友方=Hの垂れ流し ホーム

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結局そこへ戻ってきてしまう、というかそこからはじめるしかないのか、そこが終着点なのか、あるいは出発点なのか、それともただの通過点にすぎないのか、とにかく瀬田は寝転んでテレビばかり見ていたし、こちらはこちらでその姿をずっと眺めていた、飽きもせず眺めていた。それはたしかにそうなのだが、あるいは見られていたのはこちらのほうかもしれない。そのどこか海獣めく柔らかな肉厚の背中で、見透かすように瀬田はこちらを見つめていたのかもしれない。そのとき自分が何を見ていたのかというと、恐らく雨を眺めていたのだろうが、今こうして眺めているように、ほんのちょっと、傍目にはそうと気づかない程度に顎を上げて上目遣いに、そんなふうにしてふたつの視線は行き違い、ついに交わることがなかったのか、それともどこかで交わったりしたのか、あるいは交わりながらそれと気づくことさえなかったのか。例えば見ることの快楽と見られることの快楽とがあるとして、専(もっぱ)ら見ることにばかり囚われていると見られることには疎くなるとでもいうように。じゃ今も尚視線は注がれているのか、熱い視線か冷やかな視線かは知らないが、まあどちらかというと瀬田のそれは冷やかなほうだろうが、どこからか見つめられているのだろうか、見つめられながらそれと気づくことができないでいるのだろうか、とそう思ったらもうダメで、そのどこか海獣めく白く艶やかな寝姿を捉えようと視線を巡らせていて、でも視野のうちに拡がってるのは有り触れた街並みにすぎず、視線がそうしたものを捉えることもだからないのだった。とはいえ捉えることができないからといってそうした視線それ自体の存在を否定することもできなくて、見られてるかもしれないという意識を一旦懐いてしまうと、それはもう次の瞬間にはかもしれないじゃなくなって、単に見られてるってことになってしまってる。そこに実体はなく、視線だけがあり、そうした視線から逃れることはできないらしく、べつの何かを見つめることで気を紛らすことはできても、視線それ自体を消し去ることは無理みたいで、だからこうして見つめつづけるしかないのか、見つめつづけてきたのか。いやそんな単純な話じゃないだろう、真っ直ぐに目標へ向かってゆくなんてことは凡そ現実的じゃなく、現実はもっと屈折しているというか、屈折に屈折を重ねてどことも知れないところへ不意に出るとか、廻り廻ってふりだしに戻っちゃってるとか、そんなふうになっていて、それどころか屈折を重ねるうちに目標さえも見失って、自分が今どこにいるかなんてことも分からなくなったりするんじゃないか、もうずいぶんそうしたことをくり返してきたんじゃなかったか、とそんなことを頭の片隅で巡らせながら、それでも諦めきれないのか、もう少し粘ってみよう、時間の許すかぎり、と自身のしつこさ、というかしぶとさになかば呆れつつ、でもあんたのそういう粘着的なとこがさ、敬遠されたりするんじゃないの、あたしは馴れてるからいいけど、と誰だったか言ってたのを思いだして自嘲的な笑みを、私ってダメだなあといった呟きとともに浮かべるが、すぐに引っ込め、あとちょっと、あともうちょっとだから、とその誰かを、あるいは自身をか、説き伏せるようにして歩いてゆく。そう簡単に説き伏せられるものでもないだろうが。

実際それは悪足掻きみたいなもので、頭の中にある地図にしても、元より精密な地図でもなかったが、もうほとんど真っ白だから、犬のような嗅覚で匂いを追ってゆくほかないが、怪しいと思えばすべてが怪しく、どこにいてもそれらしい匂いが漂ってくるから全然当てにならなくて、これじゃあ目的もなく彷徨ってるのと変わらないじゃないか、とそう思ったら途端に力が抜けてくるし、お腹も減ってくる。というかお腹が減ってるから力が入らないわけで、いつだって空腹には勝てないし、だからカフェのランチで、きのこのクリームパスタと秋野菜のサラダとコンソメか何かのスープで、七五〇円だったか、デザートつきはたしか九〇〇円で、ホントはそっちのほうがよかったんだけど時間的にもう無理っぽいとそれは諦めて、なしのほうで済ませてしまったが、空腹が満たされるといくらか気持ちも和らいで、さっきまでの険しさは、まだそこから完全に脱し切れたとは言えないものの、さしあたり払拭されて、でも時間はないと急ぎ足になって、でもあんまり急ぐと転ぶからちょっとセーブして、そうして来た道を戻りながら思いはまだそこにあるらしく、そこへ行けばはっきりするのになあと独りごち、今日のところはしかし諦めるほかなかった。またいつかそうした機会があるかもしれないし、そのときは絶対に逃がさないんだから、と固い決意を胸に秘めて、決意だなんて意外に執念深いんだな自分は、と今さらながら感じ入るが、それはそれとして、ゆっくりと急ぎながら、視線は上のほうへ流れて、狭隘な空を眺めやると、これといってさっきと変わりはないが、ないはずだが、眺める意識のありようが変わったってことか、狭隘な空のその狭隘さが訝しく、雨も降ってるんだか降ってないんだかはっきりしなくて、見たところ傘を差してる人はあんまりいないが、露出した肌は、といって露出してるのは首から上とあと罅割れた手くらいなものだが、その露出してる部分はまだ雨を感じていて、これをしも期待の雨と言っていいものか、それでも雨には違いない、と湿った空気のひんやりとしてどこか土臭い匂いを肺一杯吸い込むが、いまいち盛り上がらない。不快でこそないが、それほど心地よくもなくて、いつもならもっとこう全身の感覚が研ぎ澄まされて素肌に触れる一粒一粒に、衣服を通して伝わるその潤いに、否応なく感応しちゃうのに、そうして弥が上にも盛り上がってゆくのに、何だろうこの半端な気分は、凡そ興奮とは言えないこの色褪せた感情は。腹が膨れると思考も感覚も感情さえも鈍ってしまうってことか、まあたしかにそういう面もあるかもしれないが、こと雨に関してそれはあり得ず、何を根拠にと言われたら根拠を示すことはできないが、やはりそれはあり得ないわけで、だってこれをこそ待ち望んでいたんだから、でもそうじゃなかったってことか、ずっとそうだとばかり思ってたのに実はそうじゃなかったってことか。

でも、じゃいったい何を待ってたんだろう、これを待ってたんじゃないというのなら、何を。

─了─

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