友方=Hの垂れ流し ホーム

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そんなわけで自宅の蒲団で床に就き、出先のホテルのベッドで目を醒ますということも、あるいは出先のホテルのベッドで眠りに就き、自宅の蒲団で朝を迎えるということも、つまり一夜にして何百キロも移動していることになるがもちろんそんな魔法めく出来事が起きるはずはなく、端的に記憶の混濁として片づけられる体のものだろうが、そんなふうに思うのは、というのは何百キロも移動しているということだが、目醒めた直後だけで、つまりまだ夢の世界にたゆたっているような、ファンタジーの世界を現実と見做してしまう微睡みの内にある起き抜けの虚ろな意識に於いてのみだということで、最近は馴れたものでまたかと思うくらいだが、それで事態が明瞭になるわけではなく、混濁は混濁として残り、それを元の正しい配列に、時系列的に正しい順序に、というのは過去から現在へ向かってということだが、あるいは現在から過去へ遡ってということだが、当の記憶を配置し直すことは、間(あいだ)が抜け落ちているその間の記憶が欠落しているためにもうほとんど不可能に思われ、というか恐らく不可能なのだがそれでも探せば見つかるかもしれないと昨日からずっと、いやもっと前からかもしれないが、何かに目を向けるとか何かを思いやるとか、つまり何かひとつのことに焦点が合ったりした場合に自ずと探索の形に強張るというか弛緩するというか、というのは傍目には虚(うつ)けたように映るらしく、酒の席なら酔ったように装って胡麻化すこともできるが、それ以外の場合は、というかほとんどそれ以外の場合なのだが、曖昧な笑いで濁すよりほかなく、それでも尚訝りの目を向けてくる者には無視を決め込むほかないが、とにかくそれで何かが見つかるのならいいが往々にして何も見つからず、というか何もないのだから見つかるはずもないが、癖のようなもので、儀式と言ってもいい、今ここ、という時間と空間とから一定の距離を置くようにして眺めやるその眺めやりに幾許かの慰安を、だから何某かの結果を欲しているのではなく、惰性といえば惰性だが結果などというのものはいずれ取るに足らないものだ、とそう思いながら、いや儀式は言いすぎか、いずれにしても夜は明けてしまったらしく、朝を迎えてしまったらしく、起きなければいけないらしく、いや、らしくではなく起きるのだがまだ猶予はありそうで、なぜといって目覚ましが鳴らないからで、それまではだから、目覚ましが鳴るまでは、その癇に障る電子音で起床を促されるまでは、そうして弾かれたようにとは行かないが、もう若くはないのだ、いや若いころから弾かれたように行ったことなどなく、とにかく半身を捻り腕を伸ばして手探りに解除するわけだが、しばらく経っても目覚ましが鳴る様子はなく、もう鳴るだろうとそれからさらに待つが一向に鳴る気配はなく、何が起きたのか何が起きているのかと擡げてくる訝りに少しく動じ、その動揺を鎮めようとしてだろう、大した動揺ではないにせよ神経が波立っているのは、況して蒲団のなかで、やはり宜しくないからで、そんなわけで目覚ましが鳴らないことについて思いを巡らせてみるが、いくら思いを巡らせてみても首肯できる尤もな理由は見出せず、とはいえそうすることで、思いを巡らせることで、考えられる原因をひとつひとつ挙げてゆくことでいくらか鎮静へと向かいはして、それでもどこか意識の片隅で燻りつづけているらしく、ある瞬間に何の脈絡もなく、いや脈絡はあるのかもしれないが意識の与り知らないそれは無意識の脈絡とでも言えばいいのか、ふと匂い立つようにして再び擡げてくるそれを再び払い除けながら、横たえた身体のほうへ意識を、それが横たわっている場のほうへ意識を、とはいえその場はいったいどの場なのか、人気のない広場の端にある、風が吹くと後ろのほうで木の葉だか草叢だかが鳴り渡る広場の端にある、一旦腰掛けてしまうとなかなか立ちあがることができない木製のベンチ、とそう言って済むなら話は簡単なのだが、無理やり済ませてしまうこともあるいは可能かもしれないが、そう言った矢先に視界は闇に閉ざされ、全き闇ではないにせよ物の輪郭がぼやけて隣り合う物どうしが渾然とひとつになるかのような、そうした闇に閉ざされて、全身を薄い蒲団に包まれながら軽やかな寝息を聴きながら微睡みのほうへ、もちろんそれは自身の寝息ではなく、自分で自分の寝息を聴くことは、間接には可能だが直接には不可能なので、なぜといって寝ているから、抑も聴くとは意識によるものだし眠りとは意識の不在にほかならないのだから、とにかく隣で眠っている女の立てる穏やかな、耳に心地よい寝息にそれはほかならず、その寝息と呼吸を合わせるというか、いや合わせるつもりはないのだが自然と合ってしまうというか、そうして静かに寄り添うように微睡みのほうへ少しずつ、うまく行けば心地よい眠りが訪れるが必ずしもうまく行くとはかぎらず、ここは微睡みの内かそれとも微睡みの外かと思い巡らせているうちに夜が、閉ざしたカーテンの縁の辺りから明るんで、もう時間もないと焦るうちに目覚ましが鳴ってタイムアウト、已むなく蒲団から抜けだすというようなことも、だから眠ったのだか眠っていないのだか分からないような睡眠で、そんなことを夜毎くり返してもう何年にもなるが、その割りに昼間眠気に襲われるようなこともそうはないのだからよくできたもので、細切れの睡眠でも身体は休まるということかそれともいつか不具合が出てくるのか、不具合といってそれはどんな不具合か、ちょっと躓く程度のものかそれとも命に関わることか、まあ命まで取られることはないだろうが、でもあるかもしれない、とそう思うと余計眠りは遠離り、目覚ましで跳ね起き急いで仕度して部屋を出るが気づけばまだ蒲団のなかというように、遠離ったようでいてすでに眠りの内にあるということも、いやそれはないが、でもあるかもしれず、いずれにせよ目覚ましが鳴らないのは休日で、というのは休日くらいゆっくりしていたいからだし休日くらいしかゆっくりできないからでもあるのだが、今日が休日でなければ必ずそれは鳴るはずで、それなのに鳴らないのは誰の差し金か、とにかく鳴らないとなると自ずと鳴るのを待つ構えになり、秒を刻む針の音に、その音だけに耳は強張り、そのせいかほんの小さな、眠りの妨げにならないほどの小さな音なのに途轍もない音量でそれは耳を聾し、そうして秒ごとに刻まれる音が届くたびに期待と落胆とを噛み締めながら、耐えがたい静寂に浸されて、いやそれほど耐えがたいわけではないがそれなりには耐えがたいのだろう、そのうち急き立てられるようにはね除け、というのは蒲団をだが、ゆっくりしたいのにゆっくりできない質なのらしい、そうしていつもより早く起きてしまうことも、鳴るのか鳴らないのか気を揉みながら正確に一秒を刻んでいる針の音に耳を傾け、それ以外の音は受けつけないとでもいうように、それなのにいつまでも鳴らないのはやはり休日だからなのかそれとも尻が、というか背中が、まだベンチを押さえ込んでいるからなのか、たしかにその感触は、身動ぎするたびに肩胛骨の辺りに響くその硬い感触は、柔らかく包み込んで面で支える蒲団のそれとはいくらか異なり、いやいくらかどころかまったくべつのもので、やはりここは、とそう思ううちにも目覚ましが鳴り響いて思いきり腕を差し伸ばすというような、何となくそうした予感があったのだが、やはりここは人気のない広場のベンチにほかならず、匂いで分かる、元より匂いに敏感なほうではないがそれくらいは嗅ぎ分けられるし、少なくとも男か女かくらいは、というのは影のことだが、そしてそれは女の匂いで、女の匂いを纏った男でなければの話だが、とにかく匂いが掠めてそこに注意が向けられ、向けられた先に当の匂いが、というか女がいたわけで、いつからそこにいるのか、というのはベンチにだが、浅く腰掛けて揃えた膝の上に置いた手を、華奢な手を、白い手を、というか白く見える手を、右掌で左掌を包み込むようにして、そうして軽く握られた左掌を見据えるような眼差しにこちらもつい引き込まれ、そこに何かが握られてあるとでもいうように、隠された秘密があるとでもいうように、だがいったい何の、と湧きあがる興を抑えきれず半身を乗りだす勢いで覗き込む。

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