友方=Hの垂れ流し ホーム

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依然佐脇とは連絡つかないし、連絡がつかないとすべてが不透明なままだし障害の排除にも至り得ず、またそうした不透明さにある種の不穏さが纏わりついてくるのも自明のことで、草叢に潜んで獲物を狙うハンターのように見えないところから機会を窺っているんじゃないかといった疑心に弥生は囚われ、いや佐脇など恐るるに足りぬし佐脇ごときにやられるわけがないとそう独り言つが、疑心を払拭することはやはり困難で、それを覆し得る事実を切実に欲していても連絡がつかなければどうにもならず、再三メールを送りもするが一向に返信を寄越さぬ佐脇はいったいどこで何をしているのか、見つけたらボッコだと嘯(うそぶ)いてみてもどこか腰の引けていることは否めず、らしくないと溜め息の洩れるのを耳にしてそれをしもらしくないと呟き、疑心から生じた狂いを補正すべく尚も思惟に没入する。その前に喉が渇いたと紅茶を淹れに立ち、歌舞伎揚げとともに盆に乗せて戻るとカーペットに横坐りになってまず紅茶で喉を潤し、次いで歌舞伎揚げをひとつ摘みあげると包装を開け、その開いた口から半分ほど覗かせた歌舞伎揚げを前歯で囓り、そこにできた歯形を何とはなしに見つめながら卓に肘杖ついて考えるが、抑も現在直面している問題と当の佐脇とは関係ないようにも思え、いや実際のところ全然無関係に決まってるが、それでも少しくらいは関係してるのかもしれず、そして少しでも関係してる可能性が認められるならその関係性を無視することはできず、そうとすればあの裏返しもその予備的措置と考えられなくはなく、つまり裏返すことによって主客の顛倒を謀り、計画の遂行を容易ならしめるということなのかもしれず、そんなことを佐脇が計画するとはとても思えないのだが絶対にあり得ぬとは言い切れないし、状況証拠に照らせば黒とは言えないまでも灰色だとは見做せ、そうなると急に現実味を帯びて感じられ、それらは弥生のなかで確実に発酵肥大してゆき、気づけば事実とさして変わらぬほどのリアリティーを持ちはじめていて、すべては可能性に過ぎないという客観的認識はありながら容易には斥けられないのだった。それから幾日かが過ぎるが佐脇の不在はそうした不安を担保するらしく、といって積極的に佐脇を探すこともためらわれ、根本的解決へ至ることはだからなく、ズルズルと深みへ填ってゆくのをなかば他人事のように眺めていたのは総じて感覚がバカになってしまったからで、そうして弥生の鬱な日常は一見何ごともなく鬱に過ぎてゆくが、表面穏やかに凪いでいても水面下では着実に何かが進行していたらしく、気づけば自室が不自然なまでに歪んでしまっているのだった。ちょっと買い物に出掛けて小一時間ほど留守にしていただけなのだが、帰ってきたら外はまだ明るいというのに日射しが全然入ってこないし、そのせいか澱んだ空気が湿っぽいし肌に纏わりついて不快だし、冷房を入れても不快感は少しも改善されないし、いやむしろカビ臭い臭いが漂ってさらにも不快感が増したくらいで、全然落ち着けぬ空間になってしまい、自室にいてまったく寛げないというのは非常なストレスで、放置してもおけぬと例のグッズを再配置したもののその効力もなくなってしまったのか何の改善も見られず、日を追うごとに自室はその荒廃の度を増してゆき、何をどうすれば元に戻るのか、下手に弄くって余計おかしなことにならないかと終始ビクビクしながら部屋の真ん中辺りに縮こまっていることしかできず、それがどうにも不愉快だが打つ手はなかった。そんなもの端っからないのだ。諦念とか無気力とかそういったものとは違うのだが、抵抗する意思が、そこに蓋でもされたみたいに湧いてこないのだった。それならそれで成りゆきに任せて行くところまで行ってやろうじゃないかと潔く宣したわけじゃないが、なるようにしかならないなるようになれといくらか投げやりに考えていたことはたしかで、そうした態度が事態の進展にどう作用したかはしれないが、少なくとも後戻りすることはあり得そうになかった。

茫と坐り込んだまま幾時間も無為に過ごしていた午後も遅い時刻と記憶するが、室内の暗さに気づいて明かりを点けようと立ち上がり掛けたとき、ふと漂い流れてきた微かな異臭に眉顰め、鍋を火に掛けっ放しということはないしゴミだってそれなり始末してるしとその源を探るように仄暗い自室に視線を巡らせると、何がどうというわけではないが窓のある壁面の向かって左側、テレビを置いてある日差しも届かぬ隅のほうが気になり、微かな異臭はやはりそっちのほうから漂ってくるようで、注視するともなく注視していたがそれ以上の異変らしい異変は認められず、神経磨り減ってくると見えぬものが見えたり臭わぬものが臭ったりするものかとそれまで張り詰めていたものが身から落ち、そこで改めて自室の暗さに意識が向かい、抑もこの暗さが、いや暗いといっても真の闇ではなく、さりとて確然とした明瞭さはすでになく、手の届くそこにある事物が悉く不確かな輪郭に溶け込んでゆく、しかし完全に溶けきってはしまわない、そうした暗さ、というか暗さと明るさとの間にあるものが、得体の知れぬものを呼び込むのかもと得心がいったようにひとり頷くと、立ち上がって壁のスイッチを切り替えた。そうして蛍光灯の白光に隅まで照らしだされた自室にさっきまでの不穏さはなく、光とはそうやって済し崩しに人の警戒心を解いてしまうのだと嘆いても詮ないが、弛緩したような静寂に包まれながら弥生は全く油断していて、テレビでも点けようかと腰を浮かし掛けた刹那、それまでなかった扉が元もとあるドアの右手に現出したのを眼にして何の反応もできず、弥生の見ている目の前で壁がグニャリと伸び拡がって忽然とそれは出てきたのだが、忽然といっても予兆みたいなものはやはりあって、いやあるというか、ああ来るなっていうぼんやりとした感覚ともいえぬ感覚が、それ自体事後的に見出されたものかもしれぬとの疑念は拭えないにしてもそんなふうな感覚が直前あるにはあって、だからこそ背後のドアを振り返り見たわけで、そうして弥生がそこへ眼を向けたら待ってましたと当のそれがグニョリと、いやグニャリか、出たというわけなのだが、それはほんの十センチの隙間に割り込んで坐ろうとする一見誰よりも元気そうな恰幅のいい中年女性みたいなあまりにも強引な現れ方だったため、そこにあった洋ダンスが脇へ押しやられて幅も半分くらいに縮まっちゃうし何だか色もくすんで小汚くなっちゃうしで、無茶するなあ中の服がめちゃくちゃじゃないかとそれを整理することを考え、あるいは服まで小汚くくすんでしまっているかもしれぬと吐息を洩らしつつ現れた扉を見遣ると、清潔感溢れる白を基調としているだけに手垢汚れの目立つ扉の上部には判読できぬ、しかし見覚えのある記号が記されてあり、そのあからさまな演出になかば呆れた弥生はケッと一睨みして無視を決め込むがすかさずダメ押しのアナウンスが入り、事務的な物言いの鼻につく、それでいて艶っぽさもある女の声が弥生の名を呼んで執拗に誘うのだったが、そんな誘いに易々と乗るわけにはいかず、とはいえそれが扉であるかぎりこっちが開けなくても向こうから勝手に押し掛けてくる可能性も充分あり得ることで、そう思うと今にも何かがそこから飛びだしてきそうで気になって何も手につかず、いややるべきことは、炊事とか洗濯とか明日の仕事の準備とかそういったことはそれなりにやり果せるが、どこか上の空で手つきも危なっかしく、だから何もかもが中途半端で気持ち的にスッキリしないのだ。それだけならまだどうにか我慢もできようが、呼びだしのアナウンスがウザく、鼻に掛かった甘ったるい声が事務的な物言いから変じて神経を逆撫でするようだし、どっからそれがしてるのか分からないのがまた腹立たしく、さらにはこっちが乗り気じゃないのを挑発しているのか時折扉が反対側の壁へ移動したりし、その手には乗らぬと知らぬ振りしてやり過ごすが、いや、やり過ごすことなどできず、終始警戒し気を配っていたからヘトヘトになり、放置することもだからできないとそれを前にして遅い夕飯を、こっちが見張っているのか逆に見張られているのか分からないが、あり合わせのものを掻き込むようにして摂り、洗いものも手早く済ませると、テーブルを窓際のほうへ押しやっておき、小物類や貴重品も一カ所へ非難させ、やはりまだその効力を期待しているからグッズの配置を再度確認し直し、そうして改めてその前に立つと、これから一戦交えるのだというような気概こそないもののそれなり身は引き締まり、その意を汲みとってかそれまで引っ切りなしだったアナウンスがピタッと止んだから現金なものだと苦笑を洩らすが、アナウンスの止んだ一室が妙に静まり返ってしまったからやはり気が進まないと項垂れる。



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