夜だった。静かな夜。午前二時を廻って少ししたぐらい。なんかメチャクチャ静かで、聞こえんのはおれの頭ん中でだけ鳴り響ーてる耳鳴りぐらいで他に何の音もしない。普段なら車とかが前の通りバンバン通るし、どっからともなく音源不明の音とか湧きでて漂い流れてきて、どーかするとうるさいぐらいなのに、今日に限って臨時休業って感じでなんも音がしない。そのくせすげー耳鳴りで、ワンワンキンキン飛び交って、なんか水ん中にでもいるみたいに鼓膜とか圧迫される感じがして痛いぐらい。何回も耳抜きとかしてみたけど全然駄目で、圧力どんどん増してって鼓膜破れんじゃないかとか思った。
そー思った矢先だ。壁から水が滲み出てくるみたいにしてジワジワ音がし始める。隣の部屋からだ。周りが静かだから却ってよく響ーた。ギシギシぎしぎしなんか軋むみたいな音が断続的に聞こえてきて、人の眠り妨げよーとかする。その軋み音の合間合間にキャンキャンゆー犬の鳴き声も聞こえてきた。でもここはペット禁止だし隣がペット飼ってる気配もなかったから、それは犬の鳴き声なんかじゃない。こんな夜中に一体何やってんのかって思ったけど、すぐに察しはつく。こんな夜中にやることって言えばアレしかない。でも田圃ん中の一軒家じゃないんだから聞こてえんの分かりそーなもんだけど、音は止むどころかどんどんでかくなってく。なんか聞こえよがしに喘いでる。
隣は20代後半ぐらいのOLらしー人の独り住まいらしー。何回か見たことあるけどもちろん話したことはないし挨拶だってしたもことない。精々狭い通路で擦れ違ったりするぐらいで、顔見知りの赤の他人。向こーから迫られてもお断りだってぐらい女は不細工だけど、見るたんびに違う男が横にいた。それもどー見ても女には全然釣り合わない真面な男ばっかで、それで床上手っておれは呼んでる。
壁から滲む床上手の喘ぎ声にしばらく聞き入ってたけど、軋み音の合間に漏れ聞こえるその声がちょっと獣染みててあんまそそるもんでもなかったんですぐ飽きた。飽きるとそれが気になった。気になると却って耳についた。耳について離れなくなると眠れなくなった。眠れないとイライラする。イライラすると余計眠れなくなる。蒲団引っ被ってみたりしたけど効果なかった。その音の根源は人の声帯で、気にするほどのもんじゃないとか思おーとしても、頭ん中で不必要に反響する。取るに足りない音根源とか思ってみても、どんどん侵入してきて頭ん中グリグリ掻き廻す。典型的な悪循環に嵌まっちゃって、意識は覚醒の方に一直線に向かってく。耳鳴りどころじゃなかった。
掛け蒲団跳ね除けて起き上がった。起き上がって床に足下ろしたら、ぐにゃってなんか柔らかいもん踏んづけた。電気点けよーとして空中に手ー伸ばすけど手探りだからスイッチの紐掴めなくて、五、六回空振りしてやっと紐に手の甲が当たって、それ掴んで引っ張る。二、三回点滅してフェイント掛けてから急に明るくなる。その光にやられて眼の奥むず痒くなる。
飲み散らかした跡とかそのまんまんなってて、部屋ん中は一層酸鼻を極めてる。それ目の当たりにして「ふー」って深い溜息つく。おれの足の下にあったのは、一週間ぐらい前に買ったパンだった。袋に入ったまんまだったんで足は汚れなくて済んだけど、パンはおれの体重支えきれずペシャンコんなった。内臓飛びだしたみたいにアンコが思っきり食み出てる。賞味期限は疾っくに過ぎてるからゴミ箱に放り投げた。床上手の作り出す音は微妙に強くなったり弱くなったりしながら尚も聞こえてる。なんか神経とか麻痺させるみたいに、それはおれの感覚狂わせて、距離感とかが分かんなくなる。
ってゆーか部屋はゴミだらけだ。国のゴミ問題よりこの部屋のゴミ問題の方が今は深刻で、ゴミは減るよりも増える方が断然早く、その圧倒的増殖力でもってこの部屋支配しよーとかしてる。ゴミに飲まれんのも時間の問題だ。何とかしなきゃ。って何回そー思っただろー。そのゴミん中になんか見えた。なんか使えそーな代物だって思って躙り寄ってったけど、傍に来たら見失った。掻き廻すと余計分かんなくなりそーだったんでベッドに戻ってもっ遍よく見てみると、確かになんかある。今度は眼ー離さず慎重に躙り寄ってく。発見、発見。サック発見。ゴミん中から有用なもん発見すんのはちょっと嬉しーし、なんか得した気分になる。リサイクルの喜びとでもゆーんだろーか。でも発見したはいーけど今となっては使う余地はないから、ほんの一瞬の糠喜びで終わった。却って空しさが増幅されたみたいな気がしたし、隣からの音がそれ更に倍加させるよーにも思った。わざと聞こえるよーにしてるみたいに思えてきて、なんか腹が立った。
寝惚けてたからか、それとも床上手の策略か、そのうちゴミ共がなんか言ーだした。なんか小声でブツブツ言ってんのが聞こえた。最初は隣の声かなんかだろーって思ってたけどそーじゃなくて、声は部屋ん中から聞こえる。一昨日飲み干したミネラルウォーターのペットボトルがなんか言ってるみたいだった。どーやらおれに対する苦情らしー。なんか文句があるらしー。上等だ、聞いてやろーじゃないかって、そー思って耳澄ますとなんも聞こえない。急に押し黙ってなんも言わなくなる。モゾモゾ動いたりしてなんか言ーたそーなんだけど、なんも言わない。そーだろー、ゴミに自己主張する権利なんて端っからないんだから。総ての権利を剥奪されたからゴミんなったんで、自己反省こそすれ自己主張するなんてのは以ての外だ。今更何言おーってんだ。
でもしばらくするとちょっとずつ言ー始める。狭いだの窮屈だの汚いだのって、ゴミのくせに偉そーにゆー。整理整頓とか要求する。そんなのに一々反論すんのも面倒臭かったんで言ーたいだけ言わせといたら、床上手に唆されたのかしんないけど、だんだん声大きくなった。隣近所に迷惑だって言っても全然聞かず、そのうち団結してデモ行進でも始めんじゃないかとか思った。
とりあえず扇動的不平分子を片づけることにした。足場確保するために足元のゴミ押し退けてスペース作って、そっから適宜目立ったヤツを取り除けてく。ペットボトルにカップラーメンの容器にティッシュの空き箱にトイレットペーパーの芯に壊れた目覚まし時計に刃のないカッターに古雑誌。そーやって一通り取り除けたら少しは大人しくなったけど、ベッドに腰掛けて眺めると依然部屋はゴミだらけで、あちこちからボソボソ声がする。徹底的に片づけなきゃなんないらしー。気合い入れて十分ぐらい奔走したけど、全然片づかないんで止めた。気がつくと隣の音もいつの間にか止んでて、さっきの静けさが戻ってきてる。寝れるって思ってすぐ電気消してベッドに入って眼ー瞑ったけど、眠れなかった。なんか変に眼ー冴えちゃって眠れない。
また電気点ける。テレビんとこまで膝行して主電源入れる。とりあえずテレビ点けんのがおれの癖で、何かってゆーとすぐテレビだった。なんも考えずにぼーっとしてるときなんか、気がつくとテレビ点いてんだった。でもそっから流れてくる情報には無関心で何ほどの価値も見出してなくて、殆どBGMみたいにして使ってるけど。一面砂嵐でザーザーザーザー言ってるだけの画面で、リモコン捜してる間中ザーザー言ってた。チャンネル替えると深夜映画やってた。ノートリミングノーカット字幕放送とかゆーヤツらしー。カメラはゆっくり動き、登場人物もゆっくり動きゆっくり喋ってる。総てがゆっくりしてて単調で、眠気を誘う映画だった。他にチャンネル替えてみたけど何にもやってなかったんで元に戻す。ヨーロッパ辺りの映画らしーけど確証はない。これ観てれば寝れそーな気がした。
一面の原っぱを、自転車ん乗った男と白い帽子被ったガキ連れた男が、前後しながら左の方にゆっくり歩いてて、カメラがそれ追ってる。画面の上半分は白っぽい空と白っぽい海で、下半分は草の緑。奥に家らしー建物が一軒小っちゃく見える。
新聞なんか取ってないから番組はTVぴあで確認してんだけど、たまたま買いそびれてて確かめることできなかった。見たことある映画だって思い、喉元まで出掛かってたけど思い出せない。しばらく観てたけど単調でつまんないし眠くもなんないんで、脚伸ばして足の親指で主電源押してテレビ消して、その脚の帰り際に丁度転がってた雑誌引き寄せて手元に持ってきてパラパラ見る。妙に気になって仕方なかった。5分もしないうちにまたテレビ点ける。そしたら消せなくなって画面に釘づけんなる。
林ん中の木に凭れて、白髪混じりの中年男が膝にガキ抱えてひとりぶつくさ言ってんのを、カメラがゆっくり近づきながら捉えてる。草が風に戦いでザワザワ鳴ってるだけでBGMもない。男はひとりブツブツ喋り続ける。ただそれだけの単調極まりない映像で、こんなの観てたら寝ちゃいそーとか思ったけど、以外とそーでもなかった。草の緑が眩しーぐらいの疎林で細っそい木に凭れて坐り込んで、尚も男は喋ってる。草のざわめきがだんだん大きくなってく。カメラは男にゆっくり近づいてく。鳥がバタバタ羽搏く音がして雷がゴロゴロ鳴る。
タイトルも監督も思い出せなかったし、テレビで観たのか劇場で観たのかビデオ借りてきて観たのかも思い出せなかったけど、確かに観たことある映画だってことは分かった。確か監督は何とかスキーとか言ったはずだ。それ思い出そーとした。そーすりゃ寝れるかなとか思った。ドストエフスキーじゃない。それは間違いない。ドストエフスキーは小説家だ。アルペンスキーも違う。論外だ。
CMんなったんで立ち上がってゴミ掻き分け踏み拉いてキッチンまで行き、冷蔵庫からミネラルウォーター出してきてチャポチャポ音させながらテレビの前に戻ってくる。その水の音に押し流されて出てきたのがチョムスキーだけど、明らかに違う。チョムスキーは言語学者だ。ミネラルウォーター一口飲む。喉の潤いがカンディンスキーっての浮かび上がらせる。これはいけそーだ。もしかしたらそーかもしんないって思ったけど、やっぱ違う。ストラビンスキー。これも違う。なんか、関係ない名前ばっか出てきて肝心の思い出したい名前が出てこない。馬鹿にしたみたいにゴミ共が嗤うのが聞こえたよーに思って、「うるさいな」って嗜めると途端に静かんなる。この部屋に君臨してんのはおれだってこと胆に命じさせないと、またさっきみたいに反乱起こしたりするからな。ゴミの王も楽じゃない。
水じゃなくてお茶飲みたくなったけど、ポットは壊れちゃって役に立たないしお湯沸かすのも面倒臭かったから冷茶で我慢する。コーヒーも好きだけど日本茶も結構好きで、昼間は専らコーヒーだけど夜んなると日本茶が飲みたくなるんだった。
「なんで?」とか彼女に訊かれたことあったけど、理由なんか分かんない。そーなんだから仕方ない。パックのお茶ミネラルウォーターで入れて飲んでみると結構いけた。そのお茶の苦みに絞り出されたのがドワルスキーとゲキガスキーだけど、これは全然違う。これはオタスケマンだ。タイムボカンシリーズの奴。世間じゃヤッターマンの方が有名みたいだけどタイムボカンシリーズって言えばタイムボカンに決まってる。確かにヤッターマンの方が洗練されてる感じはするけど、パターンができ上がっちゃって保守的んなってる。二作目、三作目って続くに従って駄作になってくってのは殆ど自然の流れみたいなもんで、二作目以降は総て一作目の亜流でしかない。
ルパンにしてもそーだ。ルパンはなんつっても緑ジャケットの旧ルパンで、赤ジャケットの新ルパンには全然馴染めない。キャラも全然変わっちゃってるし。不二子も旧ルパンのときの方が断然良くて、キューティーハニーと並んで理想の女性ベストテンの1、2を競ってたし、オナペットベストテンにも常に上位にランキングされてて、一頃は随分お世話んなった。
メチャクチャ好きだったテッカマンの記憶が定かじゃないのは殆ど再放送されなかったからで、好きだったってゆー記憶だけが残ってて内容は殆ど記憶にない。覚えてんのは変身シーンぐらい。それよかちょっと新しーヤマトの方は、何度も再放送されて記憶の更新行われてるから今でもよく覚えてる。