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そんなわけでどこまでが皮膚でどこからが内臓なのかついに分からないままで、いや分かんなくたって特別困りはしないんだけど、でもなんか釈然としなくて、それとももっとよく眼を凝らして見たら分かるんだろうか、そしたらもっと分かり合えたりするんだろうか、そんなに見ないでよ恥ずかしい、って言ったかどうかは知らないが、もちろんリコが、もっともっと見たいしもっともっと聴きたいしもっともっと触りたいしもっともっと触られたいし、ゾンビなのに、いやゾンビだから、それはともかくどんな味って訊いてみたい気もするけど訊けずにいて、でもいつか訊いてやろうと思ってて、だからってわけじゃないが何の音だろう何だと思うって訊いてみたわけで、果してどんな答えが返ってくるのか、そんなことはどうでもいいことだけど訊いたからには答えを期待しちゃうわけで、訊く前には在りもしなかった期待が訊いたあとにはたしかに在るってのが不思議で、どんどん期待は増してくけど答えは返ってくるんだろうか、返ってくるとしてそれは期待通りの答えだろうかそれとも期待外れの答えだろうか、どっちにしてもその先生もひどいよね生徒を何時間もほったらかしてお昼も食べさせないなんて担任でしょ担任だよねあたしだったら疾っくにうちに帰ってるよ、それかよっぽど悪いことしたとか、逆鱗に触れるような何か物凄いことしたんじゃないの、何したの、とリコは言い、ねえ何したのと肩で小突いて期待するような眼差しがこっちを見てるけど、期待に応え得るようなことは何もなくて、というかよく覚えてないんだ、元もと大それたことができるような器じゃないし、ちょっとふざけてたくらいのことだと思うけど、ちょっとふざけてたくらいで何時間もほったらかしにされたりしないでしょ普通、何かしたんだよ、そうかな、そうだって絶対そうだって、いるよね相手に物凄いダメージ与えておいて自分はなんにも知らないないとかむしろ自分のほうこそ被害者だとか言うやつ、なんか最悪じゃんそれって、だから何もしてないし、無自覚に人を傷つけるのってどうなんだろ、だから違うんだって、そんな人だと思わなかった見損なったよ、とさんざんな言われようで、何かひどく誤解してるみたいだけどうまく説明できなくて、いつだって説明できないけど、それはつまり最初っから説明を諦めてるってことなのか、そんなつもりはないんだけど、説明したい気持ちはあるんだけど言葉がついてこなくて、だからってわけじゃないが打ち拉がれてコーヒーをふうふうしながら脇に伏せといて、トイレに行って戻ってくると伏せてたのを拾いあげて続きを読み耽り、読み終えたらすぐ脇に積んであるその上に乗せてべつに積んである次の巻を取って開き、そうして黙々と読みつづけてコーヒーもゴクゴクと飲みつづけてもう何時間になるのか、読んでも飲んでも終わらないから延々続きそうな気がしてきて、いやあと何巻で終わるってのは分かってるけど、全体のどの辺まで来たのかってのもちゃんと把握してるけど、なぜか終わる気がしなくて、カフェインのせいじゃないだろうけど何かが何かを狂わせてるっていうか、まあそれだけ熱中してるってことなんだろうけど、熱中する対象が間違ってるって思わなくもないけど、じゃ何に熱中すればいいのか対象として何が正しいのかってことになるわけだけど、それがなかなか難しい問題で、とにかくこれはただの時間潰しで、というか時間潰しなんだけどそれがメインみたいな、いつの間にか主客が顛倒しちゃってるみたいな、だからただの時間潰しとは言えないんだけど、でも時間潰しには違いなくて、どれだけ主客が顛倒しようとも時間潰しは時間潰しなんであって、それはもうたしかにそうなんであって、そんなわけでコーヒーでお腹いっぱいになって引き上げるんだけど、でもどこへ引き上げるのか、引き上げるとこなんかあるのか、もちろんリコんとこに決まってるけど、そこよりほかに行くとこなんかないわけだから、おかえりと迎えてくれるのはリコだけなんだから、だからただいまと胸張って言うわけで、いや言わないけど、でも言いたくて、ただいまって言いたくて、それじゃあ大きな声で元気よく言ってみましょう、みんなに聞こえるようにお口を大きく開けてね、ゆっくりはっきり焦らずに、そうして何度も練習したっけか、何度やってもうまくできなかったけど、どこにも誰にも声は届かなかったけど、でも今なら届くだろうか、届いてるんだろうか、いや届くとか届かないとかそういうことじゃなくて、いやそういうことなんだけど、でもそういうことじゃなくて、つまり上っ面をなぞっただけのその場かぎりの痕跡も残らない浅い薄っぺらなやりとりじゃなくて、もっと深いとこで響き合うみたいな、ひとつに溶け合っちゃうみたいな、でも自己の領域と他者の領域とは画然と分たれてなきゃいけなくて、だって自己の領域と他者の領域とが渾然と溶け合っちゃったりしたら自分が自分であることさえ儘ならなくなるわけで、だから自己の領域と他者の領域とが画然と分かたれたままひとつに溶け合うというか混じり合うというか、それをしも溶け合うとか混じり合うとか言っていいとすればだけど、ただいまの声とおかえりの声とが、ただいまが先かおかえりが先かそれは知らないが、絡まり結ぼれて、それはつまり何かを共有するってことなのか、それともそんな気がするってだけなのか、抑も自分が自分であるってどういうことなのか、延いては自分が自分じゃないってどういうことなのか、とかなんとかついつい余計な問いを立ててしまって混乱は増すばっか、いや余計な問いなんかじゃ全然なくてそれらはそれらで切実な問いなんだけど、さしあたって今問うべき問いじゃないってことで、だからさしあたってそれらは脇へ置いといて今問うべきは何かって考えるわけだけど、そうすると今度はそれが、今問うべき問いが見えなくなって、何について考えを巡らせてたんだかそれさえ曖昧になって、じゃもう一度最初からスタート地点からやり直すか、ってことはないけど、コーヒーもなくなったことだし帰るとするかと立ち上がって、というか立ち上がろうとして上体を前傾させたんだけど、そしたらずっと同じ姿勢で坐ってたから腰が悲鳴を上げて、実際に悲鳴を上げたのはソファだけど、それに負けないくらいの声なき声を腰も上げたわけで、身体を反り返らせたり右に捻ったり左に捻ったりして伸ばしたらちょっとは痛みも和らいだけど、なんかちゃんと歩けてない感じでしばらく腰が引けていて、おじいちゃんみたい、ってリコは言うかもしれないが、いや実際おじいちゃんみたいで、身体が重いっていうか自由が利かないっていうか、金縛りってわけじゃないけどそんな感じで身動きできず、動きたいのに動けないみたいな、動くけど動かせないみたいな、動く派と動かない派とに分かれて徹底交戦みたいな、なんでそんなことになっちゃうのかさっぱり分からないけど、でもだからこうして立ってるしかなくて、彼女の言うまま彼女に言われるまま立ってるしかないわけで、打ち拉がれて途方に暮れて希望も何もなく、どこもかしこも灰色で、というか真っ黒で、自由と不自由とを分かつあの越えがたい仕切りのように、地面も壁も空も何もかもひとつに溶け合い混じり合って、でも自分だけは混じり合うことができなくて、異質なものとして異物として排除されつづけて、というかそんなのこっちからお断りだ。

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