ユートピアの建設構想だのなんだのと大仰に世論匂わすものの苦悩は尽きず、こちとら非常にジリ貧に喘いでて其れ処じゃないのさっ、クスッ、てな。でもああ間遠じゃ危ないし黙んまりくり返してもアレなんでベーストは尽すけど、この身の脆いのへいんずれドラ息子が帰ってきて、一切合切根刮ぎ取られちまうかと思うと無性に腹が立つてえもんだ。(御殿場にて入浴中に,1997年4月12日)
これは私の五作目の、ほとんど垂れ流しに近い小説(らしきもの)だ。疑う余地なく前人未到の傑作だなんてことは間違ってもなく、己のかつての諸作ともども無惨に才能のないことを─これはもう明らかに─明かしている。
前四作などそれはもうひどいものだ。(特異な視点を持ち得ず、手垢に塗れたものを書きなぞっていることでも自ずからそれは分かる)
今作もそれに負けず劣らずだ。そのタイトルが人を食っている今作は、御殿場で入浴中にその着想を得たと上にあるがそんなもの嘘に決まっている。
これを長編と言っていいのか、あるいは中編なのか、それとも連作短篇とでも言えばいいのか自分でもよく分からないが、まあ、そんな定義づけなど私としてはどうでもよく、書くことは書いたものの、ただ書いたというに過ぎず、従って長ったらしいだけの退屈な文章だということは衆目の一致するところだろうが、これが一体どれだけの人の眼に触れ、どれだけの人を興醒めさせるかと思うと気が気ではない。
1996年の10月末、まだ前作『連鎖』を執筆中に稿が起こされ、書き進むうち、あまりにも不細工なことに我ながら驚き飽きれ、その不細工さを修正しようとすればするほど、益々不細工になっていくという悪循環に悩まされつつ尚も書き綴り、翌年4月3日、遂に矢尽き刀折れ無残に破れ果てて已むなく脱稿に至った。