その間も窓のほうが気になっていたらしく、時折そちらのほうへ眇(すが)めた眼差しを向けたりしていたが、気になるといっても陰ったり差したりといった明暗の変化に過敏になっていた程度で、その程度のことなら普段とさして変わりなく、といって天気が気になるとかそういうことでもなく、このところ変に気を廻しすぎというか、余計な神経を使いすぎているらしく、慢性的な疲労感や倦怠感はいつものことだがそれらが徐々に高じてきていよいよキャパを越えて溢れださんばかりになっているというように感じられ、疲れが溜まってると言えばそれまでだが、何の疲れかというと仕事疲れにほかならず、というのも生きるのにはまだまだ疲れちゃいないからで、そういうわけで疲れているのだろう、何でもないことが妙に気になってしまうというか、気ばかり焦って空廻りしているというか、まあいつだって空廻りしているようなものだが、とにかくそうした焦りも手伝ってかすべてを反古にしてしまいたい衝動に駆られ、そんなことできるはずもないのに、いや、あるいはいざとなったらそうした挙に出ることもあるかもしれないが、つまり最終的な権限がこちらにあるということを知らしめたいってことなのだろうが、そんなことしたらそれこそ反則というもので、白紙の紙を二、三枚クシャクシャしてお茶を濁すほかないがそれでもいくらか気分は和らぎ、いや和らいだとは言えず、なぜといって原稿へ向かう気が失せてしまったからで、露伴でも紅葉でもないからにはかかる一時凌ぎ的な文豪気分でどうなるものでもないらしく、もうこれ以上一文字だって書けやしないとそこまで悲観してしまったわけではないにしろ、いやあるいはそこまで悲観してしまっているのかもしれず、というのもそれからまったく書けなくなってしまったからで、書けないのは今にはじまったことじゃないがその書けなさの度合いが半端じゃなく、いよいよこの全部を、大した量ではないにしろ、これまで書き溜めてきたその悉くを反古にしてしまうことも視野に入れておかねばならないようだ、そうなることは望んでいないが覚悟はせねばならないと佐脇は手元の原稿を見据え、その手触りを確かめるように紙の上に指を這わせるが、ざらざらしているのかつるつるしているのかそんなことも定かには分からず、触った感触はたしかにあるしその感触は紛れもなく紙のそれにほかならず、プラスティックや金属や木材やのそれとは明らかに異なる紙の感触にほかならないということを、指というか感覚器官は過(あやま)つことなく捉えているのだが、いるはずなのだが、それでいて当の質感が茫洋として捉えがたく、紙と指の腹との間に何か齟齬が生じてでもいるような、近くて遠く遠くて近いとでもいうような、そうした知覚の不具合があるらしく、それでも執拗に指を這わせてその手触りを確かめようとし、そうした執拗さが捉えようとした当のものを却って取り逃がしてしまうことにもなるとなかば諒解しつつそれでも尚そうすることに固執する佐脇はいつか佐脇とは別様の何かに変じてしまいはせぬか、いやすでに変じてしまっているのではないか、それをしも佐脇と呼べるのか、呼べぬとすればいったいそれは誰なのか、そのとき原稿へは何と署名すればいいのか、佐脇じゃないとすれば佐脇と署名することはできないし、署名できないとすれば原稿は反古になってしまうほかなく、だから原稿に佐脇と署名するには佐脇は佐脇でなければならず、とはいえ何を以てして佐脇なのかということになるとそれはそれで厄介な問題で、佐脇は佐脇だといったある種逃げとも言える虚しい同語反復に陥らぬためにも心して掛からねばならず、いやすでにそうした陥穽に填り込んでいることだって考えられ、というのも佐脇が佐脇であることは自明のようにも思えるからで、ただ、たとえそうだとしてもそこに、というのは原稿にということだが、いまだ署名されていないその原稿に、しかしいずれは署名せねばならないだろうその原稿に、いよいよ署名せねばならぬときが来たら、来たとしての話だが、そのとき佐脇は佐脇と署名することができるのだろうか、佐脇が佐脇であるのならその佐脇が佐脇と署名することは至極簡単なことなのだが、自明のように思える一方で佐脇を佐脇と同定できない疑いもある以上、そのときになって尻込みしてしまうことはあり得ると予想され、というかもうほとんど不可能であるかのように思い做され、いまはまだそのときではないからいいようなもののいずれそのときは来るだろうし、いや今この瞬間にもそれは来てしまうかもしれず、来ないかもしれないが、そしてそれが来たときのことを思うと気が気じゃなく、なぜといって署名という行為の不可能性に、その越えがたい壁に気づいてしまったからで、ということはそれを回避する手立てを見出せぬかぎり、書くことをやめることもまた不可能となるわけで、いやそうじゃない、書くのをやめるだけなら話は簡単で、ただ筆を擱けばそれで済むはずなのだが、筆を擱いたら署名を要求されるに違いなく、それが誰かは知らないが、いや知っているが、とにかくかかる要求を斥けることは難しく、といって諾(うべな)うことも難しいとなれば原稿は反古となってしまうほかなく、それならそれで仕方がないがちょっと惜しくもあり、原稿がというよりそれに費やした時間が惜しまれるのだ。
いったいどれだけの時間をこれに費やしてきたのだろうとざっと計算したところ、いやそんな計算は無意味だしどうせ当てにならないからわざわざ記す必要もなく、それに、気づけば計算した紙もどこかへ紛れてしまったらしくて見つからないから記したくても記しようがないし、再度計算するのは面倒だし紙を捜すのはもっと面倒で、もしかしたら紙なんかないかもしれないし、というのは最初から計算などしてないかもしれないからで、ではどうして計算したなどと言ったのだろう、いや書いたのだろう、それはまあ計算したと思ったからだが、あるいは計算しようとしてやめたのを計算したと勘違いしていたのか、それとも途中まで計算してやめたのを最後まで計算したと思い込んでいたのか、いずれにしろ計算したと思っていたからで、思ってもいないことを口にしたわけではだからなく、といって思ってもいないことを書いちゃいけないわけではなかろう、ここにはそうしたことも書いてあるだろうから、どこにとは言わないが、とにかく今のところその事実は確認できないから計算したのか計算していないのかは分明じゃなく、分明にするつもりもないが、とにかくけっこうな時間を費やしてきたわけなのだが、その割に労多くして益なしというか、全体に無意味な作業のようにも思え、いや実際無意味な作業と言ってよく、いったいこれにどんな意味があるのかと問うてみたくもなるがそれに応えるのは佐脇ではないはずで、あるいは佐脇にもちょっとくらいはその権限があるかもしれないが、あってもほんのちょっとでほとんどないと言ってよく、だから問うことはしないが、そのけっこうな時間をよくもまあ飽きもせずつづけられたものだと感心しないでもなく、それが佐脇でなければならぬ理由はないと思うが佐脇でなければこうも長くつづくことはなかっただろうとも思い、まあ長い短いと一概には言えないにしても、それでもこうして書きつづけているのだから案外向いている仕事なのかもしれないとそう思い、それにまだまだはじまったばかりでこれからさらに長い時間を要せねば終わりは訪れないかもしれず、すぐ終わっちゃうかもしれないが、ただ本当のところは佐脇にも分からない、というか誰にも分からないのだろう、所詮世の中分かることより分からないことのほうが圧倒的に多いのだからと声にもならぬ声を響かせ、そしてそれをそのまま紙に書き記し、書かれた文字をゆっくりと眼で辿り直しながらそれを読み、さらに声を出して読み、そうして飽きるほど読み返しているうちに本当に飽きてしまい、それでもやめることができずに低い呟きを呟きつづけながら自身の視線の先にある紙の、その上に置かれている五指を前後にあるいは左右に動かしているが、しばらくしてそうすることの無意味を思い、なぜといってそうした身振りによって原稿の精が、そういうものがあるとしての話だが、召還されるわけでもなかろうし、召還されたら召還されたでそれはまたべつの物語となるはずだからこれ以上の言及は避けるべきで、それともそうしたべつの物語を必要としているということの端的な表れと見るべきなのか、そこのところがもひとつ分からないがさしあたってここでは無意味な行為に耽る佐脇ということに注意を向けるだけにしておき、そうして惚けたように項垂れる佐脇を脇から惚けたように眺めつつ、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと踵を返し、埃っぽい自室の床を音立てぬよう靴脱ぎのほうへ、といって淳子さんのように軋む床の音を消すなんて芸当は持ち合わせてないから一足ごと嫌な音を立ててしまうのだが、いやそんなに嫌でもないが、そうしてひとり佐脇を残して部屋を抜けだすと、あんな辛気臭いヤツにいつまでも付き合ってられるかと言ったかどうかは知らないが、さてどちらへ向かって進むべきか、それこそ足の向くまま歩きだせとばかり傾けた上体に牽引されるようにどちらかへ向かって佐脇は踏みだし、そのまま上体の傾くほうへ進んでゆくらしい。