見馴れた光景に息を呑むとはしかし面妖で、それでもまるで見も知らぬ女の寝姿とそれは映り、規則正しいその寝息に引き込まれるようにそちらのほうへ寝返り打つと、いけません、と寝息の奥からいやにはっきりと、寝言とも思えぬほどの口吻で、もちろん寝言に違いないのだが、いけません、ともう一度、それが妙に艶(なまめ)かしく、とはいえそうきっぱりと拒絶されてしまえばそれ以上手も出せず、もとよりそのつもりはないにせよ禁止や拒絶の身振りが却ってその侵犯へと誘うということもあり、妙な斑気(むらき)に動かされて首を擡げると、いけません、とこれには拍子抜けして、というかツボに填り、一頻り声のない笑いが一室を満たすが、そのちょっとした空気の震えを感じたのかして、笑いごとじゃありません、と叱責の口調になり、そこに生真面目な気質が表れているようで、笑ってはいけないと思えば益々笑いが高じて怺えきれず声が、それにはしかし反応はなく、掠れた笑いが如何にも弱々しく響きそして消えゆくなか、前より以上に際立ってくる寝息に包まれてまた微睡みのほうへ、というかここはすでに微睡みの内か、さっきまでベンチにいたはずなのに、そこで尻と膝との鬩ぎ合いが演じられていたのに、それはすでに遠く、つまりベンチのほうが微睡みの内なのか、どうもそうらしい、違うかもしれないが、まあ違っていようが違っていまいが四囲の様子に変化はなく、それを眺めるこちらの眼差しが変化したということか、というのは翳ってもいないのにさっきより一段と暗さが勝り、静けさも一段と増した様子だからで、そうした要素は、暗いとか静かだとかいった、どちらかというと負の性質を帯びやすい要素は、この場を離れる切っ掛けとしては申し分ないのだが、勢いが足りないのか、すり鉢状に窪んだその際深部で、いやもうすり鉢状に窪んではいないが、見通しの利く、視界を遮るものもない広場の端で、何もない広場の端にあるベンチで、尻に馴染むベンチで、とはいえある一定時間を超過しないという条件のもとでだが、何を見ているのか何が見えるのか、というか何を見ているわけでもないし何が見えるのでもないが、それでも目を開けているからには、飛び交う光の侵入を許しているからには何かが見えてはいるわけで、その見えている何かが何なのか、それによって微睡みの内か否かも分かるのだろうか、分かったためしがあっただろうか、とにかく見えているものが何なのか、さしあたりそれをはっきりさせなければ、と見えているものを捉えようと凝らしたり眇(すが)めたり見開いたり瞬(まばた)いたり、をくり返しているうちに視界を横切る影が、眼球の動きに連動して動くそれはゴミのように目の前を浮遊して見ることを妨げ、決して焦点の合わない常にピンぼけのそれは右と左とでそれぞれ数個ずつ、日によって増減することもなく常に一定の数だけ存在しているが正確にいくつあるのかは分からず、というのも数えようと追い掛けると逃げてゆくからで、そうしてちぐはぐな動きでこちらを撹乱しつづけ、だから見えているものが何なのか、見えないものを見ようとしているとすればそれを見ることは叶わないのか、それでも尚見ようとするのはいったい誰の差し金か、たとえば首を捻ると、右でも左でも大差はないがさしあたり右としておこう、といって確証はないのだが、右と左とではまったく異なる結果を齎すかもしれないのだが、というのは左右対称に見えてその実左右非対称なのだから、とはいえこれは仮定の話なのでそこまでの厳密さは不要だろうと便宜上右としたわけで、だからお望みならそれを左としても差し支えないが一旦右としてしまった以上変更するのもアレなので、というのは却って作為的な印象を与えるかもしれないので、まあそうした印象を与えたところで知ったことではないのだが、誰にかは知らないが、とにかく不公正をよりは公正を旨としたいので最初に挙げた右を堅持することにして、そんなわけで右に捻ると果して捻っただけ視界は変化する、当たり前のことだが見えるものは常に移り変わって同じところに留(とど)まっていてはくれないわけで、同じものを見ているつもりがいつの間にか異なるものになってしまっているということも、というか抑もそれは同じものなのか異なるものなのか、とそんなふうなことを思い巡らすうちにもそれはいつか人の姿となり、というのは視界を横切ってはある一定の暗さを齎す影だが、あるいは最初から人の姿だったのだろうか、ベンチに腰掛けていて目の前を何かが過ったとすればそれは人よりほかにないだろう、とそうした臆断が目の前の影を、ただ影にしかすぎないものを人の形と認識させるのではないか、人の認識とは抑もそれほど堅牢なものではないのだし、そうとすればそれを人と見做すのは早計かもしれないのだがすでに人と見てしまったものを覆すことは困難らしく、騙し絵から老婆の姿が浮かびあがってしまえばもうそれ以外には見えないのと同様にもはやそれは人の形を為していてそれ以外のものになってはくれず、そうして人の姿が、眼球の動きに連動して浮遊するゴミのようにではなく、ちぐはぐな動きでこちらを撹乱することもなく、もちろんピンぼけでもない人の姿が、わずかな上下動で滑るように、右手のほうからやって来て左手のほうへ、それとも左手のほうからやって来て右手のほうへか、買い物帰りの主婦かそれとも仕事をさぼっているどこぞの営業マンか、あるいはこれから買い物に行く主婦かそれともいそいそと社へ戻る営業マンか、縦に細長いシルエットの真ん中辺りが膨らんでいるのは買い物袋かそれともビジネスバッグか、いや抑も男なのか女なのか、人であることはたしからしいがそれ以上のこととなると何ひとつ、逆光で影になっていることを差し引いてもその像は暗すぎるというか見えなすぎるというか、何か霊異の類いかと、そういったものには暗いほうだが、喜ぶべきか悲しむべきかそれは分からないが、脳裡を掠め、声を掛けるのがだから躊躇われもし、折角のチャンスを、もう二度と来ないかもしれない機会を逸してしまったと嘆いても詮ないが、遠離る影を目で追いながらその縦に細長いシルエットの細部を捉えようと尚足掻き、というのは凝らしたり眇めたり見開いたり瞬いたりだが、足掻いたところで影が影でなくなることもなく、引き返してくることももちろんなく、それとも引き返してきたのだろうか、こちらの訴えに、尻の哀訴とでも言おうかそれとも膝の愁訴と言おうか、気づいて戻ってきたのだろうか、義心に駆られてか捨ておけない質なのか単なる好奇心かそれは分からないが、そうして無事にベンチを立つことができたのだろうかめでたしめでたしとなったのだろうか、助かりましたと深々頭を下げたのだろうか、そんな莫迦丁寧な辞儀は却って不審を招くとさらっと礼を言うに留めたのだろうか、だから相手の顔も憶えてはいないのだろうか、再び路上ですれ違っても気づくことなくその節はどうもああいつぞやのと微笑み合ったりもしないのだろうか、見上げると午後の陽差しが人気のない広場を気怠く照らしている様子で、その陽差しを浴びながら何を見ているのか何が見えるのか、人気のない広場を眺めているのには違いないがほとんど記憶に残らないそれらはいったいどこへ、いやどこへも行きはしないが、かといってここにあるというのでもなく、ではどこにあるのかと訊きたいが訊くとしても誰に訊けばいいのか誰が答えてくれるのか、誰も答えてくれないとすれば自ら答えを見出すよりほかないが、そう簡単に見出せるものではないからさしあたり暫定的なものをその都度掲げてやり過ごすしかないわけで、これまでそうして悉くを暫定で済ませてきたように、だから腑に落ちようと腑に落ちまいとそんなことには関わりなく暫定を、一時凌ぎの、その場かぎりの、前へ進むためには已むを得ない、実際進んでいるのか否かそれは分からないにせよ、暫定を。