三分の一ほどの汁と伸びきった麺とが残っている白いスチロールのカップが座卓の上にまだ置かれてあり、昨日か一昨日か五日前か十日前かついさっきか、いったいそれがいつのものなのか見ただけでは判断がつきかねるが、置かれた当初より端のほうに移動していることはたしかで、といって自ら移動したわけではもちろんなく、他のものに押しやられたか佐脇が押しやったかのいずれかだろうが、それはいいとしてその白いスチロールのカップの縁の二点を支えとしてそこに架橋するように置かれた箸が、もちろん佐脇が置いたのだが、座卓向こうのテレビを指示するような向きになっていて、自ずとそこへ視線は流れてゆくが何も映っていない画面を見ても面白くはなく、面白くもないものへいつまでも視線を向けているわけにもいかないがどこへ視線を向けても面白いものなどないからそれから逃れる術はなく、何からだって逃れる術は最早ないのだともう幾度も呟いた呟きをまた呟き、そしてそれは淳子さんの言いそうなことだとふと思い、いや、たしかにそう言ったのだと頷き、いや、そんなはずはないと頭を振り、それでもそう言ったのだと呟き、本当のところどっちなんだとそのうち分からなくなり、さらには淳子さんの言いそうなことと淳子さんの言ったこと、それに淳子さんの言わなかったことを加えてもいいが、それらは果して同じことなのか違うことなのかとの疑念が生じ、同じような気もするし違うような気もするが、そうした問いはそれ自体微妙な問題を孕んでいることもあってその場の雰囲気なりデタラメな感情なりで推し量ることは控えるべきで、それについてもいずれ書くときがくるだろうと白いスチロールのカップをさらに向こうへ押しやると空いたスペースへ身を臥せ、ほぼ直角に曲げた左腕の上に同じようにほぼ直角に曲げた右腕を乗せ、そこへ右側頭部を宛(あてが)って二、三度位置を調整するがしっくりこないので首を百八十度廻転させて左側頭部を乗せ、それから瞼を閉じると大きく息を吸って吐き、何か事をはじめるときにはそうして呼吸を整えるのが常なので、といってこの場合座卓に突っ伏して何もしないことをするといった消極的行為だが、酸素が脳へ充分に行き渡るといくらか思考も明晰になったような気がし、そして明晰な思考は現実を手繰り寄せるものなのか、あるいはそれを通り越して現実とは異なる何かを招来せしめるものなのか、それは分からないが、全体自分は何を書いているのか、否、何を書こうとしているのかとふと思い、そんなことは分かっているというか分かり切っていて今更説明するまでもないが、説明せよと言うなら説明しても構わないが、すでに了解済みの事項を諄々(くどくど)しく書き連ねるのも嫌味な気がするし誰も望んではいないだろうからそれは書かないが、それともそうしたものを望んでいるのだろうか、下世話で下卑た大衆的欲望か何かのように、こちらが明け透けに何もかもを、訊かれもしないことをペラペラと喋ってプライバシーを切り売りするタレントのように、必要以上のことを書き加えはしないかと密かに望んででもいるのだろうかとそんな要らぬ勘繰りをしてしまうが、そうした下衆根性が仮に伏在しているとしてもそれに応える義務はないだろうし応えるつもりもなく、とはいえ折に触れてそうした思いが脳裡を掠めるため何がなし不審を懐かないでもなく、その度に筆の運びが滞ったりして神経を磨り減らすのだが、神経なんて磨り減らすためにあるようなものだと思えばいくらか気も紛れ、とはいえ、書き進めること自体を妨げるものではないながらいくらか吃音的に語が引き攣れを起こすかのような、そうしたもどかしさを感じることがあるにはあって、そしてそんなときには何もかもうっちゃってどこへか行ってしまいたいと思うのだったが、思うだけで、思うだけだった。
本当にそうかと問われると自信は揺らぐが分かっているかぎり、といって分かっていることは僅かだが、その僅かに分かっていることにかぎればかかる事実はなさそうで、今のところはだから心置きなく書くことができるというわけなのだが、裏を返せばいつそれが覆されるかもしれないといった懸念はあり、心置きないとはいうものの全的な心置きなさではだからなく、それでもそうした懸念が今すぐ現実問題として浮上してくるということはないだろうからさしあたり書くことに専念できるし専念していて、ただ、昼なのか夜なのか分からなくなることが時どきあるが昼だろうが夜だろうが書くことに障りはなく、だからそのときも昼だったのか夜だったのか今ひとつハッキリしないのだが、耳許を虫か何かがうるさく飛び交っているらしく、往来を行き交う車の走行音のようにも聞こえるその低い唸りに眼を醒まし、あるいは眼を醒ましたあとに何某かの音が聞こえてきたのだったかそれも今ひとつハッキリしないのだが、つまりは覚醒直後の茫洋とした意識でということなのだが、それでも徐々に明晰へと移行してゆく意識のなかで、眼を閉じたまましばらく音を聴いていたらどうせ他の女のことでも考えていたんでしょうとまた淳子さんの声が膨らみ、というかその虫の羽音だか車の走行音だかがそのまま淳子さんの声なのらしく、もちろん淳子さんはそんな変な声じゃないのだが、殊更それを不審に思うこともないのは端的に寝惚けていたからだしいつだって寝起きはそんなふうだからで、いや、強ちそうともかぎらず、パッチリと目醒めて清々しい朝を迎えることだってあるにはあるがこのときはそうだったということで、そうして眼を開けて声のするほうへ首を廻すとバキッと骨が鳴り、もちろん自身の頸椎の軋む音で、それが思いのほか大きな音で驚いたが淳子さんへまでは届かなかったらしく、こちらの驚きようを不審げに見つめている淳子さんに愛想笑いで応えると首筋をさすりながら伏せていた座卓から身を起こし、知らぬ間に眠ってしまったらしいがほんの一、二分のような気もすればたっぷり二、三時間居眠ってしまったような気もし、全体どれくらい眠っていたのか問うてみると知らないとにべもないが三時間も寝ていたら呆れて帰ってしまっただろうから長くても二十分かそこらだろうと正面の壁に掛けてある時計に眼をやると三時四十分となっていて、とはいえそれは二週間くらい前から、あるいはもっと前からかもしれないが、いやひょっとすると最初っからそうなのかもしれず、というのもゴミの山から拾い集めてきたお宝のそれはひとつだったかもしれないからだが、とにかく電池が切れているのだろう、止まったままなので今は三時四十分ではないはずで、眺めているうちにしかし三時四十分であるかのような気がし、午前三時四十分か午後三時四十分かは分からないが三時四十分なのだとそう思い、そう思うことでいくらか安堵するとそれ以上の追求は差し控えて淳子さんのほうへ視線を戻すが戻したそこに淳子さんの姿はなく、気配はしかし濃厚で仄かに香る香水に今の今そこにいたことは明白なのだが隠れるところとてない狭い自室にその姿はもう影もなく、そんなわけで不意に現れたり不意に消えたりと忙しい身の上の淳子さんは暇を持て余している佐脇などに構っている暇はないとばかりに話半ばだろうがプレイの最中だろうが何の挨拶もなしに帰ってしまうのだったが、そうした淳子さんの神出鬼没には毎度のこと驚かされているから今さら驚くことはなく、とはいえ改めて考えるとそれは驚異以外の何ものでもないわけで、きっと忍者の末裔か何かに違いないとだから今では理解しているその淳子さんの残していった残り香の、フローラルな甘さの中に僅かながら潜む汗と体臭の、その渾然とした芳しさに陶然となってクンクン嗅いでいるうちにどうせ他の女のことでも考えていたんでしょうとまたそれが声と変じ、違う違うまったくの誤解だと何度言えば気が済むのかしれないが何度目かにそう答えるとフン、じゃあそれを証明してみなさいよできないでしょうそんなことで胡麻化せると思ったら大間違いよこっちへ来なさいほら早く四つん這いになって、そうじゃないでしょう四つん這いよ四つん這い、いつも嬉しそうにやってるくせに何勿体振ってるのほら四つん這いと興に乗ってきたらしく、もどかしげに身を捩(よじ)る佐脇に悪態を吐く仁王立ちの淳子さんは完全にプレイモードに切り替わっていて、その凛々しさにすっかり魅了されてしまった佐脇は言いなりに足下に平伏すと四つん這いになり、あら恥ずかしい恰好ねえと満更でもない声を聞きながら次に発せられる命令を嬉々として待つのだったが、そうしたプレイの常として焦らしに焦らされ、その間上半身は着衣のままだが下半身は脱衣という姿で、もちろんそれは淳子さんに命じられてのことだが、それが羞恥とともに興奮を齎してその足で嬲られるより前にモノはそそり立っていて、そのことに益々恥じ入りつつも弄くり廻され責められるうちに上り詰めてゆき、果てそうになるとしかし待てを命じられ、喉の奥から微かな嗚咽を洩らしつつ身悶えするその姿を楽しそうに淳子さんは眺めるのだった。