友方=Hの垂れ流し ホーム

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そのとき、というのがどのときなのか今ひとつハッキリしないのだが、どのときであってもさして違いはなかろう、そう短絡してしまうのも問題とは思うが実際的に判然としないのだから致し方なく、とにかくそのとき、あらゆる「とき」を含意した、といってすべての「とき」を含意しているわけではないだろう、佐脇の存在それ自体は有限なのだから、つまり佐脇の生の長さを上限としてそれよりも一定程度短い幅を持ったその「とき」ということだが、今こそどこへか向かって歩きだすときだとつい口が滑り、今のところそんな気は全然ないのに、そんな覚悟だってまるでないはずなのに、これっぽっちもないはずなのだが、そう口にしてしまうと、今こそどこかへ向かって歩きだすのだと声に出してしまうと、なぜだかそんな気になってしまいそうで、いやそれならそれで構わないがまだそのときではないだろうそのときではないはずだと自身に言い含めると淳子さんとは違って簡単に言い含められ、そうした自身の性向に皮肉な笑みを浮かべつつも安堵の吐息を洩らすと「ずいぶん単純なのねえ」という囁きが微かに響き渡り、ハッとして振り返ったのは背後からそれが聞こえてきたからだが振り返ったそこにはやはり何もなく、いや何もないわけじゃなく、そこには舗装された道路があって建物があって電柱が並び立ちその間に張り巡らされた電線が撓(たわ)み、そして空があって雲が棚引いて風が吹いているが、いや風は吹いてないかもしれないが見馴れた風景が展開されていて、いや見馴れたと見えたものも次の瞬間には見馴れぬものへと変じてしまうのだが、そうしたものの連続というか不連続を佐脇は生きていて、それはしかし今措くとして、そこにないのは囁きを囁いた当のものということで、平たくいえば淳子さんの存在だが、いや存在とよりは身体か、さらに言えば肉体とでも言ったほうが実感に即しているだろうが、あるべきはずのものがそこにはなく、とはいえ微かに残り香だけを漂わせてゆくその巧妙なやり口に、巧妙なやり口なんて言うと怒られるがそのいかにも淳子さんらしいやり方に佐脇は苦笑させられ、それでも淳子さんの残していった香りに一頻り陶然となり、それからゆっくりと歩きだすが、歩きだしてすぐに、いやしばらく歩いてからだったか、それもまた時間のなかに溶融してしまって判然としないのだが、左腰の辺りに何かが嵩張る感覚があるのに気づき、嵩張るといってそれほど嵩張っているわけではないが、だらりと下げた左腕と左腰との間に何かが挟まっているらしく、おおよその見当はついたが視線を下ろすと案の定そこには原稿があり、つまり原稿を手にしていたわけで、そして右の手にはペンが握られてあり、何のつもりで持ってきたのか分からないが、いや、何のつもりもないだろうただ何となく持ってきてしまったのに違いない、これまでそうしたことがなかったにしても何か尤もな理由がなければ持ってきちゃいけないというわけでもなかろうし、いや、もしかしたら捨てるために持って出たのかもしれず、何もかも綺麗さっぱり片づけるために手にしてきたとそう考えることもできなくはないが、そう考えることはやはりできず、というのも今のところそうした意志はないからで、それに反古にすることと廃棄することとは同じようでいて異なる性質のものだろうし、それは一枚二枚を丸めてゴミ箱に投げ捨てるといったような座興に類することとはわけが違い、そんなことが佐脇にできようはずもなく、契約のこともあるし、いやそんなものはないかもしれないが、ただ仮に何らか尤もな理由があったにしても捨てるためでは恐らくないとそう佐脇は考え、つまり手にしているのは書くためにほかならず、それよりほかに理由など不要のはずと自身に言い聞かせ、そうして徐ろに首を捩じ曲げて時計を窺い見ると三時四十分で、さらに眼を凝らして間違いなく三時四十分だということを認めると少しく安堵するが、どこか腑に落ちないのは自分が今どこにいるのかといった疑念が兆したからで、つまりテレビの前の座卓の前に坐しているのか、それともアスファルトの路面に悄然と佇んでいるのか、いずれが本当なのか今ひとつ分からなくなってしまったからで、量子論的不確定性とでも言えばいいのか、まあいずれが本当でも障りはないだろうし強いていずれかに決めてしまう必要もないとは思うものの、どっちつかずの状態というのは得てして落ち着かないもので、量子論的不確定性などと言ってられないのはだから当然だが、といってどちらかに決めてしまうのもためらわれ、できることなら曖昧なままにしておきたいがそうもいかぬとなればいずれかに決せねばならず、ただ、今の今そうしたことを書き連ねているとするならそれは座卓の前でだろう、佐脇が書きものをするのは大概そこにおいてなのだから、そうとすれば座卓の前に坐っていると言えそうだが、一方佇んでいるほうにしても原稿とペンを手にしているわけだからそこで、というのは路上でだが、書くことも可能なはずで、微風に髪を靡かせながら、それが叙情的か否かはべつとして、今の今これを書いていると言っても、いや書いても一向構わないわけで、つまりいずれを選択しても何ら不都合は生じないと言ってよく、だからいずれか好きなほうを、以後の展開に都合のいいほうを選べばいいのだと佐脇は原稿を軽く握りしめるが、擦れ合う紙の音が拡がるとともにそうした臆断は早計ではないかといった疑念が兆し、というのも何らか決定的な分岐点となる地点にいるとの可能性も否定できないからで、要するに先のことは分からないってことなのだが、そうとすれば安易に決めてしまうことはできず、ホントに煮えきらないわねどっちだって同じことよと淳子さんなら疾っくに怒りだしているだろうが、そうした怒声というか罵声というか叱声というか、降り掛かる唾液をさえ感じられそうな響きにしばし聞き惚れながらいずれに決すべきかと思案する。

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