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それなら三回くらいある

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だからってわけじゃないが、いやだからとむしろ言うべきか、とにかくそれはそうなのであって、そうなんだけど、それでも尚、いやそうであればこそ尚さらここが踏ん張りどころだってことで、踏ん張ってどうなるわけでもないっちゃないが、べつに踏ん張りたくもないし、でも踏ん張っちゃうみたいな、ってことは案外踏ん張りたいのかもしれないが、踏ん張りなさいよって声が、やさしく包み込むような、それでいて鞭打ち叱咤するような、聞こえてきそうだし、そうした声をこそ求めてるのかもしれないし、それによって救われるのか救われないのか救われたいのか救われたくないのかそれは分からないにしても、それでもさしあたり自分はまだ存在していて、いずれ存在しなくなることはたしかだが今はまだ存在してるわけで、辛うじて存在してるわけで、それは間違いないだろうけど、でももう疾っくに消え果ててなきゃいけなくて、それなのにまだ存在しつづけてること自体謎っちゃ謎だけど、でもそんなのはごくごく有り触れたどこにでもあるしょうもない、ホントにしょうもない屁みたいなもので、抑もこの世界があるってことが、そのこと自体が最大且つ最強の、もしかしたら最悪の、謎というか神秘というか、それに答えた人は、答え得た人は、今のところいないだろうけど、いや知らないだけでいるかもしれないが、それに較べたら私があるなんてことは、私という存在がこの世界の内に存在してるってことは、全然驚くには当たらない、とそう言い聞かせてみても、もちろん自分に、謎が謎でなくなるわけじゃなくて、というかいよいよ謎は膨らむばかりで、畢竟世界は謎だらけで不可解窮まるファンタジーで世界は謎で構成されていると言っても過言じゃなくて、比喩でもメタファでもなんでもなくそうなのだから、何が起きても何も起きなくても不可解なことに変わりはなく、つまり不可解なことはそれ自体何も不可解じゃないわけで、かと言って分かったつもりでも何も分かっちゃいないのだ、もちろん何かを分かっただなんてそう簡単に言えるものじゃないだろうけど、それでもたとえひとつの謎が解明されても次なる謎をそれは生ぜしめ、それを解いてもまた次が現れて、それがさらなる謎を呼び、そうして連鎖的に芋蔓式にドミノ倒しみたいに次から次から謎が連なってくばかりで、有史以来人類はそんなことをくり返してきたわけだしこれからもくり返してゆくだろうけど、いったいどこまでそしていつまでそんなことをくり返せばいいのか、そうした解き得ない謎に包まれて、前も後ろも、見渡すかぎりどこもかしこも、それでよく狂ったりしないでいられるものだ、というかもうすでに狂ってるのか、狂ってるからこそ平気でいられるのか、そうかもしれない、違うかもしれないが、それはともかくその意味で言えば、というのは疾っくに消え果ててなきゃってことだが、その意味で言えば今は死後、つまりは死後を生きてるってこと、まあゾンビみたいなものだ、死んでないけど、生ける屍ってか、笑えない、笑えるか、やっぱ笑えない、仮に笑うとしてでも誰が笑うんだ、自分かそれとも他人か両方か、あるいはそのいずれでもないまったく未知の何かか、少なくとも自分は笑わないし笑った記憶がない、全然ないってわけじゃないけどほとんどない、そういうとこがちょっと不気味だって事あるごとにリコは言うけど性分だから、性分って何、ってゆうか長年の間に染みついちゃってもう生得のものかどうかも分からなくなってて、笑うってことがどういうことなのかも分からなくなっちゃってるのだ、とそこまで言うつもりはないけどそれに近いものはあって、頭では理解してても行為がそれに伴わないっていうか、もはや自分じゃコントロールできないっていうか、それに何もかもを意志でコントロールしようだなんて、というかコントロールできると思うこと自体、烏滸(おこ)がましいことじゃないだろうか、といって笑いは意志でコントロールする体のものじゃなくて自然と零れてしまうものだろうけど、とにかく笑いそのものが呼び覚まされないというか湧き起こらないというか、不随意筋を意志で動かすことができないのに似て、無理に笑顔を作っても歪(いびつ)に引き攣っちゃって見られたもんじゃないし、怖いとか言われるし、もちろんリコに、それにそうしたことは、体裁を取り繕ってその場を胡麻化そうとかすることは、もうやり尽してるから、そして失敗しつづけてるから今さらどうにもできないわけで、でもそんな曖昧な返答で納得するリコじゃなく、というか厳密な説明でも納得しないだろうけど、知りたい盛りのアホな子供みたいになんでなんでの絨毯爆撃、退路を断たれて逃げ場に窮してそれでも逃げ惑うがそのうち組み臥され、腹の上に馬乗りになってぎゅっと腿を締めつけて隙間もないくらいに密着させてぐいぐい押しつけてくるその部分が妙に熱っぽいっていうか湿っぽいっていうか、何か特殊な吸盤みたいにぴったりと吸いついて離れないというか、力押しってわけでもないんだけどその巧みな誘導で気づいたらコーナーに追いつめられちゃってるみたいな、挙げ句あんなことやこんなこんやをされてしまうのだ、みたいなことを想像してると笑い声が、どこか上のほうから高らかに、でもないが、忍びやかにというのでもなく、ハでもヒでもフでもヘでもホでもない、殊によるとそのどれでもあるような、といって複数のものじゃなくて、大勢の者に取り囲まれ見下ろされる情景はそれ自体不穏さを帯びてしまうから想像したくもないし、嫌な記憶を呼び覚まされそうでもあるし、でも呼び覚まされて困るような嫌な記憶なんてあっただろうか、いや誰だってそうした記憶のひとつやふたつ持ってるもんだし、そういう意味でならそうした記憶のひとつやふたつが自分にもあるだろうって思わなくもなく、でも実際にこれと名指すことのできる、これこれこういうことがありましたっていうような特定の記憶は浮かばないからあるような気がしないわけで、でもそんな気がするだけで実際にはあるのかもしれないし、そしてそうしたものがちょっとでも顔を覗かせることは、それがあったとしてだけど、厳重に封印したものの封が解かれてしまうみたいなことは、たとえばこれが物語的仮構だと封印が解かれることでそれが、当の物語が、波瀾万丈の冒険が、動きだすんだろうけど、でもそんなことは、封印が解かれちゃうなんてことは、絶対にあってはならないことで、なぜと言って波瀾万丈の冒険が、ハラハラドキドキの一大スペクタクルが、それによって、封印が解かれることによって、巻き起こることにはならないからで、つまり物語が動きだすことはないってことで、物語なんて糞食らえってことなわけで、とにかくそれは複数のものじゃなくてただひとりの声で、それを知ってるような気がする、その声を、違うかもしれないが、誰ですかって訊いてみようかと一瞬思った、誰ですかって、ただの幻聴にだよ、いや殊によると幻聴じゃないかもしれないが、誰ですかって、案外答えてくれるかもしれないじゃないか、そしたらまた違う何かが見出せるかもしれないじゃないか、ゾンビとは違う、もっとこうふわふわして柔らかい、全体に丸みを帯びた、だからちっとも痛くないし怖くもない、マシュマロみたいな触感の、そうした人にやさしい世界が、でも訊かなかった、その程度には真面だってことだ、と言いたいわけじゃないにしろ、言ってるようなものか、とにかく訊かずにおいて事の成りゆきを見守るように深く息を吸い込み吐きだした、万引きに臨む前に呼吸を整えるみたいに。

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