そしてこれもまたどうでもいいことなのだが、段落と段落との間には大きな隔たりが、それからそれへの視線の移動はほんの一瞬にも拘らず、それこそ無限とも言える深い深い溝が横たわっているかに思えて仕方がなく、どうにかしてその溝を埋めることはできないものかと思案するもののこれといって策はなく、そのもどかしさを書き記すことでいくらか慰めにはなるものの根本的な解決ではないからいつかまた膨れあがってくるに違いなく、だから書きつづけるほかに術がない佐脇はそうした自身の状況を、終わりのない、出口なしの、地獄のような日々、とそんなふうに思っているわけではないにしろ、半分くらいは思ってるかもしれないが、先行きの見えなさに不安を懐いていることはたしかで、かかる不安が溝の深さをさらにも深くしてしまうのかもしれないが、そんなことはやはりどうでもいいことなのだと今書きつけたばかりの文字の連なりから視線を引き剥がせば、気温がいくらか下がったらしく足許を浸す冷気に「寒い」という呟きが、もちろん佐脇が呟いたのに違いないが、咳(しわぶ)きともとれる掠れ声でひとつかふたつ漏れ、物憂げに首を巡らせて窓のほうへ視線をやるとすでに日は落ちているのか薄暗く、それでも夜の気配はまだ立ち込めていないようで、そうした半端な時間帯の、淀みなく進んでいるようでいて停滞してしまっている無時間的な様相を辺り一帯は呈していて、どちらかといえば夜行性の佐脇だが、だからといって夜のしじまをこよなく愛しているわけでも昼間の喧噪を忌み嫌っているわけでもなく、端的に不規則な生活のしからしむところで、それでも夜よりも尚静けさの際立つその刻限を好んではいるらしく、空腹ではなくてもサンダルを突っ掛けて徒歩二分の定食屋へゆくのは大概そんな時間帯で、何度も通っている馴れた道筋もどことなく異なって見えてくるのをその都度不思議に思いながらゆっくりした足どりで、この佐脇にとってのゆっくりが誰にとってもゆっくりか否かは知る由もないが、時折現れる歩行者の、まさに比較対象としてのみそれは現れてくるのだが、その歩みに較べてゆっくりだと当の佐脇が認識しているそうした足どりで歩いてゆき、そうして自身のサンダルの響きに耳傾けたり傾けなかったりさらさらと靡く髪を掻きあげたり掻きあげなかったり白線を越えて車道側へ行ったり歩道側へ戻ったりするのだが、麻痺したような時間のせいか辺りはいつか知らぬ町へと変じてしまっていて、いつもの見知らぬ定食屋の店構えを仰ぎ見てちょっと小首を傾げ、いつもの鯖味噌煮定食を食べながら特に何も考えず、考えていなくても箸は動きつづけて鯖を一切れごはんを一口大根の味噌汁を一啜り沢庵を一囓りごはんを一口小松菜の煮浸しを一口ごはんを一口味噌汁の大根を一切れごはんを一口鯖を一切れごはんを一口沢庵を一囓りごはんを一口味噌汁を一啜り味噌汁を一啜りと箸は忙しなく咀嚼も止まらず、夕飯には早い時刻だから佐脇の他に客もなく、ひとり黙々と食べ、食べながら何も考えず、いや、ちょっとは考えるが言葉にもならない曖昧な、思考とも言えぬ思考で、あとにはだから何も残らない、というのも出されたものは残してはいけないときつく教えられてきたからで、だから太るのよと淳子さんに言われそうだが、いや実際言われたかもしれないが、いやたしかにそう言われたような気がし、返す言葉もなく潮垂れてしまったのを覚えているような気もするが、気がするだけでそんな事実はないのかもしれず、なぜといってそうしたいかにもありそうな情景を思い浮かべては悦に入るといったことが佐脇にはよくあるからで、そうした日々のなかでかかる類いの記憶と実際の記憶とは分かちがたく結びついてしまっていて、だからそれが事実なのか事実ではないのか佐脇にはもう判別できなくなっていて、これ以上遡及することはだから不毛だとやり過ごすとそそくさと表へ出てゆくのだったが、その帰りに、というのは定食屋からの帰りということだが、話の流れからもそうであることはたしかだと思うがあるいは違うかもしれず、とはいえこの際そうだということにしておくが、なぜならそのほうが万事都合がいいしそうしたからとて何の差し障りもないと思うからで、とにかくその帰りに行きしなには通らなかったコンビニへ寄り、そのときの気分次第で入ることもあれば素通りすることもあるがこのときは自然と足が向き、バイトらしき店員へ一瞥をくれてからそのバイトらしき店員を回避するように、べつに疚しいことはないが見られてると思うと落ち着かないから店員の前は避けて奥の棚へ向かい、バニラアイス一個を取り、二個はダメといった取り決めはなかったはずだが二個取ることはなく、もちろん三個でもなく、ついでにインスタント食品もいくつか補給し、菓子類にも食指が動くがそれは怺え、そして自宅アパートへ帰ってくるとテレビの前の座卓の前に陣取ってテレビを見ながら、というか眺めながらバニラアイスを食べ、食べ終えてもそこに坐りつづけて漫然と画面を眺め、笑うでもなく泣くでもなく眺めつづけているうちにいつか眠気が兆してくるが眠ったという意識はなく、つまり自身のうちで意識は連続していたのだが知らぬ間に眠ってしまったらしく、後頭部に強(したた)か打撃を受けて起き上がると左側に人の気配があり、そちらのほうを見ると不意にそれは掻き消え、といって消えてしまったのではなく、こちらの視線から逃れるように背後へ廻ったのらしく、衣擦れが背後から右手のほうへ移動してゆくのでもそれは分かり、その後を追うように左へと半身を捻るのではなく右へ向き直って待ち構えると右後方からむっちりと肉づきのよい太腿が現れ、デニム地に包まれてはいるものの肌が透けて見えるような気さえするそれは素肌より尚艶めかしく、徐ろに手を伸ばすと膝裏辺りに宛い、それから徐々に内腿へ滑り込ませてゆき、そうして上へ上ってゆくにつれ湿りを帯びてくるようだが自身の掌が汗ばんでいるのかそれを這わせている内腿が蒸れているのかは定かじゃなかった。
ぴったりと吸いついてしまったかに思えた掌だが、肝心の部分へ辿り着く前に手もなく叩き落とされてしまい、ああと嘆息を洩らしただけでしかし果敢に再トライする意気はなく、というのも二度目はさらに強く叩かれることを知っているからで、いくら佐脇がバカだといってもそれくらいの学習能力は備えていて、まあそれでも再三叩かれたうえでのことなのだが、そんなわけで再度手を滑り込ませることはなく、そのくせそうした威嚇なり攻撃なりは拒絶の表明というのでもなく、尻込みしているとそのことを咎めるように誘いを掛けてきて、その意に沿うようにと手を伸ばせば、それでもやはり叩かれ、どっちにしろ叩かれるなら攻めたほうがいいような気もするが長い間に染みついた行動パターンは容易に改められず、それでもしばしの逡巡ののち、といってあまり長いことウジウジと項垂れているとそれはそれでまたお叱りを受けることにもなるのでほんの一呼吸くらいだが、そうして見上げたそこに艶めいた姿はもうなく、それでも気配は濃厚に残っているからいつものようにその残り香に酔い痴れるのだが、そうした一連のやりとりを顧みて決まり切ったパターンに堕していはしないかとふと思い、いやむしろかかる決まり切ったパターンをこそ希求していると言えなくもなく、反面そうした堕落形態から脱したいとの思いもなくはなく、いや抑もそれは堕落なのかとなかば開き直るように問うてもみるが予定調和なりマンネリなりを希求することが堕落と言うならそれを堕落と言えなくもなく、とはいえ少なくとも積極的にそうしたものを願い求めているという認識は佐脇にはないから、そのかぎりにおいて堕落ではないと独りごつと背後で殺気立った気配が立ち、そんなの堕落に決まってるじゃないとピシャリと言われ、そう来るだろうとなかば予期してはいたが実際に突きつけられると何だか癪で、ここは怺えどころだといった真っ当な判断はありながら「でも」と異を唱えようとし、次の言葉を口にしようとしたものの二の句が継げず、つまりそれは端的にその指摘の正しいことを告げているのだが、そうした正しさに尚も抗うように「でもでも」と言い募る佐脇は苦しみ喘いでいるようでいて笑っているようでもあり、そうした己の姿を滑稽と見做しつつその滑稽さに浸るというか溺れるというか、もちろんそれは計算じゃなくて否応なしにそうなってしまうのだが、その語で以てすべてを代表せしめ得るとでもいうように「でも」を佐脇は連発し、そうした「でも」の内実を知悉しているかに、いやもちろん知悉しているに決まってるが、いくらか冷やかに、それでいて寛容さを目元に滲ませながらダメねえと淳子さんは笑うのだった。いや、叱っているのかもしれない。