友方=Hの垂れ流し ホーム

06

淳子が瀬田に凭れ掛かったのか、瀬田のほうが淳子に寄り掛かってきたのか、横を見ればつるりとして張りのある赤ら顔が間近にあり、近いよと遠ざけようとすると手もなく弾かれ、そう来るかとなかば流れに身を任せつつちょっと抗ってみたくなり、抗って抗い得ずに組み敷かれちゃうって構図に魅了されたのか、いつもそんなふうに思ってるわけじゃないが不意にそうしてみたくなって強く押しやると、倍の力で押し返され、そのまま上に覆い被さってくるが、巨体ってほどじゃないのに、腕を廻せば楽々と背中に届くのに、熊にでも伸し掛かられたみたいで、苦しくて息が詰まりそうだ。さっきより距離も縮まり、その分だけ顔も近づいて触れ合うほどだが、何をするかと思えば耳元に息を吹き掛ける、いや違う、耳元で何か話している。聞いたことがあるようなないような話を長いこと囁いてる。今まで瀬田がこんなにしゃべったことがあっただろうか、珍しいこともあると玄妙な気持ちに浸されて耳を傾けるが、話自体は聞こえてるのに内容が頭に入ってこない。酔ってるせいで聞く傍からどんどん忘れてゆく。構わず瀬田は話を進め、話し掛けているのか独り言なのか、だから判然としないのだが、湿りを帯びた艶のある声は程よく淳子を縛り、耳に掛かる吐息に鼓膜は震え、それは全身に伝わってゆく。囁きはいつか愛撫へ変わり、いや変わると見せ掛けて囁きつづけて已まず、痺れを切らした淳子がだから促したのかもしれないが、ようやく本腰入れた愛撫がはじまり、それでもどこか中途半端というか、いまいち乗り切れない感じで、それは向こうもそうなのらしいが妙なとこで律儀なのらしく、それとも意固地なだけか、引き返すことはだからできなくて、濃いような薄いような交わりを交わった。

ふたりの発していた、いや今尚発してるかもしれない饐えたような、肉食の獣のような匂いの満ちるなか、隅のほうに押しやられていたクッションソファを引き寄せるとそこへ身を沈ませて、嗅ぎ馴れた、埃とか香水とか汗とか体臭とかそのほかいろんなものが混じった匂いを嗅ぎ、そうして一呼吸ごとに現実へ引き戻されてゆくうちにやけに外が静かなのを訝り、雨の止んだらしいことを訊くともなしに呟くと雨など降っていないと瀬田は言うが、やるのに夢中で、というか集中してて気がつかなかったに違いない。というのも鼻腔に尚残る雨の匂いを感じるし、それは幻なんかじゃないからで、何も分かってないなお前はと呟くが、もちろん胸の内で、その実自分だって何ひとつ分かっちゃいない。瀬田の言うとおり雨なんか降ってないかもしれないし。でも窓には雨滴の跡が色濃く、また降るかもしれないと思うと気になって仕方がないが、ずっと休憩なしに仕事していたら気分が悪くなり、画面から視線を剥がして首や肩の凝りを揉みほぐしていると、途切れた集中力もいくらかは回復するだろうからだが、そしたら瀬田がやってきて書類を示しながら間違いを指摘する。すぐにやり直すが、しばらくするとまた瀬田がやってきて間違いを指摘する。やさしく諭すように懇切に説明しながら、ちょっと淫らな声で。またやり直すが、でもそのたびに瀬田がやってきてあちこち指差しながら間違いを指摘してゆき、そのくり返しで終わりがない。いつまたやってくるかと思うと気が気じゃなく、その不安と焦りで息が詰まって仕事どころじゃなくなり、それでも騙し騙しつづけて、それこそ騙しつづけ騙し果せることが、自分も周りも何もかもを、それが仕事なんだとでも言うように、そうしてやれるとこまでやろうと思ったのも束の間、眩暈というのか吐き気というのか、何か込み上げてくるものがあり、怺えきれず吐きだそうとするが、そうすると何も出てこない。じゃ何もないのかというとそうでもなくて、ずっと溜め込んでたものが溢れ出てきそうな、そんなような気がするのだ。まあ全部吐きだしたからってすっきりするって保証はないだろうし、却って始末に困るかもしれないが、それなりに楽にはなるだろうから出してしまいたい。でも出ない。それが苦しい。

よく分からない、というか見たこともない文字や記号が羅列し、それが所狭しと飛び交っている仄暗いPCの画面には瀬田の姿が反射しているが、横になった瀬田は笑いながらテレビを見ていて、もちろんそこは自室だがどこか自分の居場所じゃない感じで、そういうことはたまにあるがそれは専ら職場でのことで、自室でそんなふうになるのは初めてだが、いや自室というか職場というか、自室でありながら職場の雰囲気が濃厚で、自室が職場に紛れ込んだのか職場が自室に踏み入ってきたのか、どちらにしても厄介なことで、これじゃ寛ぎたくても寛げない。しばらく我慢していたが、職場での我慢は日常茶飯でも自室での我慢は耐えがたいってことか、どうにも居たたまれなくなって部屋を飛びだし、というかこっそり抜けだして、コンビニへ行って立ち読みしていた。そしたらどこからか視線を感じ、顔を上げると誰かがこちらを見ている。誰かは分からないがずっと見ている。そして名を呼ぶ。その声に既視感を覚えたが記憶に定かじゃなく、身の危険を感じたので走って逃げると追い掛けてくる様子で、さらに逃げるがどこまでも追い掛けてきて、そして何度も名を呼び、何度も呼ばれて答えるとまた間違いを指摘され、間違えてはいないはずだが指摘されるとその通りに間違いが生じ、いったいどんなカラクリなのか分からないが、間違ってる以上直さなきゃ終わらないし終わらなきゃ帰れないわけで、胃に穴があくのが分かるような気さえしたが、皆自分の仕事を抱えてるらしいから当てにはできないし、というか抑も当てにする気はなくて、というか当てにしたくても頼める雰囲気じゃなさそうで、というか人の仕事はよく頼まれるが自分の仕事は頼めないのだった。抑もうまく話し掛けられないし、そういうときにかぎって考えてることが声にならないし。

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