友方=Hの垂れ流し ホーム

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「うん」

「へー、変わってるね」そー言って、冷蔵庫の冷気にちょっと名残惜しそーに扉閉めると億劫そーに立ち上がる。

なんか、ケツの穴でも見られたみたいに恥ずかしかった。そしたら矢部が徐ろに右手差しだして、意味ありげにニヤって笑う。「ねーよ」ってその手パンってはたいたら、「借りにしといてやる」とかゆー。

矢部は「行こーぜ」って言って、夏彦と現次連れて近くのコンビニに食いもん調達に行った。30分ぐらいして一人一個ずつコンビニの袋持って帰ってくる。それドサって無造作に床に置くから中のもんがバラバラ零れ落ちる。スナック菓子に菓子パンにインスタントラーメン、それに酒やジュース類。その巧みな立ち回りで恐らく矢部は一銭も出してない。そのくせ自分の好きなもんはちゃっかり買ってある。見事としか言ーよーがない。

しばらくはテレビ見ながらお菓子食いながら雑誌見ながら意味のない話しながら、なんもしなかった。なんもしないで意味のない話しながら雑誌見ながらお菓子食いながらテレビ見てた。テレビは坂淵によってゲームに切り替えられた。無為な時間が過ぎてく。いや一概に無為だとも言ー切れない。スロースターターばっかだから、こーやって各自調整しながら少しずつエンジンあっためてんだ。それでも結局最後までエンジン掛かんないってこともよくある。ってゆーかそっちの方が多いよーな気もする。おれたちはあんまいー車じゃない。少なくとも人に自慢できる代物じゃないことは確かだ。欠陥品とまでは言わないけど、それに近い、扱いにくくて厄介なもんだってことは間違いない。

不意におれは立ち上がって「コーヒー飲む奴いる?」って言って、ウェイター気分でみんなを見廻す。なんか急にコーヒー飲みたくなったんだった。おれは死ぬほどコーヒー好きだからコーヒーだけは切らしたことなくて、飯がなくてもコーヒーは常にあるんだった。もちろんインスタントじゃなくてレギュラー。思い出したよーに「ホットだけど」ってつけ足すと、間発入れずに「なんでこのクソ暑いのにホットなんだよ」とか文句ゆーのはやっぱ矢部だった。

「暑かろーが何だろーがコーヒーはホットに決まってんじゃんか」っておれはゆー。おれはブラックで飲むから、いつもホットなんだった。アイスのブラックはあんま旨くないから。

「暑いときはアイスコーヒーだろーが、普通」矢部も譲んない。人に奢ってもらうからって卑屈んなったり媚びたりしないで自分の意見はハッキリゆー。でも最終的に奢ってもらうからギリギリんとこで引き下がる。相手が切れそーんなる一歩手前で巧みにスっと身を躱す。そのタイミングが絶妙なんだった。

間に割って入るよーに「銘柄何?」って夏彦が訊く。おれが即座に「ブルマン」って答えると、「おれ飲む」って夏彦はゆー。現次も坂淵も矢部も要らないってゆー。おれはコーヒーを入れに掛かる。

「コーヒーはブルマン、これに限るね。ブルマン以外はコーヒーじゃない」とか言ーながら、別にコーヒーに詳しいわけでもなくて、だから他といろいろ飲み較べて徹底的に比較研究し尽してのブルマンじゃなかった。たまたま飲んで旨かったんで以後ずっと飲んでるだけなんだった。

おれがコーヒー二杯持ってくるまで、現次はなんか睨むよーに壁の一点注視して固まってて、一個を夏彦に渡しておれも一口啜ろーとしたとき、急におれの方見て「どーでもいーけどこのポスター、いつまで貼ってんの。横のハンフリー・ボガードはいーとしてもさ、これは駄目だよ。なんか気色悪りーよ。よくこんなとこで寝れんな」とか言ーだした。現次はうちに来るたんびにこのポスター糞味噌に貶して、捨てろ捨てろってうるさいんだった。挙句の果てに「なんかさ、生理的に受けつけないんだ」とかゆーから、「おれは生理的に好きだけどな」って言ー返す。

別に彼女からもらったからとかゆーんじゃなくて、単純におれの好みにピッタリ合ってんだった。何とも言えない色合いと言ー、それが醸しだす雰囲気と言ー、何から何までおれ好みで文句のつけよーがない。まるでおれのために描かれたって言ってもいーぐらい。それは彼女がおれの好みに合わせて選んでくれたってことだろーけど。おれにしてみれば横のハンフリー・ボガードの方が好みに合わないんだけど、そっちは彼女が好きだからそのままにしてある。両方とも彼女が手ずから貼ったんだった。親指に画鋲の跡がつくほどグイグイ壁に押しつけて。

現次の目線辿って壁のポスター見る。立ってるおれの目線ちょっと下げたとこにポスターの中心がある。画面の右手に額に入った黒地に白線で描いてある透視図が、細っそいイーゼルに立て掛けられてて、左にはイーゼル前にして赤黒い角材に坐った、ってゆーか殆ど一体化したみたいんなって、白い顔で上半身が緑で下半身が赤の腕もない人だか人形だかが、無造作にオブジェみたいに置かれてる。それがイーゼルの方に向かう恰好で右半身見せて、幾分胸聳やかして黄色い製図台みたいなのに凭れて、首捩じ曲げて、左の方にちょっと頭傾げて、鼻も口も髪の毛もないのっぺらぼーの一つ目の眼でこっち見てる。眼ん球は*みたいな形してて、その眼ん球を縁取るよーに黒い線が二本入ってて頭の後ろまで伸びてて、縦にも一本細い線が顔の真ん中通ってる。顔は逆卵形の面長で、その左半分が緑色の影んなってる。胴体はちょっと紫っぽくてナスビみたい。緑色した逆雫形の鎧だか上っ張りだかがナスビの蔕みたいで、足の生えたナスビって感じ。赤黒い角材に乗っかってるケツはとんがってる。赤い足の脹ら脛の辺りが妙に筋肉質だ。画面の真ん中からちょっと下の、透視図の奥の辺りに、右下の画面の外から左上がりに、透視図の斜め具合に沿うよーに人みたいな影が延びてて、丁度角材に坐った白緑赤のオブジェの臍辺りを差してる感じ。ってゆーことは光は手前から奥に射してるってことんなるけど、白緑赤のオブジェは真横向いてて、影の付き方なんか見ると光は真正面で受けてるから、光源が二つあるみたいに見える。画面真ん中の奥の方には、殆ど装飾らしーもんもない、なんか塔みたいなのが立ってる。二本の丸い柱があって、その上の画面の縁ギリギリんとこに三角の屋根が乗っかってて、二本の丸い柱の両脇を、中刳り貫いたよーな壁が囲ってる。その塔の右っ側の、額の掛かったイーゼルの上のほんのちょっとの隙間から、煉瓦塀ってゆーか屋根瓦ってゆーか、なんかそれに近いもんが覗いて見える。そして雲ひとつない青緑のどんよりした空。画面の下半分、ってゆーか半分以上を板張りみたいな床が占めてる。その際は白緑赤のオブジェの胸辺りにある。

全体にくすんだ色合いで、それだけ画面左の白緑赤のオブジェの顔の白が目立ってるから、眼は自然とそこにいくことんなって、だからこのポスター見ると必ずこの白緑赤のオブジェと眼が合うことんなる。画面の中心には何にも描かれてなくて、ただ床板の下向きの放射状の線があるだけで、物は全部周辺にドーナツ状に配されてるから、目線は画面の四隅をグルグル廻る仕掛けんなってて、そーすると自然に左上にある白緑赤のオブジェの顔にぶつかるよーんなってる。その*の眼ん球を見ないわけにはいかないよーになってんだった。

現次が気色悪りーとかゆーのも分かるよーな気はする。確かに夜中見たりすると白緑赤のオブジェの一つ目がこっち見てるよーな気がしないでもないけど、寝らんないとか思ったことは一回もない。ただ表情とか全然ないから、それが不気味に見えないこともなくて、現次も「その無表情性が背筋寒くさせるんだ」とか、「見るってゆー行為だけがあって、見てる主体がないから気味悪りーんだ」とか言って、うちにはあんま来たがんない。来るときもみんな集まった頃見計らって最後にやって来て、帰るとなると真っ先に出てこーとする。

全体このポスターは不評で、誰もこのポスターにいー印象持ってないみたい。おれにはみんなが嫌ってるその部分が面白いって思えんだけど。部屋に一人いるとき不意に誰かに見られてるって感じて、キョロキョロ辺り見廻して白緑赤のオブジェと眼が合う、その瞬間が堪んなく心地いーんだって、そー言ったら、「お前おかしーよ」とか言われた。

一段落ついたとこで「どーする?」って言ったのは、カップ焼そばのお湯捨てにキッチンに行った現次だ。ステンレスの流しがボンとか言って鳴んのが聞こえる。そのあともしばらくガサゴソやってるって思ったら、いきなり素っ頓狂な声出して「何だよこの豪華な包丁セット」とか言って出刃包丁一本持ってヒラヒラさせながら顔出して、半分笑いながら「何、訪問販売かなんか?」って訊くから、「いやついね、断れなくて、この前」って言ったら、宍戸錠張りに眼ー細めてチッチッチッとか舌打ちしながら出刃包丁振って、「甘いねー、そんなんじゃ新聞とかも何コも契約させられてんじゃねーの?」って痛いとこ突かれた。今は取ってないけど前に三紙ぐらい契約してたことある。「ハハハ」とか笑って誤魔化す。

そしたら夏彦まで「あっ、ここに鋸セットもある」とか目敏く見っけて鬼の首取ったみたいにゆー。キッチンから現次が「そのうち変な宗教とかに入信させられちまうぞ」とか怖いこと言ー、夏彦も調子ん乗って「悪徳商法とかに引っ掛かってスッカラカンになったりして」とかゆー。そんな話続けんのはやだから、ってゆーかそれ以上恥曝しんなんのがやだったから、「それよりどーすんだよ?」って強引に軌道修正する。

「どーしよー」って矢部がそれ受ける。

「まー適当にやろーぜ」って言ったのは、殆どゲームの方に熱中してる坂淵。

坂淵はテレビの前に一人陣取って、その周りにあらゆるチョコレート菓子を山のよーに積んでる。板チョコとかチョコクッキーとかチョコボールとかチョコポッキーとかチョコパンとかチョコドーナツとかチョコフレークとかチョコウエハースとか、とにかくチョコレート使ったお菓子は殆ど坂淵が独り占めしちゃうんだった。まず自分が独占しといて「くれ」って言った奴に自ら取り分けて渡す。チョコレート菓子の裁量権は死守して絶対に譲んないほどのチョコきち。逆にゆーとチョコさえ与えとけば文句も言わないし、3分に一回ぐらいは出てくる「ブルーだ」ってのも極端に減る。ゲームやりながら手探りでチョコレート菓子掴み取って素早く包装破って口に運んでく手並みは殆ど神業で、それでいてゲームが疎かになってないってのが凄い。そーやってチョコ食いながら対戦すんだけど、こいつに勝てる奴はこん中にはいない。

「駄目だよ。んなこと言ってたらいつまで経っても終わんないぜ」とか言ーながら現次が焼そば持って戻ってくる。坐る瞬間、眉顰めてチラっとポスターの方睨んで、それから気ー取り直したよーに一気に焼そば頬張る。

坂淵に分けてもらったチョコポッキー前歯でチビチビ噛りながら「そーそー、ちゃんと役割分担なんかもした方がいー」っておれがゆーと、「責任の所在はハッキリさせなきゃ」って焼そば頬張りながら現次がゆー。

「責任って。んな堅苦しーこと。適当にやればいんじゃない、その辺はさ」ってチョコ中毒の坂淵は言ー、「楽しくやろーよ、楽しくさ」とかひとり楽しそーにゲームやりながらチョコ食いながらゆー。

「でも作業効率とか考えたらさ、その方がいーと思うんだけど。時間だってたっぷりあるってわけじゃないし」っておれがゆーと、透かさず夏彦が「じゃーお前はアレで決まりな」とかゆー。「えー、マジ?」

「だってお前が一番うまいんだから」って坂淵がゆーと、それに大きく頷いて「芸大目指してたんだろ」とか矢部がゆー。

確かに芸大行こーとかして三浪までしたけど、途中で無理だって分かったからやる気失せちゃって、だから受かるはずもなくて結局普通の大学入ったんだった。「漫画とかも描いてたんだろ?」とか夏彦がゆーけど、それは中学んときの話で今は全然描いてないから真面に描けやしないって言っても分かっちゃくんない。現次まで「適材適所ってのがあんだから」とか言ーだして、みんなでおれ追い詰めよーとかすんだけど、やるならやっぱ監督だって思ってたから、「おれさー監督やりたいんだけど」って言ったら、「駄目ダメ、お前統率力ないから」とか言われ、「そーそーそ」ってみんなにも言われて仕方なく引き下がる。「まー役割分担のことは追々考えるとして……」とか言って言葉濁したりして何とか誤魔化す。

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