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といって生活に困ってるわけじゃなくて、いや困ってる困ってないという二択で、つまり世間一般的な分類に、何を以てして世間一般的な分類と見做すのかって疑問はあるにしろ、従えば、どっちかというと困ってるほうに分類されちゃうだろうけど、誰のせいだよってリコは言うかもしれないが、そしてそう言われたら返す言葉もないけど、まったく何ひとつ思い浮かばないけど、いやひとつくらいは思い浮かぶかもだけど、でも敢えて思い浮かべようとは思わないけど、だからただただ項垂れてしまうほかないんだけど、それこそ事務所へ連れてかれた万引き常習犯みたいに、でもそうした微妙な雰囲気になることは、何気なく交わしてた会話が不意にフリーズしたりすることは、互いにはっとして時間が止まっちゃうみたいなことは、いや時間は止まらないけど、というかむしろその間の主観的時間は無限とも思える長さに引き延ばされちゃうけど、そうしたことはそれこそ一度や二度じゃなくて、月末とかとくに、その際の張りつめた緊張感はたとえようもないし、また動きだすまでの静けさと言ったらホントにもう身が竦む思いだけど、でも今まで一度だってそんなこと、傷口を抉(えぐ)るような、それを言われたら負けを認めるしかないような、実際負けてるんだけど、そうした最後通牒的な、決定的な一言を言わなかったし、それどころかバツ悪そうな面持ちで困ったような哀しげな、笑みともつかない笑みを浮かべて常連客の話かなんかを饒舌にしだしたりして、そのあまりに唐突な方向転換にこっちが面食らっちゃってうまく相槌打てなかったりするけど、いや相槌はいつだって下手くそだけど、だからこれからもそんなこと言わないだろう、言うかもしれないが、とにかく完全に首根っこを押さえられてるから軽く一噛みするだけで息の根止められちゃうに違いなく、それはともかく元もとの性格なのか馴れなのか、困窮を困窮と感じてないみたいで、みたいでなんて言うと他人事みたいだが、いや実際あらゆる事柄が他人事のようで、いつからそうなのか知らないがいつの間にかそうなっていて、我が身のことなのに、べつに達観してるとかそういうことじゃなくて、ある種の処世ってことなんだろうけど、そのわりに自分の首絞めてる気がしないでもないが、とにかく緊張感というかスリルというか、やばくね、これ超やばくねみたいな、記録への飽くなき挑戦みたいな、でもあんま欲張ってもダメで、掌にちょうど納まるくらいがベスト、ガムとか飴とか、その辺の勘所をしくじると大変なことになる、というか失敗は許されないから、どこが死角かはすでに織り込み済みだし監視カメラの位置だって全部把握してるつもり、そういうとこは抜かりない、そうして人の流れの途絶えたところを、そんなふうな澱んだ空間が探せば必ずあるもので、時間帯にもよるけど、アンニュイな昼下がりがよさげな雰囲気で、でも監視の目は却って厳しかったりして、つまり自分以外は全部が敵でひとりの味方もいないってことで、そういえば過去を振り返ってみても味方なんてひとりもいなかったんじゃないか、リコはべつとして、いやリコだって真の意味で味方かどうか、リコはゾンビじゃないわけだし、とにかくどんなときでも油断は禁物ってこと、を見計らって手にしたお宝をバッグに忍ばせる、コンマ何秒の早技で、万引きGメンとの熱き戦いってか、八十日密着ドキュメントってか、でも決して無理はしないでやばいと思ったら速攻バッグからカゴへ移して、そんなふうにしてバッグからカゴへカゴからバッグへの危うい綱渡りを楽しむ余裕ができれば本物で、歯噛みし悔しがるGメンの姿を想像するとますます気持ちは高ぶって、そしてオレは本物だからそうした綱渡りを日々潜り抜けてるのだ潜り抜けてきたのだそして潜り抜けてゆくのだ、と言いたいとこだけど、そこまで腹が据わってるわけじゃないから、つまりまだまだ修行が足りないってことで、でもいつかそうしたアクロバティックな荒技を、バッグからカゴへカゴからバッグへの妙技を、やってのけたいやってのけるぞ、と意気込みを新たにして、でも師と仰ぐ人がいないから、というのもこういった道に於いてはそれぞれが個別に戦ってるわけだから、組織的な連携によって敵の裏を掻くなんてことができたらそれはそれで面白いだろうけど、そうした者同士が出会うことはまずないと言っていいし、実際出会ったこともないし、だから師匠と弟子というような、技術の錬磨とその継承みたいなそうした関係はなかなか見出せないってことで、道のりはだから遠く険しく、いつだってひとり鍛錬に励むしかなくて、といっても実践あるのみというか日々の実践が鍛錬だし修行なわけで、そうして一歩一歩着実に、煉瓦をひとつひとつ積み上げてくみたいに歩んでゆくほかなくて、でもそうしたものこそが修行ってもんだろうし、それなりに成果も実感してるし、そんなわけで動悸の激しさに高ぶる気持ちを抑えつつ棚に沿ってジグザグに、たまに逆戻りしたりしながらぐるり店内を周遊して何某かのものを、今日の晩ごはんのおかずたちを、というかおかずになる前の、それぞれ適切に調理されるためにおかずとして供されるために空腹を満たすために陳列されている食材たちを、その組み合わせは幾通りもあって全部を把握するなんて無理だけど、そのうちのほんのいくつか知ってる、といって大してレパートリーもないから同じようなもんばっかでまたこれとか不平を言われたりもしちゃうけど、嫌なら食うなと突っ跳ねる気概も度胸もないから、というかそんな立場じゃ抑もないから言い掛けた言葉も飲み込むほかなくて、そうして積もり積もった言葉たちはいったいどこへ行ってしまうのか、いや捜す気はないけど、とにかく少ないレパートリーの中から選んだひとつを念頭に置いて、状況によっては変更を余儀なくされることもあるけど、というのはあると思ってた食材がないとか、より魅力的な食材が並んでるとか、急に気が変わったとか、でもそういったことがなければ所期の念頭に従って必要なものを必要なだけカゴに落とし込んで、そうして何食わぬ顔してレジへ、戦利品を除いてお買い上げ、店を出ると晴れやかな気分、というよりほっとして、閉じていた汗腺が一気に全開みたいな、体内に籠った熱気が水蒸気となって発散してくのが分かるような、いや分からないけどそんな気がするってことで、でもそんな気がするってことは、それが絶対確実だとは言えないにしても半分くらいは当たってるかもしれないじゃないか、身体が軽くなったのはたしかだし、それはつまり心的なストレスには重さがあるってことで、とにかく店を出て百戦錬磨のこのオレが負けることなどあるのだろうか、を歌いつつ、といって決して奢(おご)ることなく謙虚な自分を省みて次の戦いに備えよ、を銘じるうちにも点滅しはじめた信号にちょっと焦って大股に、でもないが走るのは控えて、逃げてるみたいだから、逃げてるんだけど、手にしたポリ袋が大きく前後に、ときどき左右にも、不規則に揺れるのはその音を、耳障りな、布とは異なる素材同士の擦れ合う音を、交差点に落としてゆくためか、忍者の撒菱みたいに。

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