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とはいえ彼女を行かせることができるのだろうかこのオレに、というか抑も彼女は行くんだろうか、オレは行くけど彼女は行くんだろうか、まあいつかは彼女も行くかもしれないけど、いや彼女にかぎらず誰だって、でもどこへ行くんだろう、オレが行くのと同じようにかそれとも全然違ったふうにか、あるいはもう疾っくに行っちゃったとか、手を差し伸べても届かないどこか遠いとこへ行っちゃったとか、ちょっと何バカなこと言ってんの、べつにどこにも行かないし、っていうか行くわけないじゃん、でもここはなんだかやばげな雰囲気で、だから何がやばいの、何がって言われても困るけど、ちょっと適当に物を言わないでよね、とそう言って足を投げだし寛(くつろ)いだ様子で雑誌なんか眺めてる姿を見ると何がやばいんだろって思わなくもないけど、でもこうしてる間にも包囲網は確実に狭まっていて、何の包囲網かは知らないがそれを突破するのが難しいとなれば打つ手はないと言ってよく、でもその寛いだ姿に、もちろんリコの、和むというか癒されるというか、波立ってた神経が静まってくのを意識しないでもなくて、そのうちこっちまで武装解除させられて同じように無防備な姿を晒してるみたいなことにはならないにしても、殺気立った形相ではなくなって、真っ当な穏やかさとでも言えばいいのか、世間一般的に言って、でも警戒はしてて、どこに潜んでるか知れたものじゃないし、もちろんGメンが、足取りもだからまた速くなって、裏通りから表通りへ表通りからまた裏通りへと気紛れに道を取りながら、長く延びた白い帯に導かれながら、逃げてるのかそれとも追ってるのか、どっちにしても進むべき方向を見失うこともなく、道が交差するたびにその全部に視線を走らせて次に取るべき道を決定し、その決定に従って歩いてくわけで、つまりは命ずる自分とそれに従う自分とが巧いこと連携してるってことで、どこにも齟齬(そご)は生じてないってことで、さしあたり不安材料も見当たらないことだしといくらか余裕が生じ、四囲への眼差しにもそれは現れて床も壁も天井も確固として元のままで普段と何ら変わりなく、血の通った暖かさに包まれて今にも声が、もちろんリコの、聞こえそうな気がし、というかすぐ耳許で囁く声が艶(なまめ)いて、大丈夫とかなんとか、他にも一言二言聞こえたけどそれは聞き逃し、冷たいんだかあったかいんだか、しなやかな指をした掌が髪の毛をまさぐり背中や腰にもそれは伸びて、その間何の手出しもできないまま立ちつづけながら、安堵したような吐息が頬を撫でると擽(くすぐ)ったくて、笑わないけど笑いはしないけど擽ったくてちょっとずつ捻れていって、その皺寄せか確固たるものが揺らいでくるらしく、床だったとこが壁だったとこが天井だったとこが一様にのっぺりと伸び拡がってそうして世界は溶けてゆくゆっくりと廻りながら溶けてゆく、を教えられながら溶け合って混じり合ってひとつになって、出たり入ったり、段差が多いから足元には気を配って、もちろん背後から忍び寄る影には細心の注意を払いながら、入ったり出たり、そんなわけで伸びたり縮んだりして様々に形を変えながら動いてるのを横目にしながら、行ったり来たり、日は沈んだのか沈んでないのか雲に隠れて分からないけど、湿っぽい空気の漂うなか早足になって、でもすぐに息が切れて前屈みになって、立ち止まりはしないけど歩きつづけるけどさっきまでの勢いはどこにもなく、背筋を伸ばしなさいって注意されて力を込めるけど五分と保たなくて、そうして力尽きて息も絶え絶えに顔を埋(うず)めながら死んでゆく、ゾンビなのに、だからってわけじゃないが時間は流れてるのかそれとも流れてないのか今日は何日なのか何曜日なのかゴミの日かそうじゃないのかシフトはどうなってるのか、とりあえず確かめようとしたけど何から確かめようかで迷い、迷ってるうちに見失って茫然とひとり寝転がったまま起きることができず、いや起きれないわけじゃないけど何となくそのままでいたくて、だから何ひとつ確かめられず、というか元もとその必要があったわけじゃないからできないんじゃなくてしなかったってことで、だから何ひとつ確かめず、といって確固たる意志で確かめなかったんじゃなくてただ何となく確かめなかったわけで、そうして全部を曖昧なままにしておくことがもどかしいっちゃもどけかいけど心地いいっちゃ心地よくて、あと五分あと五分っていつまでも蒲団から出られないみたいな、そのうち頭が痛くなって起きるしかないみたいな、そんな不機嫌な寝起きの姿をよく見るけど、もちろんリコの、でもそれを前にして掛ける言葉もなくてコーヒー入れたりブリオッシュ勧めたりで朝からそわそわと落ち着かない、というか昼過ぎだけど、あれもうそんな時間、うんそんな時間、雨降ってるでしょ、降ってないよ、嘘降ってるよ、嘘じゃないよ、こんなに頭痛いのに、寝過ぎだよ、みたいなことを何度となくくり返し、だからもうそれがいつのことなんだか、今日とか昨日とか明日とか言ったところで確実性が増すわけでもないし、だとしたらそれが今日でも昨日でも明日でもどっちみち同じことじゃないのか、それがいつのことだってコーヒーを用意するしブリオッシュを、とはかぎらないけど勧めるわけだし、バナナとかリンゴとか、だから気に病むことじゃないんだけど、というかそれほど気に病んでるわけじゃないんだけど、意識の片隅に引っ掛かってる感じで思考を鈍らせるというか逆にそこへ思考が向かっちゃうみたいな、耳について離れないCMソングみたいにいつまでも鳴り響いて、そうして何だろう何だと思うってうっかり訊いちゃったんだけど、訊かなくてもいいことを、まったくそれは訊かなくてもいい事柄で、静まり返った部屋に変な空気が漂うなか、でもちょっと期待しないでもなくて、そしたら答えに窮してるのかそれとも聞こえなかったのか膝の上に広げた雑誌から眼を離すこともなく、もちろんリコが、そのピンととんがった耳が目の前にあるからそこに視線は留(とど)まって、まるでそれが、その耳が求める答えを返してくれるとでもいうようにじっと見つめて、そしたら不意に手が伸びて、でもすぐに引っ込めて、耳の縁をなぞるように眼で追いながらしばらく待ってたけど答えはなくて、もう一度訊いてみるべきなのかそれとも訊いちゃダメなのか、を迷いながら様子を見るけどやはり答えはなくて、ページも全然捲らないからおかしいなってそこではじめて気がついて、だから俯いてるその顔を下から覗き込んだんだけど、そしたら眼を閉じて何か考え込むふうで、というか寝てるみたいで、寝てるんなら起こしちゃ悪いし、というか無理やり起こしたら機嫌損ねるだろうからそっとしとくのが得策で、だから衣擦れの音にも注意しながら寝転がってたわけだけど、起きる気配は一向になく、でも却ってそのほうが好都合で、というのも例の音がまた上から降ってきたからで、ただ、それだけならどうってことないしいつものことってやり過ごすとこなんだけど、いつもと勝手が違うというか、それが、その音が、何かを引きずり廻す音か何かが這いずり廻る音かそれは分からないけど、物凄く間近に聞こえて、つまり上じゃなくてここから、この部屋から音はしてるみたいで、ってことはついに上とこことがひとつになってしまったってことで、つまり空間が折り畳まれてるのかビッグクランチのはじまりか折り畳まれたその空間を元通りに広げることはもうできないのかが飛び交い、空間が畳まれたら時間も同じように畳まれるだろうけど畳まれた時間はどんなふうに流れるのか今時間はどうなってるのかが絞り出されて、でも見たとこ普通に流れてるっぽいし、というのは過去から現在を経て未来へってことだけど、それとも未来が現在を経て過去になるってことか、どっちにしても現在を基点としてその両側に一方に過去が他方に未来がっていうふうに続いてるってことに変化はないらしく、もしかしたら変化を変化として捉えられないのかもしれないけど、空間にしても折り重なってるわりにちっとも窮屈じゃないし、足投げだして寛いでる姿が、もちろんリコの、すぐ傍にあるのを見てもそれは明らかで、それにしてもこの状況でよく寝てられる、よっぽど眠たかったのか、規則正しい寝息に聴き惚れながらピンととんがった耳に見蕩(みと)れながらその隣に、手を伸ばせば触れるとこに坐ってるんだけど、折り畳まれた空間と時間とが原因して手を伸ばしても触れないかもしれないってふと思い、まさかそんなことはないだろうけどでもあるかもしれないって思って、触ってみればそれは分かることだけど触れなかったらどうしよう、いや触れるに決まってるけど触れなかったらどうしよう、それとも触った途端にパチンて弾けたりなんかしちゃったりしたらどうしよう。

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