淳子さんが叱りたいのか佐脇が叱られたいのか、恐らくその両方だが、互いに相手の気質を心得ていて言い合いながらもじゃれ合うように視線は絡みつき、いつかそれがプレイへと雪崩れ込んでゆくといったような展開を期待するが、期待どおりプレイがはじまることもあれば期待外れに終息してしまうこともあってなかなか思い通りに運ばないのがもどかしくもあり面白くもあり、そうした駆け引きそれ自体を楽しんでいる側面もあるにはあるが、やはり本体はプレイにあって何よりその実践を求めていて、求めているのだが、抑もプレイとは何か、いったいどんなプレイを淳子さんとしたというのだろうといった問いが一方にあることもたしかで、ふたりであんなことやこんなことをしたのだろうか、実はそんなことはしていないのではないか、ありもせぬことをあったことのように記憶しているだけではないのか、あんなことやこんなことと記しながらその実それがどんなことなのかを一向示し得ぬことからしてもそうした記憶の虚偽性を示してはいないだろうかと考え、そういえばいつもいいところで終息してプレイにまで至らないではないか、これまで数々のプレイを試みてきたはずなのにそれらプレイの数々をひとつとして思い返すことができないということは畢竟それらが存在していないということではないのか、記憶として存在していないどころか経験さえしていないのではないかとそう佐脇は考え、あるいはこれも薬のせいかもしれないが、何でも薬のせいにしてしまうのもどうかと思うがあらゆることが薬のせいで起きているからそう思うのも無理はなく、これもそうした薬の作用か副作用のうちなのだろうが、眩暈を覚えるとともに視界が歪み、それはそのまま世界が歪んでしまうということを意味するが、いや自身が歪み捻れているのかもしれず、というか世界は自身を歪ませるし自身は世界を歪ませるからいずれが主でいずれが従でといった違いこそあれどのみちいずれも歪んでしまうわけで、そうした違いに意味があるならべつだが、いやあるのかもしれないが、すでにして歪んでしまった世界を延いては己を前にして思惟もまた歪み、だから全然考えは纏まらず、考えの纏まらぬうちに眠ってしまったらしく、あるいは思考が途切れたところで眠りに落ちたのかもしれないし眠りに入る前に幾許(いくばく)か無思考状態にあった可能性も否定できず、思考の終わりと眠りのはじまりを示すその境界を特定することはだからできないし、ともすると無限に長い時間のなかを無思考の闇に閉ざされていたのではないかとさえ思えてくるが、そしてその考えはひどく佐脇を怯えさせるが、とにかく浅い眠りを眠って目醒めると相変わらず鹿爪らしい顔した面々が卓を囲んで黙り込んでいて、時折ひそひそと囁き合ったりしているが、その様子から会議は行き詰まったまま何の進展もないらしく、まあいつだって会議はそんなふうだが切り上げる端緒を掴めぬままダラダラとつづけられるのにはウンザリし、そのせいか皆浮かない顔をしているというかひどく疲れた面持ちだが翻って自身の面持ちも大概そんなふうなのだと諒解され、やり切れぬ思いに浸されつつ身を縮こまらせる。
面々の面持ちでおおよその察しはついたが具体的な進捗(しんちょく)状況はどうなっているのかと右手のほうにあるホワイトボードを窺うと、そこには四つの案件が掲げられていて、そのうち三つはいまだ俎上にさえ上がっておらず、いつ終わるとも知れぬ会議に佐脇は怒りさえ覚えるが、ふと見ると案件が四つから五つに増えていて、不審に思って見廻すがどこにも訝る様子は見られないから最初から五つだったのだろうと気を取り直し、しかししばらくするとまたひとつ増えていることに気づき、これにも誰ひとり懸念を示さないからこちらの思い違いだろうとやり過ごすがその後も案件は増えつづけ、誰の仕業か知らないが、いや知っているが、いややはり知らないのだが、最初の案件さえ片づいていないというのにその上さらに案件を増やすとはまったくバカげていると呆れ、呆れながらもこのバカげた会議を終わらせることはもう誰にもできないのだと観念したように椅子の背に凭れ掛かると身体はどこまでも沈み込んでゆくようで、いやたしかに沈み込んでゆき、尻の半分ほどがめり込んだ辺りで肘掛けを掴んで事なきを得たもののそうでなければ溺れていたと肝を冷やした佐脇はもはやどこにも逃げ場のないことを見せつけられたように思い做して誰に詫びるともなく、いや佐脇の詫びる相手は淳子さんよりほかにあり得ないからこの場合とてそれは淳子さんに対するもので、なんで私に謝るのよと言いながらも満更ではない淳子さんの笑みを脳裡に描いて少しく気持ちを高ぶらせ、そうしてこの場を乗り切ろうという腹だがなかなか思惑通りに事は運ばないらしく、といって困難や試練を乗り越えるのが物語の定石だからというのでは恐らくなく、あるいはそうなのかもしれないが、そうではないということのほうに考えは傾斜してゆき、そこには物語とはまたべつな作動原理が働いているのだと何の根拠もなく思うに至るもではその作動原理は何かということになると皆目分からないのだが、いや分かるとか分からないとかそういったことはさして問題ではなく、そんなふうに思いを致す佐脇というキャラクターにこそ焦点は結ばれるべきで、なぜといってこれはその佐脇の物語なのだから、そういうことになっているのだから、いや物語というのは正確ではないかもしれないが少なくとも佐脇について、佐脇を巡る何ごとかについて綴られてあることはたしかなのだから、とはいえそれは、そのことについて云々することは、さしあたってこの時点での佐脇の仕事ではないだろうから、いや抑も佐脇の仕事でさえないかもしれないが、とにかく無限会議に囚われの佐脇へと戻るほかなく、そこでは終わることのない会議が尚継続中で、淳子さんに詫びているのか項垂れた佐脇の姿があるのだが、その視線の先には配られた資料の用紙が乱雑に並べられていて、眼前にあるそれが空調の風でわずかに捲れあがっているのを何とはなしに眺めていたら、捲れあがったその隙間から何かが見え、こちらを覗き見るそれは何者かの視線なのらしく、いやハッキリと見えたわけではないからたしかなことは言えないのだが、何らかの気配めく存在をそこに感じ、それが気になって集中できず、いや、元より集中などしていないが監視されていると思うと落ち着かず、用紙の上にべつの資料を被せて難を逃れるが監視の目はここだけではないだろうといくらか警戒的になり、妙に気負い立つこちらの気配を察したかしてお前もかというような目配せが隣から送られ、そうなのだと頷き返すとまったくやり切れないよなと隣は呟き、一頻り苦笑し合ううちに心理的距離が縮まったのでもあろう、そうでなければそんなことは口にしないはずで、殊更用心深い質でもないがそういったことを回避するだけの処世は心得ているつもりの佐脇がそうしたことを口にするということは、それだけ切迫していたということを端的に示しているのだが、隣のほうへ上体を傾けつつ素早く周囲に視線を走らせながらいったいこれは何の会議なのかと訊いてみると「さあ」と隣も知らぬげに肩を竦めるのみで、そうして等しく会議の行く末に不安を懐いていることを確認し合うかに視線を交わすのだった。