友方=Hの垂れ流し ホーム

09

瀬田は寝転んでテレビばかり見ていた。そしてからからとよく笑ったが、笑いの合間にちょっとした静寂が挟まり、その頃合いを見計らって約束に関して問い質すと、問い質すなんて言うともの凄い剣幕で怒ったみたいだが、いやそれなりに腹を立ててはいたけど何か特別な理由があったのかもしれないし、一方的に怒りをぶちまけたところで何も解決しないだろうし、そんなわけで何かのついでに訊いてみたってふうを装ってさりげなく訊いたのだが、互いに視線はテレビへ向けたまま、そしたらそんな約束してたっけと言う。呆れたというか、脱力したというか、あるいはホントに覚えてないのかもしれないが、物事に頓着しないとこがたしかにあったから、それでも平然とシラを切ってるのかもしれないし、そういう狡猾なとこもまたあったから、ではいったいどちらなのかって見抜こうとするが、どちらも本当らしく思えるし、どちらも嘘っぽく感じられて、つくづく人を見る目がないな私って、とそのことに凹んでしまう。まあ今にはじまったことじゃないが。思いださせようとしてそのときの状況を説明してもみたが、できるだけ詳しく、でも覚えてないと瀬田は首を振る、もちろん横に。横と見えて実は縦ということはないか。縦が肯定、横が否定、というのはたしかだとしても、縦が横、横が縦、ってなことになってたりはしないか。でもまあ覚えてないって言ったんだから否定ではあるのだろう。でもそうか、ホントにそう言ったんだろうか。たしかにそれを耳にしたんだろうか私は。そう考えると全部が怪しくなって、何が本当で何が嘘なのかさえ分からなくなる。暗い自室の温もったベッドの中で埃っぽい蒲団の匂いを嗅ぎながらそんなことを考えてるうちに眠気はどこかへ行ってしまい、いつもの憂鬱な夜がまたやってくるのかと思うとどんどん目は冴えてきて、そうなるともうダメで、底なしの海溝のような闇と静寂の重苦しさに耐えられず、今まで耐えられた試しがないし、アルコールの助けを借りてどうにか眠りに就いたのだった。

明日決行しますとメールが来た翌日の日曜日、朝から落ち着かなくて時間ばかり気にしてたが、そのことに気づかれないかとそれをまた気に掛けて落ち着かず、普段どおりにしてればいいと思うのだがそう思えば思うほどそれから逸脱してゆくようで、というのも普段意識せずにしていることを意識してやろうとするからおかしなことになるわけで、抑も意識してないんだから普段どおりと言ったってその普段が分からないわけで、私ってダメだなあと何度となく呟いて、とにかく瀬田に変な不信感を懐かせるようなことだけはしないでよと美咲は言ったが、しつこいくらい何度も、でもそれは大丈夫だったみたいで、どうやらそうしたことには無頓着らしく、それをしも太ったせいにしたくはないが、前はそんなじゃなかったのだ、とにかく事なきを得たって感じで安堵した。昼食後しばらくしてから瀬田が出掛けたのを見計らい、ごろりと横になってから再び腰を上げるまでの時間がどんなに長かったことか、どっこいしょというオヤジ臭い掛け声に思わず笑みが零れたほどだが、いってらっしゃいと送りだす声も普段と違うんじゃないかと気が気じゃなくて、でも無事に送りだせたからホッと一息吐き、それだけでもうかなり疲れちゃって、事はまだはじまったばかりだというのに、これからが本番だというのに、私ってダメだなあと零しそうになるのをグッと怺えて気合いを入れ直すと、近くで待機してる美咲にその旨メールして、少し遅れて淳子も後を追う。見つからないように電柱の陰に隠れたりしながらあとをつけゆくわけだが、あんた鈍臭いんだから気をつけてよと美咲は言い、それは肝に銘じてると淳子は答えたが、実際それを行う段になるとなかなか難しく、抑もどれくらい距離を置けばいいのか、隠れる場所もないところでいかに身を隠すのか、そういった初歩的なことさえ分からないから挙動が不審になりがちで、いかにも人のあとをつけていますというような、そうした自身の振る舞いを滑稽に感じる一方で当の行為それ自体については刑事か探偵にでもなったような気分を楽しんでもいて、でも自分が楽しんでどうするのか、予想される美咲の暴走を事前に回避すべく監視するのがその目的じゃないかと自重しつつ当の美咲に現在位置を逐一知らせて、そして美咲と合流し、そこからはふたりでの尾行となるが、ふたりになるとさらに盛り上がって、早くも目的を見失う。瀬田は駅へ向かうらしいがその足どりに迷いはなく、こちらに気づいてる様子もなさそうで、だから比較的容易につけることができて、楽勝楽勝と鼻歌交じりの美咲についつられてしまうが、所詮素人の座興にすぎないんだから気を引き締めて掛からないととんでもないミスをする、と思いだしたように自身に言い聞かせる。とはいえ自分をセーブすることで手一杯で美咲の手綱を引き締めることまでは手が廻りそうにないから、それが心配と言えば心配だった。

改札を通ると上りのホームへ瀬田は行き、程なくやって来た電車に乗るが、あまり遠出されても困るな、そんなにお金もないしと不安を口にすると、でも特急とか快速じゃなくて普通だから、これ普通だよね、ならそんなに遠くへは行かないんじゃないと美咲は言い、その言葉のとおり、七駅目か八駅目で降りてくれたので助かった。そうして繁華な街中を歩くその背を注視しながらつかず離れずついてゆくが、人波に紛れて危うく見失い掛け、焦ってすぐ後ろに迫ったら突然振り返り、気づかれたとふたりとも硬直するが、向こうは気づいた様子もなくまた前を向く。脅かすなと美咲と顔を見合わせて苦笑するが、妙な興奮を覚えもし、正義感とも罪悪感ともつかないそれは妙な高ぶりで、冷静になれと自身に言い聞かせていても、それこそ暴走してゆく美咲と尾行をつづけるうちに、美咲の監視という初期の目的もなかば忘れて熱中してしまうのだった。瀬田は目的もなく歩いてる様子だが同じ通りを二度三度と通り、その度気づかれたと肝を冷やすがそんなこともないらしい。それから喫茶店に入り、軽食とコーヒーを摂るが、さっき昼食を食べたばかりなのにまた食べるとは、いったいどんな胃袋してるんだ、呆れたというか、それを通り越して笑えてくるが、あるいは自分に遠慮して控えてたのかもしれないと思うと気持ちは複雑で、何か全部見透かされているというか、今この瞬間覗き見ていることも分かってるんじゃないかとそんな気さえして、ちょっとした仕草とか視線の動きとか、そうしたものにこちらへの牽制的な意志の表れが見てとれないかと注視するが、決定的な証拠は得られない。だからといって疑念が晴れることはなく、こちらが監視してるのに、逆に向こうに監視されてるような思いに憑かれてしまう。気の廻しすぎと美咲は言う。だよね。

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