時間にして小一時間くらいと記憶するがもっと長かったかもしれないし短かったかもしれず、その正確なところは今記す術がないし今後もそれを確かめ得る手段はなさそうに思えるが、正確を期すためには小一時間などという頗(すこぶ)る曖昧な表現は避けるべきなのだろうが、何も提示しないのも却って不親切だろうし長すぎたり短すぎたりする時間を想起させてもそれはそれで困るからここは敢えて曖昧な表現にしておくよりほかなく、ただ、それを記録したデータが存在することは薄々感づいていて、どこにかということまではしかし知らないし表向き存在しないことになっているらしいから知っていても公表はできず、だから曖昧にせざるを得ないのだが、曖昧とはいえ度を越した曖昧さというわけでもないだろうから何も提示しないよりはずっとマシで、仮に何も提示しなかったらそこに何らかの抑圧なり隠蔽なりがあるというような誤解を招くことにもなりかねず、そうしたことは事態を悪化させこそすれ良くすることはないだろうから可能なかぎり回避したいしその選択も誤りではないはずで、そういうわけで小一時間ということなのだが、そうして小一時間ほどが経過してただ寝転がっていることにもウンザリしてきたからか、それとも何か他の要因か、たとえば空腹だとか一旦意識から遠退いたカビ臭さに再度襲われたとかふとまたテレビを点けてみたくなったとか見たいテレビがあったのを思いだしたとか尿意を催したとか便意を催したとかずっと同じ姿勢だったために手足が痺れたとかドアの向こうで気配がしたとか殺気を感じたとか地震が起きたとか電話が掛かってきたとか電話を掛けたくなったとか不穏な電波を受信したとか喉が渇いたとか空腹だとか綺麗だとか汚いだとか冗長だとか、いや地震は起きなかった、それはだから除外してそれ以外のどれか、どれでもいいがたぶんそのどれかのせいで起きあがり、起きあがったのだが、起きあがった途端になぜ自分が起きあがったのかを失念し、完全に失念したというわけではないがぼんやりとした靄に溶け込んでしまって見定めがたく、また寝転がるのも癪だからそのまま起きあがりつづけて起きあがった理由については考えることなく所在なさを噛み締めていたが、それにも飽くとつと立ちあがり、疲れた身体を休めていたのにまた立ちあがるとは酔狂だが立ちあがるとひとつの目的を見出し、その目的へ向かって一直線に進むが、そんなふうに書くと敏捷な動きのように思われそうだが動作はひどく緩慢で、相応に疲労していることをそれは端的に示しているが、そうしてさっき全開した窓を閉め、目的を達して元の位置へ戻ると空腹なのかもしれないということに思い至り、とはいえそんなふうに思うところからしてそう大して空腹ではないのかもしれず、実際そう大して空腹ではなかったのだが、恐らく小腹が空いて軽食でも摂ったのだろう、というのもそんなふうにして半端な時間に半端に物を食うことがしばしばあったからで、というかファーストフードだったり菓子だったりと間食の多い食生活は昔っからで、三十をすぎてからは燃焼できずに蓄えられた脂肪が醜く身体を覆いはじめてもいて、そのことでは淳子さんにもきつく注意されているのだが、長い間に染みついてしまった習癖は改めようとして改められるものではなく、そうしたわけで大して空腹ではなかったのだが、そう思い至ったことについてはそれなり考慮に値するとそのときは考え、いやいつだってそう考えるだろうが、空腹にしろ空腹じゃないにしろ食べることに意識が向けられると何か口にしたいとの欲求が必然生じ、次第にそれは高じてゆくが、そんなふうに書くと非常な大食漢みたいに思われそうだがそうではなく、たしかに平均よりは食べるかもしれないがちょっと間食がすぎるくらいなもので、それでつい何か口にしたくなってしまうのだが、といってこれから買い物へ行く余力はないと判断され、備蓄のインスタント食品ならまだたしかあったはずと戸棚を物色するとラーメンとうどんと焼きそばがあり、こういった状況に於いてはまず菓子類で様子を窺うというのが定石なのだが、少なくもと佐脇にとってはそうなのだが、それらは悉く淳子さんに処分されてしまったのでこれらインスタント食品だけが口にし得るものなわけで、自ら処分することはあり得ないし食った記憶もないから淳子さんよりほかになく、といって淳子さんを非難しているわけじゃ全然なく、いやちょっとくらいは怨めしく感じているが自分の健康を気遣ってのことだろうしそうした心遣いは端的に嬉しいことだとそう思い、そして今もそう思っているが、今後もそう思いつづけるか否かは分からないしひょっとすると全然反対の思いになってしまうかもしれないが、今のところはそう思っていて、そうしてかかる思いを懐きながらラーメンとうどんと焼きそばを順に見据え、どれにしようかとしばし迷った末、ことによるとそのしばしは相当に長い時間ではなかったかと思われるが、なぜといって迷わずに物事を決定することに於いて、就中(なかんずく)複数の選択肢からひとつを選り分けることに於いて、佐脇の意志はかなりの頻度で路頭に迷ってしまうからで、ラーメンを手に取り眺め、焼きそばを手に取り眺め、うどんを手に取り眺め、またラーメンを手に取り眺め、また焼きそばを手に取り眺め、またうどんを手に取り眺め、そしてまたラーメンを手に取り眺めといった具合に延々くり返した挙げ句、いっそのこと全部を頂くわけにはゆくまいかといった不遜な考えまで懐いてしまうが、いくら何でもそれは淳子さんが許すまいしそれほど空腹なわけでもないからやはりひとつに絞らねばならず、迷いに迷った末、あまり重くないのがいいと緑色のパッケージを掴むと手首のスナップを利かせてそれを振り、振りながらラーメンと焼きそばにちょっと後ろ髪を引かれるが思いを断ち切るようにカサカサと鳴る音を聴きながら淳子さんの肢体に思いを巡らせ、その艶やかな肌の張りを思いだしたりしながら外装のフィルムを剥がすのにちょっと手こずり、粉末スープとかやくを入れて湯を注いで蓋をして三分間を待ちながらその肉づきの良い二の腕や汗ばんだ腋下や小振りながら形良い乳房や華奢に見えて意外としっかりしている腰回りから内腿へ掛けて口づけし、そうして熱々の麺を啜り込みながらその艶めかしい喘ぎや息遣いに耳傾けたりし、熱く潤った淳子さんの内側の奥深くへ入り込み締めつけられながらその汁を飲むが、やはりそう大して空腹ではなかったらしく一口二口飲んだだけでもういいとカップを座卓に戻し置き、そうしておいて淳子さんのほうへ向き直るとあまり抑揚のない低いトーンで「ねえちょっと」と淳子さんの声がし、そうした物言いが何を物語っているかということは経験上察せられたが卑屈に恭順の姿勢をとることはためらわれたから、いや大概のことには卑屈に恭順の姿勢をとるのだが、なぜといってそうすることが悦びだからだが、そう毎度毎度卑屈に恭順の姿勢をとってばかりいるとそのことに馴れてしまうため変化をつける意味で余裕の笑みを返せば、そんな取り繕った笑みなどまるで意に介さぬ様子で何か他のことを考えていただろうと冷やかな眼差しを淳子さんは向け、もう少し抵抗を試みたかったがその眼差しに射竦められてはもうどうすることもできず、仰向けになって腹を見せる犬のように頭(こうべ)を垂れて恭順の意を示せば、どうせ他の女のことでも考えていたんでしょうと見当違いのことを言うからそこはキッパリ否定すると、そんなふうに即答するところが益々怪しいと淳子さんは攻撃をやめず、こればかりはしかし肯定しようもないからあらぬ言い掛かりだとこちらも引き下がらず、その強硬な姿勢にいくらか気を殺がれたのか他の女という一点に於いては渋々ながら引き下がる恰好になるが、それでも注意散漫だったことは疑うべくもなかろうと指摘されればたしかにそれはその通りと諾うほかなく、ではそれについてはどう釈明するのかと尚も食い下がる淳子さんは叱らないから言ってごらんとでもいうような柔和な笑みを向けるのだったが、罠であることの明瞭な、ほらここに罠がありますよと言明しているような、いかにも明け透けな、隠そうともしないそれを罠と言えるか否かは分からないが、そうした罠に自ら進んで掛かることこそが暗黙の諒解事項というか、ふたりが築きあげた性愛の形なのではあるのだが、いや、そんなふうに諒解しているのはひとり佐脇だけで、淳子さんは淳子さんでまたべつな形でその関係を捉えているのかもしれず、そしてそれは大いにあり得ることで、自分はただいいように弄ばれているにすぎないのではないかといった懸念を折に触れ懐いているのだったが、目の前にチラつている罠というか餌というか、そうしたものにはやはり食らいつかねばならないとほとんど習性のように、というか性癖と言ってもいいが、食らいついてしまい、しおらしく詫びを述べるうちにも性的な高揚の兆してくるのが実感され、こちらのそうした兆候をすぐに察してしまうらしくしばらく観察するふうに覗き込んでいた淳子さんはもういいよもういいと呆れたように呟いて事態を終息させてしまい、これからいろいろなプレイがはじまると密かに期待していたのにそうしたあれやこれやがその一言で、いや二言か、頓挫してしまったためひどく落ち込み、どうにか脱せられそうだった鬱モードにまたしても絡めとられ、自力でそれから逃れることはやはり容易ではないと知るのだった。