前というか後ろというか、前でもあり後ろでもある、つまりどちらを向いているかで変わってくるのだが、どちらを向いていても大差ないとも言える、平らな、横に長い三角形の頂点部分に?のような突起のついたものを外すのだが、なぜといってそれに引っ掛けて竿にぶら下げていたからで、つまり竿の曲面と?の内側の曲面とがちょうど接するようになっていて、よほどの強風でないかぎり吹き飛ばされることはないが、万一に備えてだろう、挟んで固定して、そうして一定の間隔で吊り下げられて風に揺れながらそれは何時間も放置され、尤も晴れていればの話だが、右のほうは背の高い樹木の影が濃く、風に枝葉が揺らめいて、左のほうは低い垣根が明るく煌めいて、もちろん晴れていればだが、建物と建物の間を、その狭い隙間を縫うように伸びている、そこまでは日差しが届かない人気のない通りの尽きる辺り、一段と細く狭くなる曲がり角というか突き当たりというか、そちらへ目を向けながら何も見てはいないらしく、見てはいなくても常に背後へ気を配り、それでいて無防備なふうを装いつつ垣根際をゆきながらその向こうにある、あるだろう二本の竿にぶら下がるいくつもの布切れの、風が吹くたびに揺らめいているだろう様子を眺めるともなく眺めているその姿を、腰に廻した腕が引き寄せて裾をたくし上げると何も身につけていないのを、硝子面に押しつけられて拉げているその白さを、荒い息遣いに硝子が曇るのを、柔らかな肉に食い込んだ指が押し拡げるとくすんだ地肌が現れて、下から覗き込むように近づきながら生い茂る葉叢を搔き分けてその向こうへ、そこにある、あるだろう貧相な草を踏むと貧相ながら音を立てるその音に、それともプラスティック片を踏みつける響きだろうか、神経を擽られ、飛びだしているのか埋まっているのか細長い金属棒を避けながら二本の竿の脇を廻り込むようにして近づくというか忍び寄るというか、固い地面よりさらに固い土台のコンクリートに靴先が触れるとその上に乗せ、靴裏とコンクリートの間で細かな砂粒が擦れる響きにやはり神経を擽られるが、巧みにバランスを取りながら覗き込むように首を巡らせると、僅かな風にも揺らぐ布切れ越しに二本の足がくの字に、それを前にしても尚無限の隔たりがあるようで、さらに一歩踏みだすというか乗りだすというかすると、よく見えるように押し拡げて、濡れているのか乾いているのか指を這わせてゆき、襞を抓んだり捲ったり奥まで突っ込んだりと入念に、次いで少しく身を乗りだすとぶら下がっているのをひとつずつ、太めの針金をプラスティックで被覆しているのだろう、あまり力を入れすぎると変形してしまうのだが、さして気にするふうもなく取り外して無造作に籠に入れるというか放るというか、真上まで持っていったところで摑んでいた手を離すのであり、そしたら自然に落ちてゆくが五回のうち一回、いや二回くらいか、縁に引っ掛かって外側に垂れるのを拾い上げてなかへ、積み重なった布切れで籠が一杯になると二本の把手を合わせ持って滑るように、一歩ごとに腰が揺れ、その衝撃が伝わってくるのを押えながら、床を軋ませながら、そのとき裾が乱れて露わになるのを押えることもなく、ぱちぱち言う音を立てながらいつか敷居を越えてその向こうへ。次いで籠のなかから取りだしてひとつひとつ拡げては丁寧に折り畳んでゆくのを、袖部分を胴体部分に沿わせながら内側へ仕舞うようにして小さく、そうして折り畳んだものを積み上げてゆくのだが、いくらか斜めに傾きはしても倒れるほど高く積み上げることはないから倒れることはなく、派手なネクタイがそれを覗き見ているのを、早口で捲し立てながら、常に時間に追い立てられているというような切迫した面持ちを微かに滲ませながら、口角を上げ、笑顔の形を作り、模範的な、それでいて不自然な、笑っているのに笑ってはいない、どこか人形めく面貌で、黒い小箱を翳して指を滑らせ、目的の突起を押すと閉じた回路が繫がって電流が流れるのだろう、なぜといって単四電池がふたつ収められているのだから、もちろん電池が切れていないかぎりでだが、とはいえ誰がいつ交換するのだろうか、したのだろうか、そうした場面に遭遇したことがこれまであっただろうか、いずれにせよ画面は黒くなり、反転した像がぼんやりと浮かび上がってくる、はずなのだが、光の明滅は尚もそこに、派手なネクタイがこちらを見ている、いや違う、いや違わない、口を開き、横に拡げ、閉じ、また開き、軽く窄めて一音一音職業的正確さではっきりと、それなのに何を言っているのか分からないのは大きさというか小ささというか、量を加減しているのでもあろうか、黒い小箱を翳して指を滑らせるがどの突起なのだか、いったん画面から目を離して突起に焦点を合わせると、狙いを定めて指を滑らせながら小ささというか大きさというか、量を調整するのだが、大仰に喘ぐ姿はそこになく、画面はべつの映像に変わっていて、それはもう忙しなく変わりつづけているのであるからしてその隅々まで眺めること、眺め尽すことはほとんど不可能で、ぼんやりした残像だけが、いや残像さえ残らない、跡形もなく消え去って触れることさえできないのであり、それでも僅かに明滅しているのを、日差しを反射して波打つように白い、白っぽい、垂れ下がる薄い布地が膨らんだり萎んだりするのを飽かず眺めるその姿を、片肘をつき、少しく斜めに傾いて、どこか憂いのあるその眼差しを、その奥にある、あるだろう何ものかを、黒いものが覆い被さり、搔き上げるのを、また覆い被さり、また搔き上げるのを、同じというか、その都度微妙に異なる、果てしなくくり返される当のものを。
そうして黙々と作業する姿が果てもなくくり返されるのだが、いつか派手なネクタイに覆い被さるというか派手なネクタイを覆い隠すというか、それでも声は届き、馴れ馴れしい、ねっとりと纏わりつく口調で何か言うのを、その呼び掛けに応じることはなく、というか一度だって応じたことはないはずで、稀に笑いで応えることはあるにせよ、それをしも応えると言ってよければだが、それでも時折そちらへ首を巡らせながら素早く手際よく、どこへ置こうか迷っている暇はなく、なぜといって熱を帯びているから長く持っていられないのであり、そうして零さないように持ち上げると水平を維持したまま盆から卓へ次々と並べてゆくのだが、まず大きめの器が中心辺りに据えられ、次いでそれを取り囲むように中くらいの器が配されて、最後に小皿の類いで隙間を埋めてゆくというように、それでも卓の全部が埋め尽されることはなく、充分な隙間があって、肘を乗せたり布巾を滑らせたり器の配置を調整したりすることはでき、そんなふうに各自の裁量で位置が変わることもあるし、何より絶えず器を持ち上げたり置いたりしているのだから一度として同じ配置にはならないが、それでもおおよその位置関係は変わらないというか決まっているというか、必ずしも作法に従っているわけではないにせよ、つまり従ったり従わなかったりと区々で、尤もあまりに逸脱している場合はそのかぎりではないが、そうして全部を並べ終えると卓の下へ、それが終わるまで、終わると今度は卓から盆へ無造作に積み上げられてゆくのだが、無秩序というわけでもなく、やはり大きめの器から中くらいの器、さらに小皿の類いというように、金属と金属が触れ合うのだろうか、あるいは金属と陶器だろうか、それとも陶器と陶器だろうか、もしくは陶器と硝子、いや金属と硝子ということも、いずれにせよかちゃかちゃ音がして右廻りに四分の一廻転、それから左へ二歩か三歩あるいは四歩かもしれないが滑るように、敷居を越えてその向こうへ、水のあるいは湯の流れる音が断続的にこちらのほうへ。それを聴くともなく聴きながら縁に肘を乗せると上から覆い被さるように、上気した頬を伝う汗が白く照り映え、顎の先から滴り落ちそうになるのを拭うこともせず滴り落ちるままになるのを、黒いものが覆い被さるがこれも搔き上げることはなく、腰を突きだし、脚を開いて背を反り返らせるのを、深く沈めるといっそう密着度は増して腰に廻した腕にも力が入り、最初はゆっくりと、だんだん速く、甲高い響きに急き立てられながら、殺気立ってはいないが急いではいるようで、緊迫した空気に包まれて縺れそうになるのを立て直そうと踏ん張り、腰を据え、腕を大きく振って、力というよりはリズムやテンポが重要らしく、くびれの辺り、不安定に揺らいでいるのを引き寄せながら路面の凹凸と同じ凹凸で波打っている白い、いや黄ばんだ白というかむらのある灰色というか、僅かな段差にも躓きそうになりながら浮かしては下ろし、浮かすと自身の重みで紡錘形になり、下ろすと横広がりの扁平になる、その間へ滑り込ませ、下から支えるようにして持ち上げると柔らかな肉の柔らかさを、画面一杯に映しだされたそれを、どこから溢れてくるのだろうか、雫が卓の上に、一瞬白く煌めくがすぐに見えなくなって、また煌めくがこれもすぐに見失い、さらに煌めくがやはり見失って何度も何度でも、そうしてまた煌めくものが覗くがそれはべつの雫なのであり、ひとつとして同じ雫はないのだが、そのひとつひとつを見分けることも困難で、無数の、それでいてひとつの、たったひとつの雫たちが遥か上のほうから落ちてくるのを、衝突して弾けるのを、数というか量というか増すごとに音も激しくなるらしく、彼処(かしこ)に唯一人、水に臨んで欄干に凭れて彳(たたず)むというのではないが、柵に凭れながら、もちろん左が下で右が上で、四囲は白く霞んでぼやけ、何がどこにあるのだか、何もどこにもありはしないのだが、それでいて全部が揃っているのだが、確かめている余裕はないのだろう、物凄い勢いで流れ去るのを漫然と眺めているよりほかになく、派手なネクタイも一瞬通りすぎたようだが、というか何度も通りすぎてゆくのだが、速すぎて確かな像を結ばないから定かではなく、もっとよく見ようとして黒い小箱を翳すと全部が止まって動かなくなるが、照明の反射だろうか、端のほうでほんの一瞬何かが煌めくのを、金属的な、少しも眩しくはない丸みを帯びたものが、しばらくそちらのほうへ視線を向けているがさして気に掛ける様子もなく、前に屈み込むと左腕の上に右腕を乗せ、そこへ顳顬の辺りを宛うように、閉じているのか開いているのか、黒い房が垂れ掛かってすぐに見えなくなり、頬の辺りに一筋ほつれたのが呼吸するたび揺らめいて、雨は降りつづいているらしくノイズめく響きが微かに、それとも寝息だろうか、穏やかな、規則正しい息遣いがこちらのほうへ、肩というか背というか、上下に波打たせながら、それとも前後にだろうか、徐々に暗さの増してゆくなかでそれだけが確かなものだとでもいうように、いやそれだけが確かなものとして今まさに現前しているのであって、そうであればこそこうして手に取ることもできるし自由に配置を調整することもできると急須を近づけたり湯飲み茶碗を遠ざけたり布巾を滑らせたり、互いに一定の距離を保ちながらそれらはそこにありつづけ、明るい部分と影になっている部分と両者の拮抗している部分とがあって刻々と変化しているのを、それでいて変化を変化として捉えられないのを、その間もそれらはそれらでありつづけているのを。