友方=Hの垂れ流し ホーム

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それからも部屋に入りきんないぐらい人が来た。入れ替わり立ち替わり何人も何人も来た。だんだんみんなそれ拍手とかで迎えるよーんなって、ドア開くたんびに満面の笑み湛えて目一杯拍手する。おれは彼女と話したかったけど、彼女は客たちに出すお茶の用意に忙しーらしくて碌に話もできない。彼女について歩きながら「こんな人たちのことなんかどーでもいーじゃんか」って言ったりもしたけど、彼女は「そーゆーわけにも行かないでしょ」とか言って一向手ー休めない。これこそ女の仕事だってゆーよーな黴だらけの観念とか誇示するみたいにまめまめしく立ち働いてる。「手伝おーか」っておれがゆーと、「いーのいーの」って笑顔を返す。

なんかすっごい盛り上がりで、部屋ん中は混雑を極め廊下にまで屯してる。みんな楽しそーに歓談してるけど、誰一人おれには話し掛けてこないし、殊更おれを避けてるみたいだ。彼女にしてもそーだった。一見おれの話に耳傾けてるよーだけど、断わるのも面倒臭いから聞ーてるみたいな感じだった。しまいにみんなでおれを無視し始める。おれが何言っても返事は返ってこなくなる。たまに誰かと眼が合っても焦点は合ってない。お前なんか端から存在してないって感じで振る舞うんだった。

「前からあんま好きじゃなかったんだよなー。大体さー、だらしないんだよ。無神経だし。人の揚げ足ばっか取りたがるしな」とかゆー声がどっからか聞こえてきた。「自分が中心じゃないと気が済まないってタイプだよな」ってまた別んとこから聞こえた。

明らかにおれのこと言ってるらしーけど、おれってそんな奴だったのか? だらしないってのは認めるけど無神経ってのは分かんない。そのうちおれに対する愚痴とか罵倒の言葉があちこちから聞こえ始めて、「人のもんは勝手に使うわ借りた金は返さないわ、全くひどい奴だね」とか「人の心を忖度するってこと頑なに拒否して一向に恥じない奴だ」とか「人の感情逆撫ですることしかできない捻くれ者だ」とか「何でも自分の都合のいーよーにしか解釈できない単細胞だ」とか言ったりして、どんどんエスカレートしてって遂には罵倒合戦みたいんなって、人間の屑だみたいにゆーんだった。おれの悪口で更に盛り上がっちゃって、その盛り上がり方は半端じゃなかった。そのくせおれに面と向かってゆー奴は一人としていない。

そこにつかつかってやって来たのは現次だった。あー、こいつはおれを裏切らない。こいつだけは他の奴と違うって思った。おれの前で現次は立ち止まる。妙に深刻な顔してポケットゴソゴソまさぐってなんか取りだして、それ繁々見つめながら「これ、返す、もーいらないから」とかゆーと、つかつかって行っちゃった。

何置いてったのかって思って見たら、それはおれだった。等身大のおれ。現次ん中のおれ。それをあいつはもーいらないとか言っておれに返して寄越したんだった。現次を皮切りに他の奴も続々おれんとこに来て、それぞれん中にいたおれをまるでゴミでも棄てるみたいにおれの前にほっぽり出してく。見る間に他者ん中のおれが堆く山のよーに積まれてく。それらは互いに少しずつ違ってる。おれのよーでおれじゃない、おれん中のおれとも違う他者ん中のおれ。おれをおれに返すとみんな荷が下りたって感じで、腕とかブンブン振り廻したりしながら嬉しそーに部屋を出てく。

みんな帰っておれだけが部屋ん残った。いや彼女がいた。まだ彼女が残ってる。キッチンでひとり洗いものしてる。それ終ると彼女は真っ直ぐおれを見つめながらゆっくりおれの方に歩いてくる。他の奴いなくなっても彼女さえいればいー。他の奴とは最初っから薄っぺらな関係しかなかったと思えばそれで済む。みんな帰ったからこれからは彼女と二人だけの時間だ。それさえあれば充分。ちょっと微笑んで彼女が右手差しだしたんでおれも右手出してその手を取ろーとした。彼女の右手がおれの右手に触れる。彼女の手の温もりが指先伝わってくる。その心地いー弾力が指先を刺戟する。でもなんか、ずっしり重くて支え切れないぐらいだった。彼女の華奢な体格から見てこの手の重さは尋常じゃなかったけど、これはおれの彼女に対する重要度意味してんだって思って、気ー取り直してその手を支えよーって頑張ってみるけど、その重みの質がなんか違ってて不快に感じたし、とても支えきんないぐらいどんどん重くなってくんでちょって変だって思って見たら、おれが右手に乗っかってる。彼女ん中のおれがそこにいる。彼女までがおれをいらないってゆーんだった。「ゴメンね」とか明るくゆー。

彼女がすたすた行こーとしたの辛ーじて呼び止めて「なんで?」って訊ーたら、「重いしさー、疲れちゃんうだ」とか言ー、「そーゆーややこしいの、あんまり好きじゃないし」とかゆーと、「じゃーねー」って行っちゃった。勢いよくドアが閉まって風が巻き起こり、埃っぽくて冷たい風がおれんとこまで届く。

今度こそひとりんなる。窓際見るとおれがゴミみたいに堆く積まれてる。宛ら不法投棄の産業廃棄物みたいに積まれてて、臭ってきそーなぐらい。外からの薄日が余計汚らしくゴミみたいに見せてる。みんなおれだった。そのうちそれらがモゾモゾ蠢きだして互いに融合し始めた。何人かがゴミの山から出てきて握手して、そしたら融合してひとつんなるんだった。トーナメント戦みたいにして勝ち残った奴がまた別のと握手する。ひとつんなるっつってもどっちかがどっちかに吸収されんだった。掌の先からストローで吸ーみたいにしてチュルチュル音立てて吸い込むんだった。あっちでもこっちでもチュルチュルやってる。吸い込む方はもちろん吸い込まれる方も気持ち良さそーに半眼んなってる。行くときの顔だった。自分が行くときの顔なんか見たことないけど、そんな気がした。勃起してるよーにも見える。吸収する前とあとで何がどー変わってんのかなんて分かんなかったけど、1+1が単純に2にはなってない。かと言って全然別のもんに変貌してるってわけでもなくて、なんか、微妙だった。どんどん数が減って最後にひとりが勝ち残る。ひとり勝ち残ったおれは別段嬉しそーでもなく、ぼんやり突っ立って窓の外とか見てる。なんか疲れたみたいな年寄り臭い顔して突っ立ってる。心做しか背中が丸い。おれと眼が合うとニヤとか笑っておれの方に来る。

おれは関係ない。大体おれはおれなんだからおれ以外のおれと関わり合う必要もないはずで、勝手にやってくれって感じで、誰が勝とーが負けよーが知ったこっちゃない。だから「おれ関係ないよ」って言ったんだけど聞ーちゃくれず、当然の権利だってゆーよーに最初から決まってんだってゆーよーに右手出して、おれにも手ー出せって促す。その手握ったら間違いなくどっちかが吸収される。でもこのおれが本来のおれのなんだからおれが吸収されるはずはなく、吸収されんのはトーナメント優勝者のおれに違いない。おれには違いないけど本来のおれじゃなくて言わば紛いものでバッタもんのおれで、その紛いものでバッタもんがどー足掻いたって本物に勝てるわけはない。紛いものでバッタもんのおれは吸収されんのも知らずにおれに手ー出し握手しろとかゆーんだった。

紛いものでバッタもん吸収しておれに何のメリットがあんのか考えてみる。たぶん何のメリットもないと思うけどデメリットがあるわけでもないって思ったんで、右手を出した。この際相手の気が済むよーにしてやった方が得策だって思ったから。優勝者の余裕かなんかしんないけど、紛いものでバッタもんは薄笑い浮かべた。如何にも紛いものでバッタもんって感じのいやらしー笑い方だ。おれの笑い方と違うって思った。おれはこんな笑い方はしない。手ー握った瞬間掌の毛穴が開くのが分かった。途端に紛いものでバッタもんが手ー引っ込める。自分が負けるってことがやっと分かったみたいだった。

「なんだよ、お前が握手しろって言ったんだろ」って本物の余裕でおれがゆーと、紛いものでバッタもんは「その価値もない」とか言って嗤うんだった。その言ーよーがおれらしくなく、所詮紛いものは紛いもので本物とは違うんだってことが分かった。紛いものでバッタもんは部屋を出ていき掛けるけど、ドアんとこで立ち止まって、ゆっくり振り返っておれを見据えて言った。

「確かにおれは紛いものでバッタもんかもしんないけど、お前だって同類じゃないか」

そー言って思っきりドア閉めたから、また風が起こって埃が舞う。

急に部屋が広くなったよーな気がした。エアコン壊れてるから寒くてしょーがない。

背後からパチパチ手ー叩きながら「やーお見事お見事。迫真の演技でした」とかゆーのが聞こえたんで振り返ると聖氏がいる。さっきよりも更に細くなってげっそり痩せこけて髭まで生えてるけど、その分だけ凄みが増したよーに見える聖氏は、痩せて飛びでた目玉ギョロつかせながら「最高のライヴでした」とか言ー、「歴史に残る名演ですよこれは」って得意げにゆー。そー言われてもまるで実感湧かない。なんか騙されてるよーな気がしたし、踊らされてるみたいだったけど、聖氏に文句言ってもしょーがないって思った。聖氏の指はもー動いてなかった。

おれの前に出た聖氏は大勢の客に挨拶でもするみたいに深々お辞儀する。それからおれの肩ポンポン叩いて「名演名演」とか言ー、ブツブツ呟きながらも一仕事終えたって感じで満足げに微笑んで部屋を出てった。

相変わらず晴れてんだか曇ってんだかはっきりしない天気だったけど、急に寒くなったんで壊れたエアコン呪いつつコーヒー入れて飲んでたらザーザー雨が降りだした。台風でも来たみたいな勢いで降ってきてバシバシ窓とか叩く。外は全体に白っぽくなって何もかもが滲んで見える。テレビ点けたら大雨洪水警報とか言ってる。

部屋は取っ散らかっててムチャクチャだったし、外は土砂降りでビショビショだった。まだ夕方で寝る時間じゃなかったけど、寒くてしょーがなかったし、なんか知んないけど異常に疲れて体の節々とか痛くもあったんで蒲団引っ被って寝る。そんなときに限ってチャイムとか鳴ったりして邪魔が入る。放っとこーかとも思ったけどピンポンピンポンうるさかったから出てやることにした。立ち上がって歩き掛けたけど体が思うよーに動かない。関節とかギシギシ軋んで痛くてしょーがない。思うよーに前に進まなくて更に部屋が延び拡がったよーな気がする。更に追い打ち掛けるよーに電話鳴って、どっち行ったらいーのか分かんなくなる。

とりあえず受話器拾って「もしもし」とか言ーながら遠い玄関を目指す。雨音がうるさくてよく聞こえない。「もしもし、もしもし」

パチパチパチパチなんかが爆ぜるみたいな雨音がずっとしてる。

─了─

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