友方=Hの垂れ流し ホーム

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40過ぎの血色いー肥満体だった。貫祿あるって言えば貫祿あるけど、ただのデブって言えばただのデブだ。百貫デブだ。そのブヨブヨにデブった体持て余すよーにタプタプ揺らしながら歩いてくる。鷹揚で尊大な態度が威圧感あってヤクザみたいだったけど、デブってるだけにちょっと笑いを誘う。腹と頬っぺたの肉が連動して揺れるその揺れ具合とか、そっから発生する変なリズムとかが妙に可笑しーんだけど、それが故意なのかどーか分かんなかったし、あからさまに笑うと凄まれそーにも思ったんで我慢する。でも我慢すると余計可笑しくて、見ちゃ駄目だとか思えば思うほどそこに眼ー行っちゃう。一歩踏むごとに男の腹と頬っぺたがプルプル揺れんだけど、その揺れるタイミングが一歩ごとに違うんで、揺れてるってゆーより動いてるって感じ。腹と頬っぺたが自らの意思で足の運びに合わせて動いてるって感じで、それが独特のリズムとかテンポ発生させて男の動きそのものを捉えにくくもしてる。高そーだけど全然似合ってないダークブルーのダブルのスーツとか着て、趣味悪りー指輪とか山ほどしてんのがまた可笑しー。テレビとかで見る如何にもって感じのヤクザの親分みたい。なんか、わざとらしかった。

男はおれの前に坐る。おれ見て笑う。唇の端っこをほんのちょっと持ち上げて笑っただけで別に不敵な笑みとかじゃないんだけど、それだけで可笑しさはどっかに吹っ飛んじゃって、立ち眩みしたみたいに急激に血の気とか引くのが分かる。「まー、そー固くならないで」ってゆー男の話し振りにも弱腰んなってる。顔中染みだらけで口の端に白く唾液とか溜まってんのも不気味に感じる。

ここは間違いなく今のおれの部屋なのに、おれの部屋じゃないって設定にいつの間にかなってんだった。誰が決めたんだか知んないけどそーなってるんだった。それが癪に障ったけど、恐らくこのヤクザが介入してんだろーから意義申し立てなんかできるわけなかった。泣き寝入りだった。

おれの部屋だってのは壁に貼ってあるポスター見れば分かる。色くすんでて暗い感じで、「部屋全体の雰囲気まで暗く沈ませる」とか言って現次は捨てろってゆーし、みんなにもあんま評判良くなかったけど、おれは気に入ってて、他の一切のもんは捨てたけどこれだけはどーしても捨てらんなかった。キリコの『The Seer』とかゆー絵だって彼女は言ってた。それが壁に貼ってある。だからここは間違いなくおれの部屋だ。なのにおれの部屋じゃなかった。だから居心地悪かったし落ち着かない。でも泣き寝入りなんだった。

でもホントにそーだろーか? ホントにここはおれの部屋なんだろーか? 確かに壁のポスターはおれのだしここがおれの部屋だってことも間違いないんだけど、急に自信なくなったのは、けたたましく電話鳴って男がゆっくり手ー伸ばして受話器取ったんだけど、その電話が古臭い黒電話だったからで、こんな電話はおれの部屋にはなかった。照明の色もなんか違うみたいだし、壁の質感も違うよーな気がする。そー思って見ると何から何まで違うよーに思えてきて、急に心細くなる。全然しなかった臭いまでしてくるよーな気がする。自分の部屋の臭いに鼻は鈍感になってるから、ここがおれの部屋なら臭いなんかしないはずだ。何よりゴミが一個も落ちてないってのが変だ。引っ越してきたばっかみたいに綺麗で、生活感とか全然感じらんない。おれが出掛けてる間に模様替されちゃったんだろーか? 壁のポスターだけ残して。

何やら男は話し込んでる。時々チラチラおれの方見たりしながら電話してる。おれが前にいんのも意に介さないで普通のトーンで話すから、ブツだの何だのって物騒な言葉が話の合間に仄聞こえる。男の分厚い唇がにちゃにちゃ音立てて糸を引く。静かに受話器置いた男がゆっくりおれの方に向き直る。眠そーな眼ーしておれを見る。別に凄んでるわけでもないんだけど、それが却ってこっちを怯ませる。

「ここどこすか?」まさか組事務所とは思ってなかったけど、なんか不安だったんで訊ーてみた。不安そのものを解消させたいって思いもあったけど、やっぱ設定とかきちんと把握してないとまずいって思ったから。

なんか勿体つけるよーにたっぷり間ー取ってから、「あなたの部屋ですけどね、一応」って男は言った。おれの部屋だってことで一応納得はしたものの、最後の一応ってのが妙に気んなったんで「あの、一応って?」って訊ーたら、やっぱ二、三拍置いて勿体つけてから「私の部屋でもあるんです」とかわけ分かんないことゆー。おれの部屋がこの男の部屋だったらおれの部屋じゃないってことだから、男の言ってることは矛盾してる。

男はおれの不審なんかまるで眼中にないらしくて、「若いうちは部屋に閉じ籠ってちゃ駄目です」とか話逸らすよーにゆー。

「契約の手違いかなんかすか?」それでおれ脅して部屋から追いだそーってことなんだろーか? ヤクザならやりそーなことだ。でもそれにしちゃ手が込んでる。

男はおれの質問なんかてんで聞ーてなくて、「最近の建物は気密性が高いから空気が籠り易いんです」とか言ー「ダニには恰好の住処なんです」ってゆー。「ダニを侮っちゃいけませんよ。ダニは人を刺しますからね、気をつけないと」とか言って、なんか意味ありげににんまり笑う。「気がつかないうちに刺されちゃうんですよ」

それが何意味すんのかはすぐ分かった。更に男は「眼に見えないだけに質悪いんです。知らないうちにあちこちやられてしまうんですよ」とか威し掛けてくる。この男にとってはそんなの造作もないことで、今までにも何度もそーゆーことやってきたんだろー。その男と密室に二人きりなんだった。

沈黙が続くと男が行動に出そーとか思って怖かったから、「不動産屋は何て?」って訊ーたけど、男はおれの質問無視して、「でも防音なんかは結構しっかりしてましてね、ちょっとやそっとの音は漏れないよーになってるんです。静かなもんです」ってまるで不動産屋みたいなこと言ってニヤニヤ笑う。まるで鎧みたいな脂肪がそー見せてるだけかもしんないけど、男は終始落ち着き払ってどっしり構えてる。時々男の両手の指が痙攣的に、そこだけ別の生き物みたいにヒクヒク動く。それが妙に気んなる。

「エアコンが良くないんですよ。体に悪いから止した方がいーです」ヤクザにそんなこと言われても全然説得力ない。それにエアコンは大分前から壊れてて動かないし、直そーにも金がない。男は何としてでもおれをこっから追いだしたいらしくて、「とにかく外に出ることです。街に出るんです」って言ー、いー若いもんが閉じ籠ってんのは罪だってゆー。国家に対する反逆とまでゆー。その存在自体が国家に体する反逆そのもののヤクザが何ゆーんだって思った。ヤクザに説教なんかされたくない。

おれはここに居なきゃなんないんだってふと思った。ってゆーか彼女帰ってくんのここで待ってんじゃなかったっけ? だとすれば、おれがここに居なきゃ彼女帰ってきたときどーすんだ。このヤクザが代わりに出迎えるとでもゆーんだろーか? おれは彼女待ってんだ。この部屋に彼女は帰ってくる。フラれてなんかいない。連絡取れないのは引っ越しとかでゴタゴタしてたからだ。おれは待つのは嫌いじゃない。今か今かと待ってんのは期待とか増幅させるし、待てば待つほど逢ったときの喜びは大きーから待つこと自体が好きで、永遠に待ち続けんのも悪くないって思うぐらいだ。五分も待てないとかゆー奴の気持ちがおれには分かんない。愛するってことは待つことで、待てない奴は愛せない奴だ。おれはいつまでも待ち続ける。待てば海路の日和ありってのがおれの持論で座右の銘だ。だから男が延々居座っててもここ明け渡すわけにはいかない。

時々男は思い出したよーにニタニタ笑ったりなんかするけど、腹ん中で何考えてんのか分かったもんじゃない。ヤクザのことだからどーせ物騒なことに決まってんだろーけど。でも暴力に訴えてこないってことは意外と話せば分かんのかもしんない。下っ端のチンピラなんかより幹部の方が話し分かるとかゆーし、それにいくらヤクザだからってこんな些細なことで人殺すなんて馬鹿なことはしないはずだ。いや、相手はプロだから人一人闇に葬るぐらい簡単なのかもしんない。こーゆー風に一見下手に構えてたりすんのがいちばん質悪くて、いつコロっと豹変するか分かんない。でもこの男もおれの部屋だってことはなかば認めてんだから、話し合いが不可能って決まったわけじゃないとも思うんだけど。

男は随分デブだった。顎は三重、腹は太鼓腹で全身脂肪塗れの巨躯をタプタプ波打たしてた。登場したときにはデブ特有の威圧するよーな暑苦しさとかあって随分息苦しかったけど、いつの間にかそれもなくなって今はあんまデブには見えなかった。大デブから中デブぐらいに縮んじゃった。洗濯に失敗したみたいに縮んじゃってる。ちょっと眼ー離した隙に一回りも小っちゃくなってる。縮んだ分だけ迫力もなくなったかってゆーとそんなことは全然なくて、却って眼つきとか鋭くなって威圧感は増してる。男もそれ自覚してるみたいで、言ー訳でもするみたいに自分の縮小をエアコンのせーだとか言ー、「身を削る思いです」とか言っておれに笑い掛けるけど、冗談なのか本気なのか分かんないから全然笑えない。サウナんでも入ってるみたいに男は汗だくんなってるけど、おれには寒いぐらいだった。不自然な指の動きは尚も続いてる。

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