友方=Hの垂れ流し ホーム

戻る  次ページ

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

11

そしたら端のほうで何かが煌めくのを、路面の凹凸に沿ってそちらのほうへ、暗くてよく見えないが一歩ずつ確実に、そう言ってよければだが、とはいえ巧く距離感が摑めず手間取っているうちに薄っぺらい紙切れのようなそれは翻りながら路地のほうへ、何度も通った、それでいて一度も通ったことのない路地は奥へゆくほど狭く細くなり、それに合わせて屈めるというか縮めるというかしながら奥へ、空気が澱んでいるのか息苦しいが深く吸い込むと咳き込むから加減して、ゆっくりと吸いゆっくりと吐き、それでも喉がいがらっぽく気管に纏わりついて離れないのを根気よく何度も何度でも、奥のほうに燻っているその燻りに惑わされるというのではないが不意に込み上げてくるから見逃すというか見損なうというか、像がブレて二重三重になり、尤もそれが何であるのかくらいは見当がつくし、それで充分とは言えないにせよさしあたり問題なく踏みだすことはできるし確かな感触が足裏に伝わりもするし、神経によってそれは脳にまで、脳のどの部位にどのような形で格納されているのか、例えば棚に整然と並べられてあるようにかそれとも乱雑に放り置かれているようにかということは知らないが、とにかく脳にまで達するというか、達するからこそ感触として知覚できるわけだが、とにかく一歩を繰りだして手探りで進むうちに少しく開けたところへ出るというか抜けるというか、それとも流れ着くと言うべきか、それでいて視界が開けないのは暗くて何も見えないからだがいくつか外灯があるにはあって、明かりの灯ったその周辺だけがぼんやりと浮かび上がっているその明かりの下を、右から左へ左から右へ通りすぎてゆくのだろう、飛び交うと言ってもいい、白い、爪で引っ搔いたような線がいくつも刻まれて、接触が悪いのか明滅をくり返しているその下を過ぎると両側から再び壁が迫り、それに合わせるように細く薄くなりながらさらに奥へ、不安定に揺らぐのを凭れるように支えながら、ざらざらした表面は冷たく、あちこち剝落しているのが分かるが、肩や肘が擦れて削られてゆくのも分かり、削られた分だけ身は軽くなるがいくら軽くなっても軽やかに動けるわけではなく、鈍重というのではないにせよ軽やかとは程遠い緩慢な動きで、つまり内と外で時間の進み方が異なっているのだろう、そうとすればどこで帳尻を合わせるのか、もちろんぴったりと重なり合うことはないのだがどうにかこうにか取り繕うことはでき、よくできているのかいい加減な仕組みなのか、バラバラになることはないらしく、尤も最初からバラバラなのだとすればそれ以上バラバラになる道理はないわけだが、とにかく前へ、どこに何があるのか全部を把握しているわけではないにせよ、それでもおおよその位置関係は分かっていると探り探り滑らせてゆくと、急須それから布巾が指先に触れ、さらに滑らせると縁に至るはずなのだが、どこまで滑らせても縁に至ることがないのはなぜなのか、分かっていたつもりが何も分かってはいなかったということか、それでも布巾に触れた指先が湿っていることはたしかで、尤もすぐに揮発して乾いているがついさっきまで湿っていたことを疑う余地はないだろう、そうしてどこまでも滑らせてゆくことができるのであるからしてどこまでも滑らせてゆくのであり、急須布巾を経由して固いあるいは柔らかいその感触を確かめながら、その確かさの不確かさに疑念がないでもないが、確固たる何ものかを希求しているわけではないのだし、希求して得られるものでもないだろうし、卓の上に置かれた掌の、少しく広げられた五指の先端に艶のない、形の不揃いな爪が鈍く浮かび上がっているが、関節部分の皮膚の余剰によって形作られる溝というか皺というか、指を横断するように刻まれた幾筋もの線も含めていったいどれくらい眺めていたのだろう、もちろん何も眺めてはいないのだが、それでも見えているのであるからして見えていると言ってよく、どこか書割めく安っぽさは否めないにせよ、とはいえそうした安っぽさにこそ現実味を感じると言えなくもないし、むしろそれこそが現実なのではないかと思わないでもないが、さしあたり何を現実と見做しても変わりはないし、そうして視線を彷徨わせながらどこにでも焦点を合わせることができるわけではないが、見えるものを見ていると、それが見えているとおりのものか否かはべつとして、ぼんやりとだが浮かび上がっているその向こう、薄暗い壁面が揺らいで黒い背景に塑像めく姿が、なかば背景に溶け込んで定かではないが呼吸するたび揺らめいて、右廻りに四分の一廻転、それから左へ二歩か三歩滑るように、ぴちゃぴちゃ音がしている、油の爆ぜるような音が、ときに激しく、ときに優しく、それを聴くともなしに聴きながら分岐の手前で、こちら側で、そうして何度も踏みだした一歩を何度でも踏みだすのだが、油断していたのか縺れて転びそうになり、右へ大きく傾いて、それとも左だろうか、天地がひっくり返るのを、巧く着地できるだろうか、尤も巧くできた試しはないのだが、いや一度くらいはあるかもしれない、無限に果てもなくくり返してきたのだから一度くらい巧くできていてもおかしくはない、そのあり得たかもしれない成功に、これ以上ないほどの見事さ完璧さを求めはしないにせよ、思いを馳せながら腰を捻り、尻を突きだして、背を反り返らせる、ほんの一瞬視野の端を掠める白い、細く長く伸びている線を、その先を見据えながら、いや見てはいない、見えてはいない何も、それなのに見ているし見えているのであり、つまり波打つようにうねる線が、煌めくようなその白さが、白よりも白いその軌跡というか痕跡というか、ぴちゃぴちゃと跳ねるのを、飛沫が掛かりそうなくらい勢いよく何度も何度でも、いずれにせよ次の一歩を、さらにその次を順次繰りだしてゆけばいいのであり、そう言ってよければだが、右左右左右と、左右左右左と、そしたらゆっくりとそれは近づいてくる、こちらのほうへ、決して。

─了─

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

戻る 上へ  次ページ


コピーライト