友方=Hの垂れ流し ホーム

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再び眺めるそこはただ寝に帰るだけといった、もちろんそれだけではないだろうが、いろいろなことが日々に行われているのだろうが、あんなことやこんなことが行われているのだろうが、そのあんなことやこんなことの痕跡がどこにも、だからただ寝に帰るだけといった、そうした印象だけが漂うというか浮き彫りになるというか、うっすらと降り積もっていてどの面を覗いても、といって不躾な視線は控えつつさっと一瞥する程度だが、そうした印象を跳ね返してくる、ただ寝に帰るだけといった印象を、意図したものであれ意図せざるものであれ、もちろん掃除は行き届いているらしく塵ひとつ落ちていないが、目の前に浮遊するピンぼけの塵を除いて、いやよくよく探してみれば塵のひとつくらいは落ちているかもしれないがよくよく探してみるつもりはないので、それだけにただ寝に帰るだけといった印象がより強まり、それがまた簡素さに拍車を掛けるといった具合で、それらは強固に結びついて離れがたく、どちらが先でどちらがあとかなどということは愚にもつかない戯言のようにさえ思え、いや実際それは愚にもつかない戯言なのだが箱のなかの空気が常に循環しているように果てもなく巡りつづけて已まず、そんなわけで薄青いカーテンの片方が、外からの視線をいくらかは遮りいくらかは通すレース地の片方が端のほうで白くゆらめいているのは窓が、ほんの少しだけ窓が、そこから風が入ったり出たり、というか箱それ自体が呼吸しているとでもいうように吸ったり吐いたり、その呼吸を肌で感じながら窓のほうへ、縦に細長い小窓のほうへ視線を転じれば、それはまだ上昇しているらしく、途中他の住人なり訪問者なりに待ったを掛けられて一時停止を余儀なくされることもなくスムーズに動いてゆき、指定した階に達して停止するまでそれは上昇をつづけるのだが、もし仮にそうしたことになったら、他の住人なり訪問者なりに待ったを掛けられて本来停止するはずではないところで一旦停止を余儀なくされることになってしまったら、これまでのスムーズな流れに水を差すことになってこれからの展開にもそれは支障を来しかねず、というのは妙な空気に浸されて妙な空気から脱することができずに妙な空気を抱えたまま以後を乗り切らねばならなくなるからだが、幸いそうしたことには、他の住人なり訪問者なりに待ったを掛けられて本来なら通過するところで一旦停止を余儀なくされるといったようなことにはならずに済み、微かなモーターの響きに包まれて妙な安堵さえ覚えるが、というか安堵するとともにモーターの響きが意識の領野へ流れ込み、それまでも響いていたに違いないのに届くことのなかった響きがそれとして届いて、というのは微かなモーターの響きが微かなモーターの響きとして、過不足ない響きとして、ネガティブでもなくポジティブでもなく、あらゆる意味づけから遊離して、というか意味づけされる前の状態で、つまり微かなモーターの響きとして、というかむしろ単なる振動として、とはいえすぐに意味づけされてしまうのだが、微かなモーターの響きと認識してしまうのだが、とにかくそれはまだ上昇しているらしく、プログラムされた通りに一定の速度で、たとえ急いでいるとしてもその意を汲んで速度を上げることは絶対になく常に一定の速度で、つまり真面目一辺倒の開発者たちによって作られた融通の利かないシステムというわけで、いやあるいはそうしたものに価値を見出す利用者の意を汲んで作られているのかもしれず、そうなると融通の利かないのが開発者なのか利用者なのか俄には決めかね、微かなモーターの響きのなかで揺れていると、その微かなモーターの響きの奥から声が、いや奥というか手前というか、すぐ近くで声が、ずいぶん早かったのねと言ったようにも聞こえ、何と答えたものか、何もすることがないのだベンチに腰掛けて微睡む以外に何も、とでも言えばいいのか、果してそう答えたのかそれとも違ったふうにか、あるいは全部を飲み込んだのかたしかなことはもう、いやたしかなことはカーテンが、仄青く翻ったカーテンが、それは窓が開いているからで、ほんの少し開いているからで、だから目に仄青く焼きついて、いつまでもそれは翻りつづけて今も尚それは翻っている、とそう思ううちにも仄青く翻るそのひらひらした部分に、届きそうで届かない微妙な距離を保ちながら翻るひらひらした部分に手を伸ばし、掴めそうで掴めないひらひらしたその部分は腰の辺りを中心に前後へあるいは左右へ振り子のように行ったり来たり、誘っているのか拒んでいるのかそのいずれでもないのか気ままに行ったり来たり、そうして界隈を目的も定めず行ったり来たり、いや目的はあるのかもしれないが曖昧なままで、とはいえそれをはっきりさせることが目的ではないので曖昧なままにしておき、ただはっきりしているのは二列に並んだボタンのうち一箇所が、べったりと指紋が付着しているだろうその一箇所だけが点灯しているということで、なぜといってそこを押したのだから、押して点灯させたのだから、それによって箱は上昇するのだから、そして今も上昇しているのだから、すぐに停止するにせよ今はまだ上昇しているのだから、そうして界隈をいくつもの辻を、埋立て地だからか道はいずれも直角に交差し区画は碁盤目状に配され、馴れないうちはどの辻に立っても同じ相貌で現れて曲がるべきところをひとつ間違えたらもう、それでも古い家並みと新しい家並みといくらか異なる相貌は認められ、その僅かな差異を記憶に留めつついくつもの辻を背に負いながら足取りは重く、というのは膝がもう、だから戻ると頽れるように坐り込んでしばらくは立てないが、いや立てるには立てるが無理しないほうがいいと言うのでそれに従い、そんなわけで昨日からずっと、いやもっと前からかもしれないが両の手をポケットに突っ込んで蠢かしながら、眇めた視線を送りながらまた微睡みのほうへ、横になったらしばらくは起きられないと知りながら、匂いがすぐ横を掠めて通るのを、というのは女のだが、幾度も通り過ぎるのを肌で感じながら、衣擦れの音さえ肌に纏わりつくようで、そのさらりとした感触がいつか粘り着くような、汗塗れの肌を密着させでもしたような、というか密着させて寝苦しい夜を、汗なのか粘液なのかそれとも汗と粘液の混じり合ったものなのか、そのすべてを飲み尽しても飽き足らないというように寝苦しくも芳しい夜を、いや夜はまだ遠く、そろそろだがまだ遠く、それとももう暮れてしまったのかこの静けさは、どこか遠くで何かのモーターの音が低く唸っているのが聞こえるが、それは誰かが箱を動かしているからだろうか、それはきっと自分に違いない、今まさにここへ向かっている自分に違いない、とそう思いながら狭い通路をゆっくりと、靴音が響き渡るのを気にして、コの字に曲がった通路を奥まで、右廻りにか左廻りにか、通り過ぎる扉はどれも同じで区別もつかないが数字が異なり、つまり数字の違いが扉の違いを表しているらしく、だから間違えることはないが、というか身体が覚えているので違う扉の前に立つことは決してないのだがその前に立つと、果してここで間違いないのかもうひとつ奥ではなかったかあるいはもうひとつ手前では、とそうした疑念が過ることも、脇のボタンを押すまでのほんの僅かな時間にもせよ、聞き馴れぬ声で不審も露わにどちら様ですかと問われたとして果して何と返すべきか、返す当てはあるのか、というか抑も何を返すのか、ボタンを押しても尚しばらくは終息することなく当てのない返済に苦慮し、それでもどうにか返済はつづけているが完済の目処は立たず、催促の電話に悩まされて夜も日も明けぬというのではないにせよ、とはいえそうしたすべてが徒労にすぎないことを女の声が、一旦電気信号に変えられて肉声とはいくらか異なる乾き切った艶のない声が、もちろん肉声は乾き切ってもいないし艶もある、つまり電気信号が潤いと艶とを奪ってしまうらしい、その声に導かれてようやく、ただ寝に帰るだけといった簡素な、生活の痕跡の見られない簡素な、もちろん探せば見つかるだろうが、いくらでも見つかるだろうが、一瞥しただけでは見逃してしまう簡素な箱にようやく女の声が、もちろん肉声で響き、潤いと艶のある肉声で、それだけで簡素な箱が華やぐから不思議だが、まあ華やぐと言っても高が知れているが、簡素であることに変わりはないのだから。

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