そうして頑なに口を閉ざして項垂れてる姿が、ほっといたらいつまでだってそうしてるだろう、眼に浮かぶけど、それをしも反抗的態度と思い做してか苛立つような気配が滲んで、そのあとさらに長いこと沈黙がつづいたらしいけど正直時間の感覚がバカになってるからどれくらいの長さだったかは定かじゃなくて、でも彼女の苛立った様子にその痕跡を読みとることはできたけど、とにかく空腹に目も眩む思いだったからそれどころじゃなくて、ほんのちょっとの風でも吹き飛ばされそうで、吹き飛ばされないけど、風もないのに揺れてるっていうか、真っ直ぐ立ってるつもりなのに右か左か前か後ろかに傾いてて、その傾きを検知すると慌てて逆方向に、右に傾いてたら左に左に傾いてたら右に前に傾いてたら後ろに後ろに傾いてたら前にって具合に適宜傾きを修正して真っ直ぐを維持しようとするんだけど維持できなくて、だからずっと揺れつづけて、枯れ枝みたいに揺れつづけて今にも折れてしまいそうだけど怺えて、怺えるんだけど、でも結果その直向きな姿の直向きさをアピールしてるってことになって自己嫌悪に陥っちゃうみたいな、全身の筋肉の硬直がだからその後に来るわけだけどそれには抗えず、何か予定調和ぽいけどこればっかりはどうにもならないし、と来るべきものを待ち構える恰好でいたらどこからか風が吹き込んで、いやどこからって窓からに決まってるけど細目に開いてるその隙間から入ってくるらしくて白いカーテンが翻(ひるがえ)り、というかふわっと盛りあがった程度で、肌に感じることはだからなくて、それでも彼女の髪が靡(なび)いたのはちょうど風の通り道だったからか、首筋に垂れてたのが一筋か二筋頬の辺りに被さって、それを撫でつける手つきはどこか艶めいて、ふと洩らす吐息も憂いに満ちてるっていうか謎めいてるっていうか、食い入るように魅入っちゃうけどそれすら反抗的ってことなのか咎めるような咳払いで跳ね返され、でもじゃあどこを見ればいいのかとあちこち彷徨った挙げ句に視線はどこへ落ち着いたのか、いやどこにも落ち着く場所なんかなくて、行く場所なんかなくて、帰る場所なんかなくて、だからここへ来たわけで、快く、かどうかは知らないけど、殊によると仕方なくかもしれないけど迎え入れてくれたのには感謝してる、というか頭が上がらない、というか下僕みたいに扱き使われて、いやギブアンドテイクか、そうそ分かってるじゃん、ってリコは微笑んで、釣られてこっちも気負い込んで攻め立てればそれ以上に下から突き上げられてきつく締めつけられて、今にも果ててしまいそうだけど怺えて、怺え抜いて、抜かないけど、だから抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じることはなくて、抑も抜く理由が分からないしお先にどうぞっていうか譲り合いの精神というか後ろへ後ろへと廻り込む質(たち)だからどんどん遅れるし、といって遅れたいとかそういうわけじゃないけど前に出るのは気が進まないし、つまり先着何名様とかいう誘い文句には間違っても引っ掛からないタイプなわけで、でも慎重すぎて何もはじめられないってことでもそれはあって、だから動かないわけだし、というか動けないわけだし、そうして動けずにか動かずにか事態を静観してると言えば聞こえはいいけど事実は何ひとつ手が出せないというか、成りゆき任せの自由放任みたいな、でも全然自由じゃないんだけど、とにかくカーテンが閉じてるからその向こうの様子は外の様子は分からなくて、でも風が出てきたらしくて時どき窓が震えていて、というか窓ガラスが振動してて、誰かが表から揺さぶってる気がしないでもないが気にしすぎって窘(たしな)められそうだからコーヒーを一啜りしてやり過ごし、耳を澄ますと何かを引きずるような音が、例のやつがまた上から降ってきて、それはきっと死体を引きずる音で、自ら歯牙に掛けた獲物を引きずり歩いてるのに違いなく、天井を覆い尽してる黒っぽいシミも当の獲物から流れ出てきたものに違いなく、鉄臭い臭いがしてるのもそのせいで、舌に残るコーヒーまでもが鉄の味で、コーヒーで流し込もうとしたら口に含んだそれもまた鉄の味で、カップの中の黒い液体は何かべつのものになってる、というか見た目には何の変化もないんだけど全然違うもんになっちゃってて、いつものとこに戻し置くともう手をつけず、そんなわけで大粒の雫(しずく)が滴り落ちてくる、雨漏りしたみたいに、雨なんか降ってないのに、粘りのある真っ黒いそれは黒蜜みたいな、というか樹液みたいな、でもきっと鉄の味がするそんな液体で、気づけば部屋中が黒く染まってしまって壁も床も塗りつぶされたように黒くなってリコの姿もなく、疾っくに非難しちゃったらしい、このオレを置き去りにして自分ひとりで、というかまだ帰ってきてないのかも、だとしたらここにこうして頑張ってても意味はなくて、いや意味があろうと意味がなかろうと退避命令がなければ退避できないわけで、でも我慢にも限度はあるわけで、そして我慢はもう限界でこんなとこにはいられない一秒だっていられやしない、と言ったかどうかは知らないが、そこを飛びだして、果して包囲網を突破できるのだろうか、ここは自己の領域かそれとも他者の領域かそれによって自ずと対策も違ってくるわけだけど、Gメンはどこに潜んでるのかどこから狙ってるのか一瞬の隙が命取り、を楯にしてさっき上がってきた階段を下りてゆき、今度は反時計廻りに、上がった段の分だけきっちり同じ段数を下りてくわけだけどなんでそうなるのか不思議で仕方がなく、でも上がるのと下りるのとで違った段数になることは絶対になくて、でもそれを検証してる暇はないからその問題は無視することにして、凄く気になるけど今は捨て置いてどんどん階段を下りて、そうして建物の外へ出るとそこは建物の外で、つまり屋内じゃなくて屋外で、要するに空気の匂いも肌触りもまるで違ってるべつの世界で、でも異世界なんかじゃなくて、それなのに異質な感じがするそこはいったいどこなのか、どこだっていいけどさしあたり来た道を逆戻りに駅のほうへ、というのは駅のほうからやって来たからで、とにかくそっちへ、駅のほうへ向かえって直感は命じるらしく、だからそれに従って、従う理由はないにしても、いやあるかもしれないが、とにかく駅のほうへ、人波を縫って、途中から表通りを外れて、いくつか交差点を越えて、ひとつめのはタイミングよく渡れたけど次のに引っ掛かり、その次は無視してそのまた次は車線が多くて無視できなくて、ゴミみたいに溜まってく人の後ろについて待つしかなく、もちろん青になるのを、ところが全然青にならなくて、その間にもどんどん人は集まってくるし後ろも支えてきて、そうして全部を囲まれて、右も左も前も後ろも右斜め前も右斜め後ろも左斜め前も左斜め後ろも、逃げ場もなく、逃げないけど、いやちょっとは逃げたいかも、でも逃げずに待って、もちろん青になるのを、そうして青になったら車道を横切ってくわけだけど、ちっとも青にならないからここに車でも突っ込んでくればいいのにと思い、そしたらタイミングよくハンドルを切り損ねた白いワゴン車が突っ込んできて、前に立ってる何人かを撥ね飛ばし、ボウリングのピンみたいに、そして何人かを巨体で踏みつぶし引きずって最後は呆気なく横転したけど炎上も爆発もしないから盛り上がりに欠けて、でも只では転ばないとでもいうように何人かを下敷きにし、車体の下から覗く血塗れの手足がまだ動いてるのは壮観だし、あちこちに転がってる犠牲者にしても手足は折れ曲がるし内臓は飛散するしで一面血で染まってるからまずまずの惨状と言ってよく、わくわくしながら次の展開に期待してると呻き声や叫び声が飛び交う血の臭いの漂う路上に運転席から男が這い出してきたから待ってましたとばかりに釘づけになって男の動きから目を離せず、見たところまだ若いこざっぱりした服装の男は満面の笑みで惨状を眺め廻すと何か奇声を発しながら踊りだして、そしたら囂(かまびす)しかった呻き声や叫び声や怒声や罵声がピタリと止んで死体も負傷者も仲良くいっしょに踊りだして、みたいなことを誰もが想像して楽しんでるに違いなく、それがオレのなかへ入り込んでくるわけで、というのもこういった人込みでは意識や思考も絡まり縺(もつ)れちゃうらしくて、だからそれはオレの想像じゃないわけで、断じて違うわけで、でもそうは言ってもすでに入り込んでしまったものはもう自分のものと区別つかないから自分のものと言うほかなくて、やってもいないことをやったと言わされるみたいに、素直に認めなさいやったのならやったと、どこか上のほうからまたしても上のほうから、やったんだろお前がやったんだろ目撃者もいるんだよもう全部調べはついてんだよ認めちゃえよ私がやりましたって、言っちゃえよ楽になるから私がやりましたって、でもやってもいないのにやったとは言えないわけで、でもやったと言うべきなんだろうかやってもいないのに、でも万事それで丸く納まるってことなのか誰もがそうして何某かずつ身に覚えのない罪を着せられてるってことなのか、言っちゃえよほら言っちゃえよって囃し立てる声はずっと鳴り響いてて、うるさいくらいに鳴りつづけて、いやそんなにうるさくはないけど、でもどこまでもそれはついてきて、いっちゃえいっちゃえと変な抑揚でいっちゃえいっちゃえをくり返す、いっちゃえよほらいっちゃえほらって。