友方=Hの垂れ流し ホーム

1 2

戻る  

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

07

それでも奥まで行かないのは届かないからで、反転して立った目の前の、縦に細長い面上に規則正しく並んでこちらを窺う様子はいくらか威圧的だが、下から順に数を増してゆくのをしばし見据えたのち腕を伸ばしてそのうちのひとつを、ひとつだけを選んで指で軽く押さえ、押さえたらすぐに離してしまうがそれで用は足りるらしく、とにかく押さえることで上昇するのだが、もちろん下降もするがまずは上昇させなければと上昇を命じ、というのはボタンを、丸いボタンを、つまりそこはまったく以て簡素な箱で、片づいているというよりは物がない、といって何もないわけではないが、必要なものは最低限揃っているが、なぜといってそこで食べて寝て起きて食べて寝て起きてを日々にくり返しているのだから、それでもどこか越してきたばかりのような、あるいは越していったあとのような、でもどちらかと言えば越してきたばかりのような、それでもいくらかは越していったあとのようでもある、そんな匂いの漂うなか暮らしているせいかどこか寛げない、というか長居ができず、それなら散歩でもと連れ立って界隈を、こちらから持ち掛けることもあれば向こうから促すこともあるし阿吽の呼吸で頷き合って立ちあがることも、そうして川沿いの道を、いくつもの辻を、辻から辻を、買物がてら商店街へも足を伸ばし、賑わっているのか賑わっていないのかそれは分からないが、その夜に食べるだろうものをあれこれ物色しながらゆったりと流れる時間というものは何にも代えがたい、とそう思うことはあるのだろうかあったのだろうか、その詳細については今措くとして、というのは煩雑を避けるためにだが、とにかくボタンをひとつ、上のほうのをひとつだけ、身仕舞いを整えるようにして填めようと左右から引っ張ってきて重ね合わせ、左手で摘んだほうを上から被せるようにして、右手で摘んだほうは下から押しつけるようにして、というのは布地を、どこかアジアの工場で縫製された生地を、そうして穴に差し込むのだが、もちろんボタンをボタン穴に、一方の布地に糸で括られたボタンを他方の布地に穿たれた細長い穴へ押し込み滑り込ませ、そうすることで重ね合わされた二枚の布地は合わせ目で閉じられ、無理やり引っ張ったりしなければ風で開(はだ)けたりすることもないのだが、そのためのボタンなのだしそのためのボタン穴なのだから、ところが指が思うように動かず、いや動くには動くが麻痺したようにぎこちなく、何度か試みるも悉く、普段意識もせずにしていることが意識すると忽ち狂いが生じてくるとでもいうように、つまりボタンをボタン穴に滑り込ませることが叶わず、合わせ目はだから閉じられることもなく、前を開(はだ)けたままいつまでも、まあ大概前は開(はだ)けたままだが殊更それを咎められたこともないし、もちろん女にだが、咎められれば閉じもしようが咎められないのだから無理に閉じる必要もないとばかりに開(はだ)けたままその前に開(はだか)るのか、もちろん前を開(はだ)けたまま前に開(はだか)るのだが、それにしてもいったい誰の差し金か、そしてなぜ上昇してゆく箱のなかは狭く息苦しく黴臭いのか、もちろん下降してゆく箱も同断だが、さらにいえば停止している箱も、とはいえさして不快でもないのは滞在時間が短いからで、不快を募らせる暇もなくそこを離れてしまうからで、何時間もそこで立ち話をすることはないからで、というのは誰もが口を閉ざしてしまうそれは装置だからで、それはそれで結構なことだがたとえそれがただの通過点にしかすぎないとしても、それでも狭く息苦しく黴臭いことに変わりはないしいくらかは不快だし、それが眉間に皺を寄せさせ、面持ちに暗い影を落とさせ、気持ちを沈ませもするわけで、そうしてそこを通過したあとに全体の調子が翳りを帯びて暗いものになりかねないとなればその翳りを払拭せしめる必要が、何らかの策を講じる必要がありはしないだろうか、と上昇する箱のなかで息を殺して待ちながら、しかし結局は解決の糸口を見出せないままそこをあとにするのだが、いつだってそうなのだが、というのは忘れてしまうので、そして次に思いだすのは箱のなかにいるとき、つまりその狭さその息苦しさその黴臭さに再び囲繞されることによってだが、そこを離れればやはりまた忘れてしまい、でも箱のなかでまた思いだし、また忘れ、また思いだし、また忘れ、また思いだし、をくり返すうちに何か妙案が浮かばないともかぎらないがこれまで浮かんだ試しはないし、だからそうしたことに期待を掛けるのは、無意味とまでは言わないが有益ではないだろう、だからそうしたことに過度な期待は掛けていないというか、少なくとも過度な期待を掛けるのは控えるべきとの認識で、だから過度な期待は控えているのだが、こちらが控えているつもりでもあちらにそのつもりがないということも、いずれにせよ平静さを維持すべく心掛けながら、揺れに備えて一定の姿勢を保ちつつ呼吸を整えるが、その間も箱は上昇をつづけて已まず、いったいどこまで上昇するつもりなのか、もちろんこちらが指定した階まで、ボタンを押して命じたその命に背くことなく箱は上昇してゆくのだが、押されて点灯しているボタンの階と表示されている階とはまだ一致していないので、それが一致したときに箱は上昇をやめて停止するのだがまだそれは一致していないので、つまり箱はまだ上昇をつづけているらしく、いったいどこまで上昇するつもりなのか、もちろん停止するまでだがそれまでは、停止するまでは上昇をつづけるわけで、その間ひたすら待つほかないが待っていればいずれは、なぜといってボタンを押したのだから、丸いボタンを人差し指で、とにかく何度もボタンを押して、もちろん人差し指で、右手のであれ左手のであれ人差し指で丸いボタンを、そうしてその都度解除してもらうほかなく、つまり自ら解除する権限を与えられていないからで、というのは解除することを可能にする複雑に加工された金属片の複製を与えられていないからで、だからこちらが下から許しを乞いあちらが上から許しを与えるという構図で、要するにこちらがボタンを押すとあちらもボタンを押すというように互いに押し合う関係で、それをしも関係と言ってよければだが、とはいえそうした関係に安住しているわけではなく、というかむしろその切れそうで切れない危うさに幻惑されているらしく、切れたら切れたでそうなることが必然だと覚悟しているというのではもちろんなく、切れたら困るのだが、切れないよう願って已まないのだが、だからこうして通っているわけで、足繁く通いつづけているわけで、いくつもの辻を越えて、そうしてようやくその前に開ることができるのだが、開るとしての話だが、開ってそれからいろいろと、まあいろいろとあるのだが箱はまだ上昇しているらしく、いったいどこまで上昇するつもりなのか、足元から伝わってくるモーターの微かな振動に、あるいはモーターによって移動する箱それ自体の振動になかば身を委ねながら、目を閉じると下降しているようにもそれは感じられ、そのまま本当に下降に転じてしまったら困ると再び目を開くとそれが上昇であることが確認され、それはしかし本当に上昇なのだろうか、目を閉じるだけで危うくなるような感覚を信じることができるのだろうか、もちろん信じられるし信じているのだが、というか信じるほかないのだが、一方でそうすることを余儀なくされているという側面もなくはなく、とにかくそこは簡素な箱で、くすんだ壁紙のせいなのか屈折した陽差しのせいなのかそれとも視力の問題か、どうにも暗くて仕方がなく、馴れるまでしばらく掛かるがそれでも馴れてしまえば暗くはなく、暗いと感じたのが嘘のようにそれは払拭されて、といって明るいわけではないのだが、降り注ぐ陽差しの下でベンチに腰掛けているのではないのだから、それでも暗さをよりは明るさを、闇よりは光を目という器官は感じてしまうわけなのだ。

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

戻る 上へ  

1 2


コピーライト