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07

そしたら大きく波打つようにして上下に蠢きだし、というのは天井がだけど、こっちは揺れてないのにこっちまで揺れてるような気がしたから、いやこっちも揺れてるのかもしれないが、いやこっちもたしかに揺れていて、とにかく平衡感覚は狂いそうだしどこか生き物めいたその動きは気味が悪いし、だから早く治まってくれないかと願いつつ様子を見てたんだけど、というか見たくはないんだけど見ないわけにはいかないらしくて、でも治まる様子は全然なくて、風にはためくビニールシートみたいにいつまでも波打ちつづけ、それはもう老朽化というより欠陥住宅と言ってよく、こんなんで今までよく無事だったって感心するほどだけど、というか感心してる場合じゃなくて、なぜと言って真ん中に一本細い筋状の線が現れてそれが両側へ伸びて亀裂になり、と思ったら亀裂の真ん中辺りが膨らんで、パックリと口を開けるみたいに拡がって、そしてそれが、その口が、拡がった亀裂の闇が、実際裂開したその部分というか向こう側は真っ暗で何も見えないから闇というほかなくて、それがこっちに近づいてきたからで、ああ食われると思った、もうおしまいだって観念しちゃった、これってアレだよね映画とかでよくある雑魚キャラのやられ方、それが自分に相応しいかどうかは分からないけど最初のほうでやられるやつの死に方だよね、でも死ぬなら死ぬでもっと他になかったんだろうか、殊更カッコいい死に方とか求めて彷徨ってるゾンビなわけじゃないけどせめてもうちょっとマシなのはなかったのかよ、それともこれくらいが身の程ってことなんだろうか、ゾンビにはこういうのがお似合いってか、そうかもしれない、そうかもしれないけど、いくらなんでもショボすぎるよこれは、それにもっとこう足掻きに足掻いたっていいはずなのに、どっちかって言ったら往生際は悪いほうだからいつまでもうじうじしちゃうほうだから、それなのになんでこうもあっさり観念しちゃってるんだろう、つまりこれこそが本来のオレってことなのか、今の今まで見誤ってきた本来のあるべきオレの姿なのか、それともこれは本来のオレじゃなくて非本来的なオレなのか、ってことはオレの本来性とオレの非本来性とのふたつがあってそのどっちかが今顕現してるってことになるけど、それをどうやって見分けたらいいのかどうしたら見分けられるのか、というかそんなことは今どうでもよくて、いやよくはないけどさしあたり今考える必要はないってことで、でもこれでおしまいなら次はないわけだから今考えなくていつ考えるのか、ここはだから徹底して究明すべきなんじゃないだろうか、オレの本来性とオレの非本来性とについて、そのどっちが今のオレを動かしてるのかについて、おしまいになるまで、意識の途切れるその瞬間まで、でもそんなことしていったい何になるのか、そんなことしたって何の意味もないしただの徒労にすぎないわけで、それなら何もしないで待ってても大して違いはないはずで、でもそれはそれでなんとなく嫌なわけで、つまり観念したとか言いながら完全に観念しちゃったわけでもないらしく、といって足掻いてるわけでもなくて、そうして観念するでもなく足掻くでもなく事態を静観して、そういってよければだけど、でも透徹した眼差しなんかじゃもちろんなくて、そうかといって濁り切ってるってわけでもなくて、そこそこ澄んでるけどそこそこ濁ってもいるそんな眼差しで、でもおしまいじゃなかった、そらそうだ、ってあとになって言うのは簡単だけど、とにかくまだおしまいじゃなくて、つまりまだ続きがあるってことで、どんな続きかは知らないけど続くことは続くらしくて、だから続くわけだが、終わらない以上続くわけなんだけど、どこまでも続いちゃうんだけど、いやどこまでもってことはないだろうけど、ということは強ち雑魚でもないってことか、怪獣が出てきた途端に踏みつぶされちゃうエキストラ並みに雑魚でもないってことか、ヒーローって柄じゃないのは分かってるけど、ゾンビだし、でも誰だって自分の人生に於いては自分がヒーローじゃないのか、その意味で言えばアツシはヒーローだと言えるだろうし、でも正統派のじゃなくてアンチとかダークとかの類いだろうけど、まだまだ活躍の場もあるのかもしれないし、倒すべき相手は謎の怪人フーマンチュー、じゃなくて首ゲルゲ、じゃなくてもちろんGメンで、熱き死闘を一進一退の攻防をやるかやられるかの大勝負を繰り広げちゃうみたいな、でもその成果が、戦いに戦い抜いたその結果がガム一個くらいじゃ割に合わないけど、いや合うとか合わないとかそんなことは問題じゃなくて、その過程が、熱き死闘それ自体が一進一退の攻防それ自体がやるかやられるかの大勝負それ自体が明日への活力を齎(もたら)すというか、自分が生きてることを実感させてくれるみたいなとこがあって、だから癖にもなるしやめられないんだけど、中毒みたいなものか、というよりスポーツに近いノリで、今日も一汗掻くかって臨んでいい汗掻いたって終えるわけで、でもそんなに爽やかじゃないけど、というのもスポーツマンシップに則るみたいな正々堂々と闘うみたいなそんなものはそこにはないわけだからあるわけないんだから、とにかく自分がそれほど雑魚じゃないって思えただけでも、実際に雑魚か雑魚じゃないかは措(お)くとして、気持ち的には楽になって、楽と言っても高が知れてるけど、それでもほんの少し身体が軽くなったような、毒素が抜けて痺れが取れたみたいな、そんな気がするというかそんな気がして、腰の辺りを揺さぶられるような感覚がそれに続いて、腰の辺りを揺さぶられてるなって思い、そしたらその通りに腰が揺れ動くのを感じて、つまり真っ当な感覚と真っ当な知覚と真っ当な認識の作用なわけでさして驚くことでもないんだけど、だから大して驚きもしなかったんだけど、でもそれは誰が揺さぶってるのかって疑問に思うまでのことで、だから誰が揺さぶってるのかって疑念が浮上してきたら、実際誰が揺さぶってるかに拘らず、誰が揺さぶってるのかってことを考えるだけで考えようとするだけでもうパニクりそうで、というかパニクってて、猛獣が、もちろん人を襲って食ったりする、その鼻面でこっちの様子を窺っているのだ、いつその鋭い鉤爪でザクリとやられるかそうして鮮血を飛び散らせるか一室をドス黒い赤に染め上げるか断末魔の叫びが響き渡るのか連日のニュースで報道されるのか、泣きの涙で世間に訴え掛けるのか、がめまぐるしく飛び交って、やっぱ終わっちゃうのかと血の気も引くような惨状に震えてたら声がして、上のほうから、決まってそれは上のほうから降ってくるが、物理的に上なのかメタファとして上なのかがもひとつ分からなくて、まあでも上だって思った以上上と言って間違っちゃいないだろう、間違っても下じゃないわけだし、もちろん根拠なんかないけど、そんなわけで呼ばれたような気がして、実際呼ばれたかどうかは定かじゃないんだけど、元もと勘とかいいほうじゃないし、でもそんな気がしたからなかば反射的に半身を、左腕を支えにして右に捻る恰好で振り返りざま起き上がると、薄暗い部屋のなかに何か動くものの気配が、猛獣のそれじゃなくて人間のそれ、といって猛獣並みに野蛮な人間のそれじゃなくてごく普通の現代人のそれ、しかもゴツゴツして骨張ったあるいは筋肉質な男のそれじゃなくて華奢でしなやかな女のそれ、というかよく見知った人の、匂いで分かる、いつも嗅いでるから隅ずみまで経血の匂いまで、そんなわけで危難を脱したらしいことを理解しておかえりを呟き、叫びたいくらいだけどそれは控えて、口のなかで唱える程度に小さくでも聞こえる程度に大きく、ただいまがその後に続いて、もちろんリコの、それを聞いたら一発で元気になって、急いで仕度に掛かろうと立ち上がったんだけど不意に意識が遠退いて、立ち眩みってやつか、二、三歩足を踏みだしたとこでまたしゃがみ込んで、どうしたの大丈夫、と気遣うリコのやさしさが心に沁みる、どこまでも染み入って熱くなる、というか火照ってくる、というかなんか変な汗を掻いてて、すぐ用意するからとかなんとか言いながらだからなかなか用意できず、何度もシミュレーションしたはずなのに時間を間違えたのか芯があって硬いし塩加減は微妙だしソースは煮詰めすぎちゃうし巧く絡んでないし油っぽいし、だからってわけじゃないけど黙々とフォークを動かして巻きつけていて、巻きつけすぎて一旦振り落としてまた巻き直しに掛かるけど硬いからか巻きつけにくくて何度もそれは滑り落ち、最後は皿にフォークを突き立て皿を引っ掻き引っ掻きして嫌な音させながらどうにか適量を巻きつけて、油でテカテカ光ってるグルグル巻きにしたそれを落とさないように慎重に口元へ持ってきて啜り上げるとよく味わいもせずに飲み下して、実際どんな味だったんだか、オリーヴと大蒜は強く感じたけどそれ以外はぼんやりしてて、そんなわけで服と言わず卓と言わずソースを跳ね散らかしてだらしないとか叱られながら、もちろんリコに、そうして姿勢よく坐って一滴の汁も飛ばさずに食事を終えると、もちろんリコが、パスタのいい匂いだけが虚しく部屋に漂ってたっけ、いつかリベンジするぞって思ったっけ、練習あるのみって朝練午後練に明け暮れもしたっけ、でもそういった決意は往々にして長続きしないもんだけど。

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