友方=Hの垂れ流し ホーム

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05

その視線に気づいたらしく、というかあまりに露骨な身振りだから気づかないほうが不思議だが、視野の隅のほうに不審な影が揺らいだとでもいうような、何かその程度の微かな偏差を捉えたとでもいうような、そんな反応で振り返ると、いけません、と咎めるふうでもしかしなく、というか焦点が合っていないようで、こちらを素通りして背後に視線は注がれて、その先には誰もいないがその目はたしかに誰かを捉えているらしく、それが誰なのかは知る由もないが、その誰かと視線を交わしている当の視線を捉えることはついに、というかやはりできないまま、それはまた元の位置へ、握られた左掌へと戻されて、そうしてこちらの問い掛けを拒むような、というかやんわりと受け流すような、構えているようで構えていない構えていないようで構えている、そんなふうな佇まいでどうにも捕えどころがなく、というかいつだって捕えどころがないのだが、こちらの囲いを逃れてゆくというかすり抜けてゆくというか、当人にその自覚があるかどうかはべつとしてその手並みには舌を巻き、もとより張り合おうとか捻じ伏せようとかそうしたことができるなどと考えてはいないが、寄り添うというよりは傅(かしず)くといったほうが近いだろうか、傅いているわけでは決してないが、ただ傍にいるだけなのだから、だとすれば傅くより寄り添うのほうが妥当かもしれないが、それでも傅いているような気が、甲斐甲斐しく世話しているような気が、そんなものしかし、いったいどこから湧いてくるのか、いずれにせよ何も言わず立ちあがってどこやらへ歩きだすのを、というのは女がだが、その軽い身熟(みごな)しに病の徴候はないと見て、足の運びも安定しているし危なげない歩行にもそれは見て取れるが、数歩の距離をおいてそのあとにつき従いながら、むしろこちらのほうこそ覚束ない足取りではないかと膝に負荷が掛かるたびに傾いだり縺れたりするのを訝り、次の辻まであとどれくらいと目測してはその長さに怯んで遅れがちになるのをどうにか取り返してもすぐにまた次の辻が遥かに望まれ、もうこれ以上は、いやあともう少し、とつき従いながら界隈を、そうしていつか遅れを取り返すことができないほどにも拡がり、というのは距離が、声も届かないほどの隔たりが、いや思いきり叫べば届くかもしれないがそこまでするのは躊躇われるし、傍にいても必ずしも届くとはかぎらないし、逆に囁くほどの声でも、いやたとえ声に出さなくてもそれが向こうへ届けば一挙に距離は縮まるだろう、つまり物理的距離の問題ではないということで、意志は距離を超越しているということで、とにかく追い掛ける気は疾うに失せ、ひとり辻に佇んでその姿の見えなくなるのを待って踵を返すその足でどこへ向かうのか向かっているのか、さしあたり例のベンチではなさそうで、というかむしろそこからの、というのはベンチからの、帰途と見るのが妥当と思われるが、それにしてもよく無事に立ちあがれたものだといつもながら不可解で、尻にも膝にも負担を掛けない尻からも膝からも不平の出ない尻をも膝をも屈服せしめるそんな立ちあがり方をついに発見したのか、そうとすれば不安のいくらかは解消するのだが、解消されたとの実感はなく、ではどうやってと謎は深まるが、謎といって殊更大仰に考えることでもないのかもしれず、ただ立ちあがるだけのことなのだから、足腰立たなくなるのは、立たなくなるとしての話だが、まだずっと先のことだろうから、まあ歩行に若干の困難はあるにせよ今はまだ普通に歩けるわけだし、何が普通かは知らないが、歩き方にもそれぞれ癖はあるだろうし、というのは人によって、そうした癖の範疇に納まる程度の偏差と見做して目を逸らしているうちにいつか取り返しのつかないことになる、とそう思いはしてもかかる認識を改めることは難しく、そのときはそのときと潔く、とはいえそのときになったら慌てふためくに違いないが、潔いとはだから言えないが、というか元より潔さなど持ち合わせてはいないが、それでも今はまだ、とそう思ううちにも背後で気配が、消えるどころかさらに色濃く、だから距離は再び縮まって、隔たるほどに近づいてすぐ後ろに、今度は向こうがこちらに従う恰好で、足音も聞こえてきそうだが、いやたしかにそれは聞こえていて、もちろん足音を聞いただけでそれが誰なのか識別できるわけではないのだが、間違いなくそれは女のものだという確信が、だから振り返るまでもないと振り返ることもなく、そのまま前を向いて次の辻まであとどれくらいと目測しながら、さてどこへ向かったものかと思案しながら、ベンチに戻らないことだけははっきりしているが、そう言いながら舞い戻ってしまうことも、いやそれはないが、でもあるかもしれず、とにかく前を見て前だけを見てどこへ向かっているかはさておき、というかすでにそれは了解済みで今さら蒸し返す事柄ではないということも、そうとすれば下手に口にすることはできないし向こうから何か言ってくるまではこのまま歩きつづけるほかないと歩きつづけ、そうしてどれくらい歩いたか知らないが、いくつかの辻を過ぎ、それでも何も言ってこないところを見ると、大人しくついてきているところを見ると、さしあたりこの方向で間違ってはいないらしいと尚も歩きつづけ、とはいえいったいどこへ向かっているのか、それは女が知っているはずだからその指示に従うまでのことと背中に意識を集めつつ手足を前へ繰りだしつつ、さらにいくつかの辻を過ぎ、それでも何の指示もないから不安になり、何も知らないこと知らされていないことに対するそれは不安にほかならず、最初は小さな火種でも徐々に燃え広がるということもあるし、それを否定できないとすれば今のうちに消し止めてしまうのが妥当な選択だと判断するが、というのはどこへ向かっているかについて問い質すということだが、訊いていいものかどうか尚躊躇いが、それでも次の辻を過ぎたら訊こうと決め、そうして次の辻に差し掛かり何歩かでそこを過ぎるが言いだせず、次の辻こそはと決意するが次の辻も何歩かで通り過ぎる間に問いは発せられず、次こそはと誓うがまたしても黙したままで、というのもいけませんと咎める声が問う前から響き渡るような、というか口を開こうとするとその残響が耳に、咎められると決まったわけでもないのに耳が、それはつまり訊いていいものかどうかという躊躇いが耳を狂わせ、ありもせぬことをさもあったかのように思わせるということなのか、それとも実際に声として届いているのか鼓膜をそれは震わせているのか、いやそれはないが、でもあるかもしれず、いややはりそれはない、とさらにいくつかの辻を背後へ送りやり、いったいどれほどの数を背後へ流してきたか知らないが、だんだんと追い詰められたような形相に、といって見たわけではないが、というのは自分で自分を見ることはできないからで、もちろんそれは他者の視線を内在化することで得られる自己への眼差しというようなものではなく、肉眼による直接の眼差しで、だからもちろん道具を、直進する光を反射させる何らかの道具を使わないとしての話だが、そして生憎道具は、直行する光の向きを反転させる何らかの道具は持ち合わせていないので、だからただそんな気がするというだけだが、堆(うずたか)く積まれて山となっているのが実感され、というのは辻が、いくつもの辻が、それを背に負う恰好でどうにも支えきれずに膝から頽(くずお)れてゆくイメージが、そんな気がするということにもだから根拠はあるわけで、それをしも根拠と言ってよければだが、いやむしろそれをこそ根拠と言うべきではないか、そんなわけで風もなく穏やかな陽差しの下で、というかそう形容したくなる陽差しの下で、和(なご)んだり和らいだりといったことはだからなく、少しはあるかもしれないがほとんどなく、では何があるのかと言えば、何もない、と言いたいところだがそうも行かないらしく、諸般の事情とでも言うべきか、とにかく妙な誘惑に駆られる、いや妙ではないが、あるひとつの行動を、というか動作を、したいというような誘惑に、というのは思い切って振り返ってみたら、ほんの少し首を捻って視線を背後へ送ってみたら、あるいは何かが変わるかもしれないということで、とはいえ尾行者に気づかれないように背後を窺うというような素人にはおよそ真似のできない難易度の高いものではなく、抑も尾行されているわけではないのだから、首を捻り視線を送るというそれだけのことで、視線を送ったその先にある光景を真っ向から直視するというただそれだけのことで、難しいことではなく、今すぐにもできることだろう、そうしたいと思えばだが、つまりはそうしたいのかそうしたくないのかということなのだが、そうしたいのだろうかそうしたくないのだろうか、とそう問うてみる、もちろん自分に、その答えはというと、そうしたいようでもありそうしたくないようでもあり、それならとべつの問いを立ててみる、というのはそうすべきなのかそうすべきではないのかという問いで、その答えはというと、そうすべきかもしれないしそうすべきではないのかもしれないということで、つまりは迷っているわけだ。

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