友方=Hの垂れ流し ホーム

08

とはいえそれ以上互いに踏み込むことはなく、協同して事態の打開を試みるということには、この場合それは会議を終わらせるなり中止するなりすることだろうが、理性に訴えてか暴力を行使してかは知らないが、とにかくそういったことにはだからならず、それぞれが自身の殻に閉じ籠もるようにして項垂れるよりほかなく、斯くも場違いな会議になぜ列席してしまったのかと佐脇は後悔の念に浸されるが、会議なんていつだって場違いなのだ少なくともオレにはと投げやりな思いとともにまた椅子の背に凭れそうになり、ギリギリで体勢を立て直したものの慌てていたせいか、疲れもあったろう、椅子が傾いで静まり返った一室に妙な軋みをあげてしまい、皆の視線が集中するのを回避すべくもないが、卑屈な愛想笑いで胡麻化し、いや胡麻化しきれてはいないが咎める余力もないということなのだろう、それら視線は一様に面倒臭そうに佐脇を捉えただけで、軽い吐息や咳払いや微かな身じろぎとともにまた思い思いの方向へ転じられ、といって誰の視線がどこへ向けられたかをいちいち確認などしていないしするつもりもないが何となく視野の端に捉えてはいて、そうしてこの場の全体をしばらく俯瞰するが、それを端緒に事態が、というのは会議がということだが、動きだすということもなく、むしろ前よりも尚重苦しい空気に包まれ、もはや誰にも、というのは列席の面々のということだが、この会議は動かし得ないのだということが確定されたとでもいうような、そんな雰囲気が濃厚となり、このまま中座も退席もできずに坐りつづけるよりほかないのだろうか、背凭れることさえ儘ならぬこの椅子に、決して坐り心地がいいとは言えぬこの椅子に、縛されつづけねばならないのだろうか、最早中止にも延期にも終了にも、というのは会議はということだが、ならないのだろうか、それが自分に科せられた罰なのだろうか、とはいえそんな罰を受けねばならぬ理由が分からず、仮に罰を受けねばならないとしても、科せられた罰に相当する犯したであろう罪が何なのか、せめてそれくらいは教えてほしいものだ、いやそんなことを口にするとありもせぬ罪を押しつけられるかもしれないからやたらなことは言わないほうがいい、罰を受けねばならないような罪を犯した覚えなど、これが罰だとしての話だが、そんなものはオレにはないと強く思い、身の潔白を証す手立ては何ひとつないがこんなことに唯々と従うわけにはいかないのだ、淳子さんの命令ならべつだが、というのもいかな命であれそれが淳子さんのものなら佐脇に悦楽となり得るからで、そうとすればこれもまた淳子さんの命令と見做すべきなのだろうか、そしてこの苦しみの果てには目眩くプレイが待っているとでもいうのだろうか、そんなはずはない、こんなことを淳子さんが命じるはずはないとそれら想念を佐脇は否定し去り、とはいえ何か根拠があってのことではなく、佐脇の内にある淳子さん像にそぐわぬというただそれだけの理由で、いや理由などそれで充分、というかそれ以上に尤もな理由などありはしないと決然たる面持ちで改めて面々に対し、とにかく一刻も早くここから脱すべきだとしばし考え、考えるのだが、何ら有効な策は見出せず、ただ闇雲に視線を彷徨わせることしかできないのがもどかしい。

そうして根っから諦念の染みついた面持ちとなった面々の間を、何か綻(ほころ)びでもありはしないかと視線は忙しなく動き廻り、どれくらいそうしていたのか知らないが張りつめた緊張の糸が切れたのでもあろう、卓へと、背のほうは危険なので、凭れ込んで両肘をつき長い吐息を控えめに洩らせば、ほとんど同じタイミングで面々も吐息を洩らす様子で、それが会議にひとつの区切りを齎(もたら)し、つまり今こそ会議を終わりにする好機と佐脇は、いや佐脇だけではなく面々の誰もが考えているはずで、それは面持ちにも如実に現れているのだが、それにも拘らず、つまり皆の考えが一致しているのにも拘らず、そこから先への展開にはどうやっても進んでいかないらしく、期待は脆くも崩れ去って最早どんな期待も懐き得ぬといった敗北感に色濃く染められ、軽い眩暈とともに少しずつ視野が狭まっていつか隣の様子さえしかとは見定められなくなり、さらには焦点が合わなくなって全体にピンボケ状態に、視力が弱いわけでもないのにきちんと像が結ばなくなってしまい、これはつまりもうおしまいということなのか、佐脇の物語は、これを佐脇の物語と言ってよければだが、これで幕ということなのか、こんなふうにして終わってゆくのか、終わるほかないのか、そうとすれば何とも締まりのない幕切れと言ってよく、もっと違う終わりかたはないのだろうか、誰もが涙する感動的な結末を、百万人が泣いたとかいうようなインチキな文句とともに、期待しているわけじゃないにしろ、というかそんなものは全然期待してないのだが、これではいくら何でも酷すぎるとそんなふうなことをぼんやりと考えていると、視野のどこか端のほう、果てしなく遠くに見える、といってピンボケだから近さ遠さといった距離感は掴みにくいのだが見えかたとしてそうだということで、その遠くのほうに窺える出入口の扉がある反対側の、一室の隅というのでもないが中心からちょっと外れた壁に近い辺りか、そこに淳子さんの影が過ぎり、というか過ぎったような気がし、気がしたということはつまり過ぎったということにほかならず、なんでそうなるのかは知らないがそういうことになっていて、だから確信を持って影のほうへ首を巡らせると間違いなくそれは淳子さんで、というか淳子さんの影で、そうして「何?」と妖しく振り返る淳子さんの影に助けを求めたのは何より淳子さんの命令が絶対だからだし、淳子さんに命じられればここから抜けだすこともできるだろうと考えたからだが、こちらがそれを望んでも淳子さんが応じてくれなければダメなわけで、しかもいつ帰ってしまうか分からない気紛れな人だから暢気に構えてもいられず、とにかく熱意を込めて懇願するしかないと縋りつけば、少しく焦らされはしたものの「しょうがないわね、じゃこっちへいらっしゃい」との命が発せられ、そうして佐脇は喜び勇んで席を立つがそんな佐脇に列席の面々は羨望の眼差しを向け、その熱い視線から察するに自分たちにも命令してくれることを期待している様子だが、淳子さんは佐脇だけの淳子さんだから佐脇以外への命令は何ら意味を為さず、つまりここから脱するには、脱したいと望むのなら、各人が各人の救いの女神を見出すよりほかなく、そういうことだからと皆の視線を振り払い、母親の迎えに喜び勇む園児宜しく淳子さんのほうへと向かうが、ひとり抜け駆けするようで気が引けなくもなく、とはいえオレにはどうすることもできないのだと独りごち、そうして会議を抜けだすと淳子さんとともにどこかうら寂れた路地裏を歩いているのだった。

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