友方=Hの垂れ流し ホーム

08

そうした煮え切らなさに苛立つ様子で美咲はビールを呷るとてんで話にならないとトーンを下げてドスを効かせるが、全体に顔立ちが幼いから怖くはなくて、むしろ愛嬌があって可愛らしく、見てると抱きしめたくなってくるのは酔ってるせいか。でも何をそんなに怒ってるのかそれが分からないと首を傾げると、何をって決まってるじゃん、いつからデブ専になったのかってことよ、デブは嫌、デブだけは勘弁して、もう近くにいるだけで空気が粘ってじめじめしてきそうで耐えられない、と吐き棄てる。話の脈絡が掴めなくて、困惑の体で聞き流そうとしたらもの凄い形相で、でもやはりちょっと可愛らしい、睨まれたので、仕方なくべつにデブ専になったわけじゃないしと否定すると、デブ専は皆そう言うとわけの分からないことを口走る。仮に私がデブ専だったとしてさ、違うけど、仮にだよ百歩譲ってだよ、でもだとしてもそれがどうだっての、いいじゃんデブ専だって、違うけど。ダメ、絶対にダメ、それは私が許さないと美咲は声を荒げ、違うからと何度言っても聞いてくれない。遂にはどんだけ変わったのか見てやると言うので、じゃ写メ撮って送るからと答えると、それよりこの眼で確かめるとか言いだして、いつなら在宅してるのかと重ねて問う。見せものじゃないんだからと呟くが、もちろん胸の内で、でもまあ知らぬ仲でもないわけだから来るなとも言えない、言いだしたら聞かない口だし。酔いが覚めれば真面になるだろうがこのタイミングで会わすのはちょっと嫌だったので、昼間はどこかへ出掛けてるみたいだし、夜も比較的遅いし、その間何してるのかは全然知らないしと正直なところを伝えると、何それ、人がいいにも程があると我が事のように憤慨して、連絡くらいつくだろうと言われてケータイ番号なら知ってるけど掛けても繋がった試しがないと答えると、それはますます胡散臭いと美咲は眉を顰(ひそ)め、きっと何か裏があると考え込む様子。詮索好きの美咲のことだからまた何か良からぬことでも企んでいるに違いなく、案の定、ひとつ提案があります、と嬉しそうに挙手するのだったが、却下と即座にそれを斥ける。ダメかどうかは話を聞いてからでも遅くないだろうと美咲は執拗だが、そんなの聞かなくても分かると淳子も頑なで、それこそ聞いてみなきゃ分かんないじゃんと尚も退かない姿勢にどうせあとでもつけようとか考えてるんだろうと美咲の言いそうなことを示せば、図星だったらしく、言い掛けていた言葉を飲み込む様子で、思いだしたようにビールの追加を注文する。あんたも飲みなさいとジョッキに注ぎ足されてもう無理と拒むが許してはもらえず、でもこれ以上飲んだら言い包(くる)められそうだし、でもずっとこちらの一挙一動を窺ってるし、ふりで胡麻化すことはだからできそうになかった。

徐々に思考力の低下してゆくなか尚も抵抗をつづけるが、胡散臭いといっても知らぬ間柄じゃないし端から疑って掛かるのもどうかと思う、と反論ってほどじゃないが懸念を示すと、でも何かあってからじゃ遅いし、どこで何してるのか気になるじゃんと美咲は言い、そうかといって素人にそんなことができるとも思えないし、バレたらどうするのかといった不安が先に立って、その場は胡麻化して回避できたとしてもあとのことを考えると気まずさが残って困るだろう、そうした立場に立たされるこっちの身にもなってくれ、と容易にうんとは言い得ない。そのときはそのときと美咲は楽観的な物言いだが、そうした場当たり的な考えなり行動なりは今にはじまったことじゃなく、あれはどこだったか、予約もなしに行き当たりばったりで旅行へ出掛けて、そんな予感があったのに誘いに乗った自分もどうかしてたと思うが、たまには気晴らしも必要だとかなんとか説得されちゃったのだから仕方がない。案の定部屋は取れず、あちこち探しまわってどうにか見つけたものの、見つからなかったらどうするつもりだったのか、当の宿にしてもひどくおんぼろな、見たくないものまで見えてしまいそうな物寂びた佇まいで、あまりよく眠れなかったのを覚えてる。いいじゃん温泉も入れたんだし、意外に隠れた名湯だったりするかもしれないじゃん、としかし美咲は悪びれた様子もない。でも散々だった。そうかなあスリルとかあって楽しいじゃん。っていうかそんなスリルいらないし、それに名湯なんかじゃ絶対ないからと思いだしたら腹が立ってきて、そういえば風の強い日で建物全体が嫌な軋みをあげていて、それで眠れなかったのだ。それにあんなこともあったこんなこともあったといろいろ思いだして、つまり美咲主導の計画が自分にとっていかに疲れるものかってことに改めて気づいたわけで、そしたら耳許で、というか耳の内側の奥深いところで、やはりこの案は飲めない、飲んじゃいけない、と誰かが囁きだして、それに促される形で首を水平方向に振ったら頭蓋の中で脳みそがぐらぐら揺れて、それこそ頭蓋から飛びだす勢いで、そしてそれ以上に建物全体が大きく揺れ動いたから気持ち悪くなり、しばらく卓に突っ伏して揺れの治まるのを待って、すっかりぬるくなった水を一口飲み、もう一口飲んで、締まりが悪いのか、口の端から零れた唾液混じりの水が顎のほうまで垂れてゆくのを袖口で拭い、それからようやく美咲へ向き直るとその話はなしってことでと伝える。そう簡単に引き下がるとも思えないが、こちらの機嫌を損ねたら拙いと踏んだのか、じゃいっしょにごはんでもどう、それなら文句ないでしょ、と詰め寄られてダメとも言えず、無残に変わり果てた姿を見るのが楽しみだとか言われると凹みもするが、それほど無残に変わり果ててもいないぞとは言い得ないのだった。といって自身をデブ専と認めたわけでは決してない。とはいえ美咲に任せると大変なことになるので諸々こちらでセッティングしたわけだが、約束の時間を二時間過ぎても瀬田は現れず、さてはこちらの意図を察して逃げたかと美咲は悔しがった。写メ送るからと慰めるが、後日送ったところ写ってないじゃんとかなりご立腹で、淳子に任せるとろくなことにならないとそれ以後主導権を奪われてしまった。仕方ない、気が済むまでやらせるほかなかった。

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