友方=Hの垂れ流し ホーム

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02

そうして路地を抜けたその先にある切り立った崖下のやはり狭い道を、雨が降ると滝のように流れ落ちる水で路面は川と化してしまうのだが、舗装されているのにも拘わらず踝までめり込んでいるような気がするのは平らに均されていないせいで至るところ大きく波打っているからだろうか、左手(ゆんで)の崕(がけ)の緑なのも、向うの山の青いのも、偏(かたえ)にこの真黄色の、僅かに限りあるを語るに過ぎずというのではないが、なかば地層が剝きだしの崖面を左手にしばらくゆくと右に見えてくるはずなのだが、ひとつめの分岐だったかふたつめの分岐だったか、あるはい三つめの分岐かもしれないが似たような建物が、いずれも古寂びた佇まいの、並んでいるから通りすぎてしまうこともしばしばで、緑濃い草の香に歩みが遅くなることも手伝って見逃すこともあり、とはいえ通りすぎても少し遠廻りになるくらいだから気にもせず、そのせいで何度でも通りすぎてしまうのだろう、道はいずれ川へ突き当たってそこで右に折れると川に沿って緩やかに蛇行しながら下ってゆくが、そのどこかで、どこでもいいがどこか途中で右へ曲がってそのままゆけばいずれはそこへ、分岐と合流をくり返しながら網の目のように入り組んだ道の全部を網羅したわけではないにせよ、概ね把握しているから迷うことはないと根拠もなく、左斜め後ろから射す日を背に受けながら、乾いた路面の照り返しを真面に浴びながら、斜めに横切る黒というか灰色の帯を踏み越えながら。要するに背後から微光を受けて浮かび上がるそこは間口が狭く、奥まで照らしだすことができないからだろう、暗く闇に沈んで、手前左手に急な階段が伸びているがその先も暗く閉ざされて、三和土から框への段差に躓きそうになりながら、といって三回に一回、いや四回に一回くらいだが、上がって右手の一室へ、上框に縁がついた、吃驚するほど広々とした茶の間というのではないが、風通しが悪いせいか重く澱んだ空気が肌に纏わりついて離れないそこは六畳の和室らしく、それでいてもっとずっと広々としているのは物がないからだろう、藺草の匂いの微かに混じる閑散として何もないそこにあるというかいるというか、少しく背を屈めて虚脱したように坐している姿がどこか塑像めいて、今尚色濃く残っている全体に丸みを帯びたその背は少しもごつごつしていない、適度に弾力のある、つまり柔らかい、薄明かりに浮かび上がる曲線にもそれは端的に表れていて、幾重にも重ね着しているせいもあるかもしれないがそれだけではない、というのは軽く指で押すだけで深くめり込んでゆくからで、いずれにせよ全部を取り去っても尚それは柔らかいはずで、もちろん日々に弾性は失われてゆくというかもうだいぶ失われてしまっているのだが、手に触れ、口に含んだその感触の名残りを留めているらしいのを、それからほつれたのを撫でつけるとか二の腕を摩(さす)るとか膝頭に触れるとか、ほんの僅かな身振りひとつにしてもあり得ない出来事のようで、さらには両手をつき腰を上げて立ち上がるとか足を摺るようにして移動するとか膝をついて腰を屈めるとか脚を開いて膝を抱え込むとか腰を高く突き上げるとかいったような姿もあるが、それらが巧く結びつかず、それぞれまったくべつの何かとしてあり、その都度異なる様相を呈しながら浮かんでは沈み浮かんでは沈みするうちに掠れ色褪せて、枯淡の趣と言ったら言いすぎか。それでも肘をついて項垂れる背に掛かるか掛からないくらいのところに一房、黒いものが流れるような曲線を描き、いくつかの纏まりが束になってそれぞれ緩やかにカーブしながら折り重なっていて、明るいほう、僅かな光の差し込んでくる窓のほうへゆっくり傾けてゆくとそれにつれ黒いものも少しずつ動いて、どこか生き物めく艶かしいそれは動きで、重なっていたのがほどけたりまた上に覆い被さったりするが絡まったり縺れたりすることはなく、そうして傾きが停止すると黒いものものその動きを止め、次いでそれまで伏せていた視線が後を継ぐように動いて、しばらく手元の辺りを覗き込んでからゆっくりと這い進み、何を見ているのか、それは虚空を彷徨って定まらないが、再び手元に戻ってくると掌を、裏返して手の甲を、開いたり閉じたりあるいは曲げたり伸ばしたり、薄い皮膚の下で細い腱が痙攣するように浮かび上がるのを、それから爪を、切り揃えられたその形の良し悪しを、先端の白い部分の彎曲を、光に翳しながら角度を変えて艶やかな光沢を発しているその色艶を、それから関節部に刻まれた、それを横に分断する幾筋もの溝というか皺というか、曲げると突っ張って消えるが伸ばすとまた現れるのを、それから沈着した色素によって褐色に変化した、さらにも変化しつづけるだろう皮膚を、揉みほぐすように擦り合わせるその響きが異様に大きく聞こえるのはよほど静かなのだろう、まあ静かといってもまったくの無音ではなく、耳鳴りというのでもなく、何がなし音はしているに違いないが、篩に掛けられて手元にはほんの僅かしか残らないのだろう、それも日々に薄れていってもうほとんどノイズと区別もつかないほどに朽ち果てているのだが、残骸と言っていいそれらを並べて、さらには並べ替えて飽くことを知らないのは、ほんの少し位置を変えるだけでまるで違って見えるからだろう。

窓は開け放たれているが風はなく、というか吹いていてもここまでは届かないらしく、その向こう、といってもすぐ壁に突き当たる、そこはすでに敷地の外だが、間を隔てるものとては頼りない塀が、何塀と言うのか、隙間だらけでこちらから丸見えの、つまりあちらからも丸見えの、何かそんなふうなものが、境界を境界たらしめるただそれだけのためとでもいうようにあるだけで、その手前、長く放置されて伸び放題の草に覆われた、それにしては痩せ細って貧相なのは日当たりが悪いからだが、庭というよりは隙間と言っていい、小石の多く混ざった土が少しく盛り上がって固く踏み締められ、手前から奥へ遠近感の稀薄な、平板な画面のなかを彷徨いながら、触れるというか掠めるというか、陶器の欠片や色褪せた小さなプラスティック片や、腐蝕した金属の錆により浮き上がった塗装面が一部剝落して斑模様を成している細いパイプが顔を覗かせている一隅にいつか流れ着いて、伏し目がちの、黒い、というのは陰になっているからだが、何時間も微動だにしないのは眠っているのかもしれないが、それが微かに動いたようで、あるいは瞬きしただけかもしれないが、そのほんの僅かな明滅のうちに咎めるような諫めるような何かが表出するのを、尤も表出と同時に消失してしまうのだが、表出したことを示す何ものも残さずに、つまり表出などしていないことになるわけだが、それでも尚表出したのだと言うよりほかなく、なぜといって消失したことがそれを示しているのだから。いずれにせよどこか遠くのほうで床を踏む音がしていて、あるいは叩いているだけかもしれないが、しっかりした足取りで一歩一歩踏み締めるように近づいてくるようでもあり、近づくにつれ息を潜めて通りすぎるのを待つが、少しずつ大きくなるから近づいていることは確かなのに一向に遠離る様子はなく、そうして何時間も息を潜めているうちに搔き消えるようにそれは失せ、そこでようやく息をつくが、しばらくするとまたどこか遠くのほうから床を踏むもしくは叩く音が、一歩一歩歩みを進めながらそれでもやはり通りすぎることなく消え失せるのを、そうして果てもなくくり返されるのだが、一度きりの、それでいて際限のない響きが。とにかく床を軋ませながらやって来るとそこでちょっと立ち止まり、立ち止まらないまでも速度を落とし、いやその前に向きを変えるというか減速しながら向きを変えるのだろう、なぜといって減速せずに向きを変えると滑ってしまうからで、それほどにも磨き上げられているというのではないにせよ、そうして素早く且つ慎重に一段目に右の足を置き、といって足裏全体を乗せるのではなくほんの僅か踵が出るくらいのところへ添えるように、だから軋みらしい軋みもほとんど立たず、次いでその足へ重心を移すとともに左足を蹴り上げるというか引き上げるように浮かすとまず踵が離れ次いで爪先が浮いて、一瞬覗く足裏はすぐに板を踏むがそれは一段目ではなく、一段目を通り越して二段目へ、こちらもやはり踵が段の縁から少しく飛びだす恰好で、そのとき押し潰されて裾野を広げる丸みのある台形はいくらか白さを増し、全重量をそれが支える脹ら脛から腱へ掛けての曲線は筋肉の収縮と弛緩に伴って波打つように蠢いているが、それでいて力強さというよりはしなやかさが際立っているのはやはり丸みを帯びているからだろうか、それとも一定以上の弾性を保持しているからか、真白(まっしろ)なのが暗(やみ)まぎれ、歩行(ある)くと霜が消えて行(ゆ)くようなというのではないが、拍子を刻むように次々と板を踏みながら薄闇のなかに浮かび上がる白さはいっそうその白さを増してゆき、それこそ眩しいくらいの明るさだが、それでも少しずつ薄れながら小さくなって最上段に至るとほとんど四囲に溶け込んで、そこで向きを変えるのだが、というのは右にだが、なぜといって前方と左方はいずれも壁に塞がれていて右にしか行けないからだが、静かに足を送りながら右のほうへ倒れ込むように揺らぐと建物全体が左のほうへ傾くようにも見え、少し遅れて黒い塊が頬を隠し、それから左の肩が次いで左の腕が隠れて見えなくなり、そうして右半身だけになるとそれまで厚みのあった体が薄く平べったくなるが、逆に胸の膨らみは強調されて、それもしかし一瞬のことで右の壁の角部分に額が接し鼻が接し顎が接し首が接し肩が接し腕が接し、そんなふうにして全身が隠れてしまうと床の軋む音だけがして、それも次第に小さくなって、そうして全部の音が消え去ると急に闇が深くなり、廃屋めく静けさが四囲を満たし、搔き乱された空気のなかを埃だけが漂っているのを、もちろん何も漂ってなどいないのを。

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