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それはつまり一切の意志の疎通を拒んでるってことで、いや拒んでるわけじゃないんだけど結果的に拒んでる形になってしまって、そうした内向型の物静かな神経質そうな何かを病んでそうな死に憑かれたようなそんなタイプがお好みなのか、なんにしても好かれてるってのは嬉しいことで、でも扱いづらいっていうか、時どきイラッとするんだよねってリコは言うけど、それについては自分としても説明責任みたいなものを感じてはいて、アナクロで無骨な男性像を、以心伝心で何もかも通じちゃうみたいな、男は背中で語るみたいな、そんな化石みたいな男性像を意固地に掲げてるわけじゃもちろんなくて、そう見えるのは仕方ないとしても、いやそう見えるとは思えないけど、それでも期待に応えることはやはり困難で、俯いて口籠ってしまうのがオチで、というか自分が話すのを誰かに聞かれるってことは、自分が話してるのを誰かが聞いてるってことは、いったい何を意味するんだろう、そのとき何が起きてるのか、自分の中で延いては世界の内で、そのとき受けるダメージは、それをダメージと言ってよければだけど、自分を延いては世界をどう変えてしまうのか、変えてしまったのか、というか話すって何、聞くって何、意味って何、能記って何、所記って何、声はそれらとどう関ってるのか、抑も自分に声はあるのか、自他を隔てる唯一の声自分だけの声というようなものは、いや自分だけのというよりは他者へ向けた声他者のための声か、もちろんそれは当時のテーマじゃないけど、でもある意味で当時の主要なテーマでもあったわけで、潜在的にか根源的にか本質的にか知らないが、でも顕在的にはそうじゃなかったわけで、そこで何が起きてるのかはだから分かるはずもなくて、今も分からないんだけど、いやちょっとは分かるけど、ホントに分かってるかは疑問だけど、彼女を前にして今さら何をどうしたらいいのか、詫びるにしても何をどう詫びるのかキレるにしても何をどうキレるのか、彼女は彼女で怒ってるのか呆れてるのか困惑してるのか、処置に困ったみたいな、いつまでもつき合ってらんないみたいな、といって無罪放免ってわけでもなさそうで、教えのひとつも垂れようとしてるらしく、教師としてそれは真っ当な対応ではあるだろうけど、単に教師らしさを演じようとしてるだけかもしれないが、眼鏡の奥から覗くその瞳が何を語ってるのか語ろうとしてるのか窺い知ることはできなくて、どっちにしてもこっちにはそれを受け止めるだけの余裕もなくて、況してや跳ね返すなんて無理な話で、つまり腹ペコだったわけで、誰もいない、もちろん自分と彼女とを除いてみんな疾っくに帰っちゃったからだが、きりっつれえの号令一過さようならって唱えて、オレひとり差し置いて、そんなわけで静まり返った教室で、日が陰ってるからか、西日もほとんど射し込んでないし、ずいぶん暗くて物寂しい一日の大半を拘束される矩形の箱で、ひとり待ち構える彼女の前に徒刑囚よろしく連れ戻されて、まだこれ以上何か言われるのかと思うとやり切れないけど、言わされるよりは言われるほうがよっぽどマシで、というのもこっちには言うべき言葉が何ひとつないわけだから、なんとか言いなさいよってリコなら言うかもしれないが、なんとも言えないので殊勝に項垂れてるよりほかなく、というか殊勝に項垂れてるってポーズにすぎないけど、そうして空腹のなかもうそろそろだろうと待ちながら、もちろんリコの、待ちつづけながら、でもそれからどうやって帰ったんだか、いや歩いて帰ったのには違いないが、毎日毎日歩いて通ってたわけだからランドセル背負って、日曜日を除いて、いやもうランドセルじゃなかったか、手提げみたいな肩掛けみたいなそんなやつだったか、ベロみたいのが垂れ下がってる、ごわごわした肌触りの布製のやつ、それ持って、というか肩に食い込ませて毎日毎日歩いて、日曜日を除いて、登りは群がって下りは孤独に、そんなわけで空腹にも波があってある程度経過すると刺戟は抑制されるのでそこを乗り切ればまだまだ立ってられるだろうなんて甘い考えを懐いたり、雨が降るんだろうかと窓の外を盗み見たり、卓を挟んだ向こうに見える衣服の皺を辿ったり、絶えず動かしてる右手と左手の動きを追ってみたり、時どきずり落ちた眼鏡を上げるために顔の横に持ってくる右手のブラウスの袖口が僅かに下に滑ってそこから、ブラウスの袖口から覗いた華奢な手首の白さに魅入られたり、上のほうから降ってくる声に頷きながらその唇の動きを読もうとしてみたり、真っ赤なタレの滴るエビを頬張る様子を眺めたり、唇を嘗める赤い舌の動きを注視したり、話にも一応耳を傾けながら、でも愚痴めいた説教めいた内容にはあまり耳を貸さずに、それを知ってか知らずか終始機嫌よく喋りつづける彼女のちょっと居丈高な、大人の女っていうような匂いをそこに感じたのをなんとなく覚えてる、というか今思いだしたんだけど、とにかく暗さは刻々増してくみたいで僅かな表情の変化もそのうち読み取れなくなって、全体に華奢な輪郭だけが際立って、それが上のほうに何の合図もなしに伸び上がり、右手を卓について、左手もついて、ちょっと身を乗りだし前屈みになって、そしたらそれまで後ろに隠れてた黒っぽい房が束になって両の肩から滑り落ちてきて、ブラウスの襟元辺りで揺れてるそのふたつの房をつい目は追ってしまうけど、そのすぐ下のちょうど目線の先に縦に皺寄ったブラウスの胸の辺りが、一番上のとその次のボタンが外れてる素肌の部分が、それがこっちに迫ってきて、でもすぐに離れていって、また近づいてきて、また離れていって、をくり返し、その手に握られた食器類がぶつかり合って立てる危なっかしい音がしてたけど、その音がしなくなってからも、洗いカゴに積み重ねられたあとになっても尚耳に残ってて、もしかしたら全然違う音を耳にしてるのかもしれないけど、そうだとしたら何の音だろう、そんなことどうでもいいでしょ、そうだけど気になるじゃん、気にしすぎってリコは言うけど、気になるものは気になるし気になったら眠れないし眠れないと生活のリズムが狂うし、元もと狂ってるようなもんだけど、いやそんなには狂っちゃいないけど、いろんな意味で不都合が生じてくるわけで、でも人生なんてそうした不都合と馴れ合うことでしょってリコは言い、言いながらひとつずつブラウスのボタンを外していって、全部を外し終えると袖から腕を抜いて、両方とも、そうして脱いだブラウスを丸めると右手に持って、食い込んだブラの肩紐の部分を横にずらして左手で掻き毟りながら私なんて馴れ合いすぎてもうわけ分かんなくなっちゃったよと笑い、というか笑ったように見え、そのまま皮肉めく笑いのようなものを残して風呂に消え、その背中に何か投げようとしたけど何も投げ得ず、華奢な背中に刻まれた下着の跡と掻き毟って赤くなった爪跡とをなぞるように舌が辿っていって、最初は遠巻きに、だんだん近づいて、焦らしに焦らしてからそこを攻める、押し広げたその部分を奥へと続くその入口付近を丁寧に、皮膚なのか内臓なのかよく分からない、皮膚でもあり内臓でもあるのか、皮膚でもなく内臓でもないのか、その境目にある細胞はいったいどっちに属してるのか、そうしたことを確かめるように、反応は悪くない、いつだって悪くないけど、悪いのはお前だって名指されてるみたいな、お前が悪いのだお前だけが悪いのだって責められつづけてるみたいな、濡らした木を撓(たわ)めて矯正するみたいに、だからもう真っ直ぐじゃなくなって、いくらか反り返って曲がったのを滴り落ちる汁を零さないように啜り込みながら根本まで、奥のほうまで咥えるとその先の尻尾んとこで噛み千切って、ぷりぷりした感触を楽しむように歯を立て舌で転がして、舌先で嘗めとったそれをちょっとしょっぱいってリコは言い、でもおいしいよって言ってくれて、出したものをおいしいって、だからすごく嬉しかったんだ、というか嬉しくないわけがないじゃないか、たとえそれが嘘だとしても。

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