左のほうには重々しくて真っ黒な、二本のレールの上を横滑りして受け入れたり拒んだり封じ込めたり吐き出したりするちょっと物騒な塊があって、表のじゃなくて裏の、でもそれは今閉められてるからそのすぐ向こうは敷地の外なのに、権力の及ばない自由の地なのに、といってもそこはまたべつの権力の支配下にあるんだけど、どんな権力かは知らないが、いや知ってるけど、とにかくその内側に、囲われた敷地の中にいるばっかりに不自由を強いられてて、そこを乗り越えるのは簡単だけど、その黒光りした棒状のものがいくつも並ぶ横に長い仕切りに両手を掛けて、背丈くらいあるけど腰くらいのとこに足を掛けられる横棒があるからそこに足乗せて、右でも左でもどっちでもいいけど、でもたぶん右、そして両腕と両足を使って、両腕で身体を支えながら片方の足で地面を蹴ってその勢いで弾みをつけつつもう片方の足で身体を押し上げてって感じでその横棒の上に立って、鉄棒には自信ないけど、逆上がりもできないし、でもこれくらいは難なく熟(こな)せる、そうして仕切りを跨いで身体を横向きにしてひんやりと冷たいそこに尻を置いて馬乗りになったら高くて見晴らしもよさそう、高いとこは嫌いじゃないし、でも眺めを楽しんでる場合じゃないからすぐに向こう側へ足を投げだして飛び下りる、敷地の外へ、自由の大地へ、という具合にシミュレーションは完璧なんだけど、でも実際にそこを乗り越えるのはシミュレーションほどには簡単じゃなくて、というか至難の業で、まずそこまで行くことが、歩いて何歩くらいだろう、二十か三十か、距離にしたらなんでもないけど最初の一歩が踏みだせなくて、二歩目はだからあり得なくて、三歩目はもっとあり得なくて、二本の足はここにこうして立つためにだけあるみたいな、それ以外の用には立たないみたいな、それが可能だってことは分かってるけど、シミュレーションからも明らかなように、でもそれはやはり不可能なのであって、可能且つ不可能という矛盾撞着に陥ってそのあと思考はどこへ向かうのか向かえばいいのか、どこといってべつにどこだっていいけど上のほうからってのが妥当なとこで、その妙な音はやはり上のほうから聞こえてくるって感覚は告げていて、その感覚を信じればだけど、そのほうに耳を傾けると、といって耳は動かないからそっちのほうに意識を向けるってことで、不意に鳴りだしたその音は、音程の狂った、テープが伸び切ったみたいな頼りなげな音で、あちこちに反響したそれがまた重なり合って変にズレたりして、それまでにも何回か聞こえてたと思いだし、少なくとも三回くらいは聞こえたか、何かを知らせるためか合図する目的かその音は人を急かすようなイラつかせるような不快な響きで、聞こえるたびに身体が反応して痙攣起こすしその拍子に重心がブレて倒れそうになるし、だから聞いていたくもないけど空気の振動は嫌でも鼓膜を振わせるから意志に関係なく聞こえてしまい、鳴り止むまでは聞いてるしかないけど聞いてるうちに目が廻り、いや廻ったというか廻ってないというか、廻ってることは廻ってるんだけど廻ってる気がしなくて、でもたしかに廻ってて、眩暈みたいな吐き気みたいなおかしな感覚で、いやおかしくはないんだけどなんとなく違和感があって、とにかく切り立った崖のように聳える壁面が視野いっぱいに拡がってるんだけど、それが日を受けてハレーション起こしたみたいに白く眩しくて、そしてその壁面とほぼ直角に交わった地面とが、コンクリートとアスファルトって材質の違いはありながら、似通った色に、ほとんど区別もつかないくらいに一続きのものとして感じられ、といって間に雑音的なものは、そのコンクリートとアスファルトとの間に、とんがったのやら長いのやら丸っこいのやらギザギザのやら真っ直ぐのやら湾曲したのやらいろんな形状したのが、黄緑の、というか淡い緑の、というか濃い緑の、あるんだけど、全体としては一続きに感じられて、つまり自分が立ってるこの地面が垂直に切り立つ壁面と同じ平面上に位置してるってことに、要するにここも壁なんだってことに気づいてしまい、ってことは壁に立ってるってことで、蜘蛛男への憧れから壁をよじ登る練習をした甲斐あってかそれが今叶った実現した、を叫びたい思いだけど、そのつもりで息を吸い込んだけど、さしあたりそれは控えて事の有りようを冷静に受け止めようとし、そしたら身体が後ろのほうへ引っ張られてくみたいな、落ちてゆくような感覚に襲われて、両足を踏ん張って怺えるんだけど力がうまく入らなくて踏ん張るに踏ん張れず、それでも頭に血が上って眩暈がして、視野も狭まって、見えるものの範囲が極端に限られていって最後に残ったのが何なのか、角のような鰭のような棒のような、何かそんなようなものがチラついて、というかそんな気がしたというか、とにかくふたつの細長い棒状の物体がそそり立っていて、その先端に白っぽい、というか薄汚い塊がくっついてるんだけど、それが地面というか壁面というか、いやもう地面とも壁面ともつかない白にも黒にも灰色にも見える面というか領域というか、にへばりついてるのかぶら下がってるのかしてるわけだが、すっぽりとそれを覆ってるそれは泥か何かに汚れて見窄らしく、どうしていつもいつもこんなに汚れちゃうのか、汚しちゃうのか、こっちを窺う訝しげな眼差しが痛いけど何も言わずに差しだして、受けとるその手の尚もためらいがちな動きに反発するようにぐいと強く押しつけたからか受け取り損ねてそれは床に落ち、二、三度弾んでひっくり返ったそれを屈んで拾いあげるその隙に横をすり抜けて狭い廊下を駆け足で突っ切って、重苦しい空気の塊を掻き分け突き進むと、粘りつくような腰の強さでそれは絡みついてきて、つまり空気が湿り気を帯びてきたみたいで、それは鼻粘膜でそれから気管支でそして肺胞で感じられ、一雨来るって予感がそのあとにつづき、といって誰もが予感し得る在り来たりな予感を予感しただけで、上のほうを、あまりにも巨大な、墓標のような建物の壁面とも地面ともつかないそのさらに上を振り仰げば、ついさっきまで全体に薄い青だったのが、というか所どころ白の混じった淡い青だったのが今や一面灰色で、壁面とも地面ともつかないものとの境目がもう見分けもつかないくらいになってて今にも降ってきそうで、でもここには屋根が、というか庇があるから降っても濡れることはないだろうけど、横殴りの土砂降りとかだったら話はべつだけど風はないみたいだし、それにまだ降ってくるって決まったわけでもないだろうし、でも降ってきそうで、まあ今すぐってことはないかもしれないけど、とにかく辺りが急に騒がしくなってきて、ざわめきというかのどよめきというのか反響しまくって、数時間に及ぶ拘束からやっと解放されたんだろう、まず最初の一陣が、続いて第二陣が、さらに第三陣が、というように目の前の建物から立て続けに吐き出されて、それを横目に見ながら、というか横目に見られながら、尚も直立不動で立ちつづけ、放置プレイならまだしもこういった羞恥プレイには不慣れというか、だんだん数を増してそしてピークを過ぎるとまただんだん数を減らしてく生徒たちのなかに自分が含まれてないのが残念というか憎らしいというか、いったいいつまでこうしてなきゃいけないのか、何の指示もなければいつまでだってこうしてなきゃいけないわけだが、そうして置き去りにされたままいつか死を遂げることができるのか、死は何もかもを解き放ってくれるのかくれないのか、いったいいつまでこうしてなきゃいけないのか、いつまでもそうしてろって言われたわけじゃないから、自分の思い過しじゃなければだけど、いつかは終わりがくるわけで、でもそのいつかがいつなのかは知りようがないのでそのいつかがやって来るまではこうしてなきゃいけなくて、とはいえこうしてるうちにも雲行きはどんどん怪しくなってきて、だからってわけじゃないけどコンクリートとアスファルトの違いについて、というか同質性について思いを巡らせながらいつまでも立ちつづけ、でもアスファルトとコンクリートは同じなのか違うのかの考察はついに解決しないまま、というかいまだにそれは解決してないんだけど、いやある意味では同じだろうしべつの意味では違うだろうくらいには解決してるけど、それを解決と言ってよければだけど、とにかく何か弁明なり釈明なりを求められてるんだろうけど、そうしたものが期待されてるだろうってこともなんとなく分かってはいるけど、弁明の言葉なり釈明の言葉なりは何も思い浮かばなくて、直立不動の態勢で身体は硬直して動かないし、頷くことも目配せも何らか意味を帯びてしまうから、そうした意味を持つ身体の動きは悉く封じられてしまう、というか自ら封じちゃうのだった。