それなのに不規則に波打っている面というか拡がりというか、どこから始まってどこで終わっているのか見当もつかないのであり、黒っぽく塗り潰されたように拡がっているのは水溜まりだろう、大鰻を捏ねたような根が幾筋ともなく露(あらわ)れた、其根から一筋の水が颯(さっ)と落ちてというのではないが、前日に降った雨のせいに違いなく、それが路地のなかほどまで覆っていて、このまま真っ直ぐ進めば濡れるのは確実だが左へ迂回すれば濡れずに済み、尤も大して濡れはしないだろうし濡れたところでどうということもないが、ないはずだが、何がどう作用して如何なる影響を及ぼすことになるかなどということは分からないのであるからして直進するか迂回するかを、直進するか迂回するかについて、つまり直進しよういや迂回しよういや濡れたって構わないいややはり濡れるのは困る直進か迂回かと黒っぽい染みの拡がりを見据えながら、そこまではまだ数歩の距離があるからその間に直進か迂回か決めることができると乾いた路面を踏みながら、あと三歩くらいか、直進か迂回か直進か、あと二歩だろうか、迂回か直進か迂回か、あと一歩か、直進いや迂回いや直進いや迂回、もう半歩もない、直進迂回直進迂回直進迂回直進迂回迂回いや直進、それでもまだ四分の一歩はあるとぬめりを帯びたような表面を、迂回迂回直進直進と八分の一歩に迫るのを、そうして黒く濁った底なしの、それを境にしてこちらとあちらとに分かたれている、決して混ざり合うことのない、艶やかに光りながら眼前に拡がる大きな塊は画面一杯に空を映して、澄んだ青というか深い藍というか、何もないそこに染みのような白い点を散らしているが風はなく、まあ微風くらいは吹いているかもしれないが肌でそれを感じることはなく、それなのに枝葉が揺れ動いているのはなぜなのか。微かに髪を靡かせながらそこに佇み、右を向いても左を向いてもほとんど違いのない、均一な白い線が真っ直ぐに伸びているのを認めて、さてどちらへ行ったものか、どちらへ行っても同じことだといくらか投げやりになるが、どちらか一方を選ばないわけにはいかないらしく、もちろんどちらも選ばないことだってできるのだが、できるはずなのだが、そうもいかないらしく、それでも決めることができない、いつだって決められない、分岐の手前で、こちら側で、いや全部決まっている、それはもう決まってしまっている、隅から隅まで、介入する余地はない、何ひとつないのであり、せいぜい承諾のサインができるくらいだろう、尤も承諾するとしての話だが、もちろんそうする必要がある、是非にもそうしなければならないというような声がすれ違うたびに、出会いがしらに執拗に何度も何度でも、いや声などしない、するはずがない、それなのに声はしている、明滅する画面の向こうから届くのでもあろうか、黒い小箱には触れていないのだが、触れていなくても繫がっているのだろう、それはもう繫がってしまっているのだろう、なぜといってそろそろ終わりにしよう、いや終わりはもう過ぎた、過ぎてしまった、それはもうずっと前に終わっている、完全に終わりきっているそうとすればさらに終わることなどできるのだろうか、終わりを終わらせることが、それともつづけるしかないのか、つづけるしかないとすればどのようにつづければいいのか、とそう言っているようだが、複数の声が重なっているからだろう、よく聞き取れない、それでもつづけよう、とにかくつづけよう、無でしかないとしても、少なくとも無を紡ぐことはできるだろうから、そう言ってよければだが、とはいえどこからつづけるのか、つづけられるとしての話だが、もちろん最初から、最初の最初から、それよりもっと前からでもいい、つづけられるのなら、つづけたいのなら、つまり起源の起源のそのまた起源のさらなる起源というようにどこまでも遡ってゆくというか遡ってきたというか、あるいは起源を越えてその向こう、起源なき起源へ、そうかと言って何もかも全部が徒労に帰すわけでもなかろうし、たとえ全部が徒労なのだとしても、空しい抵抗でしかないのだとしても、尤も何への抵抗なのか、抵抗すべき何かが、確固たる何ものかがあるとでもいうのだろうか、絶対的に回避し得ない何かが、それが到来するのかそれへと至り着くのかは分からないが、それでも足搔き抵抗することには何がなし慰撫というか、暇潰しくらいにはなるだろうと綻び掛けた一端を掘り崩しながら浮かしては下ろし、浮かすと弱々しい風が内へ、下ろすと生温い風が外へ、絶えず循環している流れに浸すというか浸されるというか、一定の温度と一定の湿度に保たれている快適な、快適すぎる、あまりに快適すぎて何もかも弛緩させ、箍が弛んでしまうのだろう、固く閉じていたのが開いてゆくのを、力なく垂れ下がる腕の先の細い、枯れ萎んだような指先に何かが触れるのを、ざらざらした面の角というか縁というか、思ったよりそれは硬く、強く押しつけると指の腹に跡が残り、つまりもう乾いている、乾いてしまっている、半日ほど晒されてすっかり水分は抜け、うっすらと残る染みがそれのあったことを示しているがもはやそれはない、さらに滑らせてゆくと奥というか手前というか、境の縁の段差に引っ掛かってそれ以上進めない、力任せに乗り越えることもできなくはないが無理をして痛めるのも宜しくないとそれはせず、ほんの僅かな損傷も命取りというのではないが、そんなふうな脅し文句を耳にしないこともなく、常に飛び交っていると言ってもいい、そうかといって引き返すのもためらわれて越えるか越えないくらいの辺りを行ったり来たり、干涸らびた四肢を器用に折り曲げながら踏みだしては戻り踏みだしては戻り、分岐の手前で、こちら側で、白い線が風に揺らめいて今にも翻りそうなのを踏み締めながら、つまりどうしても越えることができないのだが、それでも越えようとして踏みだすのだが、吸い寄せるというか誘い込むというか、何かそういった力が働いているのでもあろうか、表面に埃が付着していて拭っても拭ってもうっすらと白く翳んでいる矩形の向こう、どこまでもつづく線を辿って歩いてゆくというか歩いてきたというか。
足元にあるそれはあまりにも白く、いくらか青みを帯びて細く一筋に伸び拡がっているその白さを具に何度も何度でも、つまり右だろうか左だろうか、右にせよ左にせよこれ以上一歩も進めない、これより先には一歩たりとも、なぜといって道がないからで、道などない、抑も最初からそんなものは存在しない、したことがない、それでも道はあるのであり、真っ直ぐの、彎曲した、狭い、交差し分岐し合流し、溶け合い混ざり合ってどこまでも、複雑に絡み合ったその結び目をほどくことはできそうにないが、通過することはできると根拠もなく、つまり右だろうか左だろうかと分岐の手前で、こちら側で、乾いた路面に注ぐ日に温められながら、風が枝を戦がせると路面が波打つように踊るのを見据えながら、最初の且つ最後の一歩を、弾むというか弾けるというか、ぱちぱち言う音がしているほうへ、それは右だろうか左だろうか、右でも左でも構わない、右でも左でもあるのかもしれない、とにかく音のするほうへ、踊る路面を踏み押えながら、下ろすと揺らぎは止むが浮かした途端にまた揺らぎだすから足の運びは慎重になり、進んでいるようでちっとも進んでいない、むしろ後退しているように見えるが、たとえ後退しているのだとしても後退していることが前進していることでもあると根拠もなく。路面はいくらか傾斜しているらしく、傾斜に沿って流れるというか流されるというか、横滑りに滑りゆくその先に、あるいは手前に、割れ目というか裂け目というか、亀裂が走っているらしく、その上を通過するといくらか衝撃があって、転げ落ちるほどではないが不安定に揺らぎながら横になったまま滑るように移動してゆくのを、廻転する四つの車輪が微かに音を立てながら同様に移動してゆくのを、もちろん同じ方向に同じ速度で、巧みに水平を保ちつつ右廻りに四分の一廻転、まず右足を、それから左足を、小刻みに送りながら縁に沿って、四角い盆の上でいくつもの食器のぶつかり合う音がしてどこか危なっかしいが、馴れた手つきで卓のほうへ、それとも卓のほうがこちらへ、楕円だったそれが徐々に円に近づいてゆくのを、それでも円にはならないのを、なぜといって真上から覗き込むことはほとんどないからで、それは常に横に長い楕円なのであり、何かが置かれていることもあれば何も置かれていないこともあるが、光沢のある表面に鮮明ではないにせよあらゆるものが映り込んでいるその中心から少し外れたところに急須湯飲み茶碗布巾が互いに一定の距離を保ちながら、あるときは急須を、あるときは湯飲み茶碗を、べつのあるときは布巾を、というように視線を彷徨わせながら、片肘をつき、黒いものが覆い被さるのを搔き上げながら手持ち無沙汰に浮かしたり下ろしたり、それから手を伸ばし、引っ込め、また伸ばし、そのたびに少しずつ位置が変わってゆくのだが、どれほど位置が変化しても常に同じ場所にあるというかいるというか、横坐りに尻を据えて少しく傾けながら、その視線の先にそれはあるのだが、四角い画面の向こうから派手なネクタイをちらつかせながら深刻な面持ちで訴え掛けるその声に搔き消されてしまうのだろう、浮かすときの響きと下ろすときの響きは同じようでいて同じではないのだが同じようにしか聞こえないらしく、瑣末な差異として聞き流されてしまうのを、それでいていつまでも響いて已まないのを、今この瞬間にも。つまり連続した、その都度異なる、それでいてどれも似たような響きは、最初はほんの微かな、反響というにはあまりにも小さいあるかなきかの響きだが、徐々に大きくなって、というのは近づいているからだろう、一定の間隔で浮かしては下ろし、浮かすと擦れて軋み、下ろすと擦れて軋み、いずれにせよ擦れて軋むから浮かしているのか下ろしているのかそのうち分からなくなって、それでも一定の間隔で浮かしては下ろしているということは分かり、そうして角から姿を現わすのだが、いや今まさに姿を現しつつあるのだが、身体が右に傾いでいるのは、というのは左にだが、右手に持った籠とのバランスを取るためだろう、無数に穴の開いた、腿の辺りに密着しているそれは布地と擦れ合って微かに音を立て、黒繻子の襟、雪の膚、冷たそうな寝装(ねまき)の装(なり)でというのではないが、一段一段踏みながら降りてきて最後の段を、最初の段でもあるそれを踏むと左に大きく傾いて、というのは右にだが、壁に手を掛けていることもあれば軽く肘が当たっているだけのこともあり、肩を凭れて寄り掛かるような恰好になることもあるが、それらの違いが左足を軸とした廻転にも影響するのだろう、勢いよく駆け下りてくると尚さらで、尤も勢いよく下りてくることはほとんどないのだが、よほど急いでいる場合を除いて、例えば不意の訪問とか呼びだしの音が鳴り止まないとか、それでも遠心力によって外側へ膨らむと一、二歩のズレが生じて、ダンスでもするような変なステップを踏みながら不規則な上下動をくり返すが、さらに内側へ傾けることで遠心力は抑えられてスムーズに反転するのを、そうして右手の一室へ、敷居を越えてその向こうへ、音もなく、気配さえなく、いや気配はある、有象無象の蠢き廻る気配がそこに、というかここに、黒い小箱を翳すと激しく明滅して四肢を絡ませながら小刻みに震えるというか悶えるというか、虚ろな眼差しで虚空を見据えるその姿を、ぱちぱち音を立てながら軟らかな肉の弾力を確かめるようにまさぐるその姿を、それは前からだろうか後ろからだろうか。