友方=Hの垂れ流し ホーム

戻る  次ページ

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

12

要するにそこに扉があり、片開きの、表ではなく裏の、つまり北向きの、日の差さないじめじめした昼尚暗い、いやそこまで暗くはないが、とにかく扉も含めて仕切りのフェンスには一面に小さな穴が開いているので向こう側が見えそうだがよくは見えず、少しは見えるがはっきりは見えず、殊更見たいわけではないが見えそうで見えないと却って見たくなるのだろうか、凝らすというか眇めるというか、少しずつ距離を縮め、絶対に縮まらない距離を、そうして取っ手を押し下げると扉は開くのだが鍵が掛かっていて、常に掛かっていて、内側からは鍵がなくても開けられるが外側からは鍵がないと開けられないというのは本当だろうか、とにかくその前に立ち、目測で距離を測り、なぜといって測るための道具を持っていないからだがたとえ測るための道具を持っていたとしてもそれを使うことはないだろう、そうしてそれとなく視線を巡らせながら右のポケットに右の手を滑り込ませ、それとも左のポケットに左の手を滑り込ませ、鍵を取りだす、取りだそうとする、手に触れるものがあれば摑んで落とさないように、深く、もっと深く差し込んで底に届くまで、届いたら端のほうから二枚の生地の合わせ目に沿って滑らせてゆく、何かあれば分かるだろう、布とは異なる感触だろうから、その程度の違いは分かる、まだ分かる、ところが手には何も、つまりポケットの中には何も、そこにあるはずなのに、そうとすればそれはどこに、ポケットになければどこにもないだろう、それともどこかにあるのだろうか、穴に差し込むほうを先端とするとその反対側、尻のほう、尻ではないが尻のほう、そこにひとつ穴が穿たれていて、その穴に金属の輪が通してあるのだが、穴が輪を通っているのか輪が穴を通っているのか、擦れて金属的な響きがするがポケットの中では響かない、それを探しているのだったか、何かもっとべつのものを探しているのではなかったか、煌びやかというのではないにせよ、なくても困ることはないがあったら重宝するような何か、まあ何を探しているにせよ足を滑らせるとその分だけ前へ出るというか迫りだすというか、空間が拡がってそれまで空間ではなかったところが空間になるのか、空間とは異なる何かが空間へと転じるのか、少なくともそこには道があり線が引かれている、白く波打っているそれはどこまでもつづいているのであるからしてどこにも辿り着かないだろう、いずれにせよ路面の硬さを確かめるように強く足裏を押しつけると手応えというか足応えというか、どこか頼りない感じがして、路面と足とが渾然とひとつに溶け合うような、同じひとつのものであるかのような、もちろん同じひとつのものなのだ、そこに違いはない、何も、ほんのり温かいのは昼に蓄えた熱が蒸散しているのでもあろうか、もう何の蓄えもない、全部使い果してしまったというのにまだ何某か余っているとでもいうのだろうか、残余の残余というか余白の余白というか、記すことができる空白の部分が、その僅かな領域に全部が何もかもが収まるほどの拡がりがあるということか、いずれにせよ力加減が重要で、強くても弱くてもバランスを崩して倒れてしまうからぎりきりのところで踏ん張り持ちこたえながら次の一歩を、さらなる一歩を、越えられない一歩を、いや越えられる、簡単に越えられると茂みのほうへ、それとも茂みがこちらのほうへ、幾重にも重なり合う葉叢の奥は暗く、何かが蠢いているもう、もちろんこの暗さのなかで何も見えないが見えないなりに探りながら次の分岐でもあり交差でもある地点まで、及ぶというか忍ぶというか、慎重に右をそれから左を、なだらかな傾斜に沿って右をそれから左を、また右を、同じことのくり返しなのだが、いや決して同じではないのだが、そんなふうに一歩を踏みだすことが、踏みだせるということが強みというか弱みというか、どこか無防備な一歩を、見つからないように、見つかったら最後というわけでもないだろうが、そこにはある種の慎重さが常にあり、それが見通しを悪くするのか、いや何かを見通すことなどできはしない、たとえ見ることができるとしてもそれは表面だけのことで、決して中まで貫通しないのだからまやかしというか胡麻化しというか、凡そペテンの類いにほかならないと右足左足交互に、そうして埃っぽい空気のなかどこへ流されてゆくのか、何度も何度でも、黒々とした路面に触れるか触れないかのところを滑るように。とはいえペンを持つ手が震えるのを、なぜといって何も食べていないからで、食べることはできないもう、抑もできたことなどないだろう、できたつもりになっているだけで、それでも書くことはできる、パンではなくペンを持っているのだから、つまり冬でもないのに寒いというか異様に空気が冷たいというか、冷気は低いところに溜まるのだろう、足元を冷たい空気が掠めてゆくのを、あちこちで布の擦れる音がしているのを、時折足音が近づいてくるとゴム底が床面と擦れて甲高い音が鳴り、といって必ず鳴るわけではなく大きな摩擦が生じると、つまり急な方向転換とか立ち止まるとかすると鳴るのだが、鳴らそうとして鳴らしているわけではないだろう、そうしてそれが最大になり、つまり最も接近して目の前に、手を伸ばせば届くほど近い距離に、次いで遠ざかってゆく、右から左へあるいは左から右へ、というようなことを、ありもしないことを、その他いろいろなことをいくらでも書くことができるというのは本当だろうか、下書きというか予行演習というか、乱れた線によって、脱線も辞さないというか脱線こそが本線というか、途切れ途切れの消え入りそうな線によって、なぜといってまだ何もはじまっていないのだから、いやすでにはじまっているのだが、準備が整っていないからはじめられないのか、いや準備が整ったところではじめられないだろう、はじめることはできない、それは不可能だろう、いやはじめることはできる、はじめることくらいは、それほど難しいことではない、ペンを走らせるというか滑らせるというかすればいいのだから、そんなふうに何度もはじめてきたのではなかったか、その都度はじめ損ねるのではないかぎり、あまり難しく考えすぎて空廻りしてしまうのもよくないだろうし、程々のところで走りだすくらいのほうが却って巧く行くのではないか、とにかくはじめるしかないのであり、はじめるつもりなのだが、はじめる意志はあるのだが断固たるものではないらしく、どこか中途半端な、どっちつかずのでたらめな一歩を、それでいて同じ一歩を、ペンによって、ペンとともに、パンなしに、空気を搔き混ぜながらそれは空間を漂い空間に満ち、程よく混ざり合って跡形もない、といって消え果てるのではなくそこにそれはある、確かに刻印されているのだがそれを知る術はなく、見ることも聴くこともできないその痕跡を辿ってゆくというか辿ってきたというか、何度も何度でも、そうして新たにはじめるにせよ再びはじめるにせよはじめることは終わることでもあり、だとれすば終わらなければならないが、終わらないからはじまらないのか、はじめてしまえば終わるのか、ふたつは同時に生じるのかそれとも時間差があるのか、とにかく行けるところまで、波に乗って流れに乗ってはじまるか終わるかするところまで、あるいははじまるのでもなく終わるのでもないところまで、右足左足交互に、それは少しずつ見えてくる、少しずつ露わになる、端のほうがほんの少しだけ覗いているがこの暗さのなかで丸いのか四角いのか分からない、熱いのか冷たいのかも分からないし硬いのか柔らかいのかも分からない、それは何ものでもない、まだ何ものでもない、泡のような、捉えどころのない、名指すことのできないものであり、それでも何かではある、その何かへ向けて右足左足交互に、何度も何度でも、とはいえ何を探しているのだったか、何も探してはいないし探すつもりもないのだが、気づけば四囲に視線を巡らせているというか聞き耳を立てているというか、そうして探してもいないものを見つけてしまうのか、それが、それこそが探していたというか探さねばならなかった当のものだとでもいうように、それを書き留めるためにこそペンを取るのだろうか、まずは黒いのを、それから赤いのを、右足左足交互に、とはいえ何を、右足左足交互に何かを、右足左足交互にどこまで右足左足交互にどこまでも、右足左足交互にいつまで右足左足交互にいつまでも、それは尽きることがない、とにかく最初から、最初の最初から、とはいえ最初はどこに、ここに、つまりここに、ここがここでありあそこもここなのだからここしかないのだから、要するにここからはじまりここで終わる、ここで終わる、はじまってもいないのにまだ何も、ここで終わるここで、それが尽きることはないここで、何度も何度でもここで、右足左足交互にここで、ここでそうここで、尤もここではないここで、どこでもないここで、つまりここでそうここで。

─了─

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

戻る 上へ  次ページ


コピーライト