけど、緩急つけてテンポよく、息はぴったり、オレが息を吐けばリコも息を吐きオレが息を吸えばリコも息を吸うみたいな、吸って吐いて吸って吐いてのくり返しみたいな、ゾンビなのに、そうしてコーヒーの香りに満ちた部屋で長い列の先を見霽(みはる)かしながらコーヒー臭い息を交わらせたっけ、もちろんリコが前でオレが後ろで、空へ向けて突き立てて上から降ってくるものを、線のような粒のような声のような、受け流しやり過ごして、進むべき方向を見極めながら、というか歩き馴れた道筋だから頭よりも先に身体が反応して、その決定に従ってどこまでも、というか駅までだけど、もう着いてるだろうかそれともまだ着いてないだろうかメールしてみようか、という体で構えつつ下から、大胆さと慎重さとそのどっちが欠けてもダメで、だから大胆且つ慎重に、石鹸やシャンプーに隠された汗や体臭を感じ取れるくらいまで、微生物によって醸しだされるその複雑微妙なハーモニーを存分に堪能できるくらいまで接近して、一滴残らず全部を平らげて、ごちそうさまって、もちろんリコが、それともいただきますだっけ、とにかく何かを口にしたんだけど、口にした途端にそれは零れ落ちて跡形もなく、というかそんなもの最初っからなかったんじゃないか、口にすべき何ごとかが用意されてるなんてことがこれまで一度だってあっただろうか、何か言おうとするたびに言うべき何かはどっかに消えてしまうんだから、それはもう例外なく全部が全部、だから洩れなく何も喋れないし、どこにも言葉は届かないし、そんなことないよちゃんと届いてるよ、ってリコは言うけどそれは本当だろうか、本当かもしれないけど、というか本当なんだろうけどアツシには、いやオレには、いやゾンビには、というかどっちにしても駅はすぐそこで、そこまで行けば出会えるわけだし、もちろんリコに、そしてただいまって、それともおかえりって、交わせるかもしれないし、というか交わすに違いないし、だって昨日もそうだったし一昨日もそうだったしその前もその前の前も、つまりずっと同じことのくり返しで、いやまったく同じじゃないにしても似たり寄ったりで、どっちにしても駅はすぐそこだし、そこにはたくさんのスカートが飛び交い乱舞してるわけで、入れ替わり立ち替わりやって来てはオレを誘惑するわけで、もちろん全部を相手にすることはできないけど、というか全部を相手にしたいけどそれは不可能だから諦めて選りすぐりの何人かで我慢するしかないし我慢するんだけど、何しろ欲望ってのは天井知らずだからいつか我慢にも限界が来るかもしれなくて、それこそ今来ちゃうかもしれないしもう疾っくに来てるのかもしれなくて、いやそれはないけど、でもそのときは、いよいよ限界に達したそのときこそは全部を相手にしたいいや全部を相手にしてやるぞお前もお前もお前もお前もお前も全部だひとりの例外も許さない端から端まで全部の全部だ、って意気込みも新たに狙い定めたスカートへ背後から忍び寄って、一歩一歩近づいて隙間もないくらいに身を寄せて、その窪みと膨らみにこの出っ張りと凹みをぴたっと填め込んで、思いっきり抱きしめておかえりって、ちゃんと届いただろうか今度こそ届いただろうか、何しろ雨が凄かったから、上の音も全然聞こえなくなったし、まあそれはそれでありがたいけど、とにかく傘は二本あってそれがあれば雨は凌げるってか、ふたりで天に突き立てて仲良しこよしってか、どっちにしても駅はすぐそこだしって油断してたら、というか油断してたつもりはないんだけど先に着いてたみたいで遅いよもうって、ただいまじゃなくて遅いよもうって、だからおかえりじゃなくてごめんって、でも今度は今度こそはおかえりって、ごめんじゃなくておかえりって、そしたらなんて返ってくるだろうか、あんまり期待しすぎるのはよくないだろうけど、でもやっぱ期待しちゃうわけで、もう今からドッキドキなわけで、でも心の準備も何もできないまま駅はもうすぐそこで、どんどんそれは近づいてきて、というかこっちから近づいてるんだけど目的を持って近寄ってくんだけど向こうは全然まったくなんにも気づいてなくて、暢気にケータイなんか弄(いじ)くってるご様子、だから安心してでも警戒しつつ懐に、大丈夫だから痛くも痒くもないからすぐ終わるからってコンマ何秒の早技で、ごちそうさまって、それともいただきますだっけ、とにかくウザいのが来ないうちに、というのはGメンがだけど、撤退しなきゃと早足になっていくつも路地を駆け抜けて、でもどっちが先に着くんだろうこっちかそれとも向こうか、どっちにしてもすぐそこで、まだまだすぐそこで、というのは三叉路がだけど、そこを右にか左にか、でもリコとふたりなら、で帰ったらすぐコーヒーを入れよう、それとも紅茶にしようか、たまには紅茶もいいかも、いややっぱコーヒーにしよう、でもたまには紅茶もいいかも、でもやっぱコーヒーか、それとも紅茶か、どっちにしようコーヒーか紅茶か、オレ的にはコーヒーだけどリコ的にはどうなんだろう、コーヒーだろうか紅茶だろうか間を取って鴛鴦茶(いんよんちゃ)ってのもありかも、どっちでもいいよってリコは言うかもしれないが、実際どっちだっていいわけだし、でもどっちにしても冷えきった身体を温(あった)めよう、冷えきってればだけど、それから仕度に掛かろう、もちろんリコとふたりで、エビチリは炒め合わせるだけだし玉子スープは温め直すだけだしごはんはチンするだけだし、リコとふたりで、ふたりだけで、とにかくすごそこで、まだまだすぐそこで、全然すぐそこなんだから。

─了─

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