友方=Hの垂れ流し ホーム

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06

要するにしばらく立ち上がることもできずに横たわっているが、気持ちが悪く眩暈がして頭を擡げることもできず、僅かに首を動かして窺うくらい、いやそれすらしんどくて視線を巡らせるのがやっとだろう、そうして隅々まで巡らせてみたのだったか、とにかく暗く静かで目を開けているのに何も見えず、点灯あるいは点滅する光があるのは分かるがそれ以外は何も、そうして時間が滞って流れてゆかず、重い空気の塊が執念く居坐っているようでいつまで経っても朝にならない、それからずっと横たわっているのだが、まだまだ横たわりつづけるだろうが、もういいと言われるまで、気が遠くなるほどのそれは長さだがほんの一瞬のことでもあり、その無限の一瞬の手前というか彼方というか、ほんの僅かな隙間から差し込む光に向かって右の角、手前角の入口から対角線上の角、つまり南西の方角だがそこに置かれていたのではなかったか、自在に高さを調節できるが少しずつ高くしてもうそれ以上高くできない机が、本来なら上に置かれたものや中に入れられたものを全部ではないにせよある程度取りだして重量を軽くしてから取り掛かるのだろうが、それら紙や木やプラスティックでできた大きさも様々のものを移動させるのが面倒でそのまま持ちあげたこちらは四本脚ではなく二本脚の机が、黒くもなく剝がれてもいないが天板の木目も本物かどうか分からない机が、壁との間に十センチほどの隙間を設けて、というのは側面に金具がついているからで、左のほうはJ字形で右のほうは逆J字形の、そこに持ち手の部分を引っ掛けて吊り下げるのだが、よく確かめないと掛け損なって落下するそれはちょっと触れただけでも揺れ動き、まあ揺れたところでどうということもないのだが、左側は腰掛けると足が当たるからだろう、それともわざと当てに行っているのか、揺れる際に金具が軋むのが心地良いのかもしれない、軋みそれ自体か軋むリズムかその両方か判然としないが、とにかく持ち手が捻れてしまう、捻れはすぐ元に戻るが押さえながら一捻り二捻りして極限まで捻り上げてから手を離すと高速で廻転するその勢いが凄まじく無心にくり返していたらしい、回数にしてどのくらいになるのか見当もつかないが。気づけば暗くなっていて、視線を向けたその先にあるものを捉えようとしても物の輪郭が曖昧で色も不鮮明で距離感も定まらず、それでも天井から下がる細い紐を手探りで、大体の位置は把握しているが二度空振りして三度目に指先を掠め、四度目で探り当てて抓んで引っ張ると、かちりと硬い音がしてそれまでの暗さが嘘のように一瞬で明るくなる、何もかも鮮明に見えるというかどこに何があるのか手に取るように分かるというか、反動というか余韻というかで不規則に揺らいでいる紐の動きも正確に捉えられる、といって速度や軌道を数式で記述できるわけではないが、反対に四角い枠の向こうは暗くて何も見えない、つまり向こうから丸見えなのだろう、こちらを窺ういくつもの眼差しがある、あるに違いないとすぐに戸袋から戸を引きだして全面を覆い隠し、さらに布を引き、薄いのと厚いのと、レールを滑る器具のじゃらじゃら言う音を、複数あるが重なり合ってひとつのように聴こえる音を響かせながら、それで安心できるものではないにせよとりあえず監視の目は胡麻化せるということか、二十四時間三百六十五日休みなくこちらを窺うそれから、それが何かは分からないが、そうして右に三つ縦に並ぶ抽斗はそれぞれ大きさが異なり、幅と奥行きは同じだが高さが異なっていて下のものほど大きくなるから互いに入れ替えることはできない、もちろん入れ替える必要はない、その上から二番目の下からも二番目の抽斗には鍵が掛かっていて、鍵は左のそちらにはひとつしかない抽斗に入っているからその鍵で右中の抽斗を開けることができ、そうとすれば右中の抽斗に鍵を掛ける意味はないに等しいが鍵が掛かっていないと少なからず不安になるのだろう、右中の抽斗に鍵を掛けて左の抽斗に鍵を入れ、可能であれば左の抽斗にも鍵を掛けたいがそうなると左の抽斗の鍵を入れる抽斗とその鍵が必要になり、さらにその鍵を入れる抽斗とその鍵も必要になり、その鍵を入れる抽斗とその鍵も必要になるというように無限につづくことになるのだが、鍵を開けようとする者の意気を挫くことができればいいわけだからそれには何個の鍵が必要なのかと悶々と日を送るうちにある種の諦念に至り、だからといって鍵を掛けないという選択肢はないが鍵のない抽斗に鍵が入っているという事実は隠しようがないからだろう、鍵を掛けた抽斗の中に当の鍵を入れようとして無理やり隙間から押し込んだことがあるが、先端から半分ほど入った辺りで諦めたというのは本当だろうか。

それなのに端のほうで濃い緑色した缶が縁の辺りに錆を浮かせながらも金属の光沢を放っていて、角度によってはきらきらと反射して眩しいくらいだが、拳が入るか入らないくらいの口径だろうか、これもやはり年月とともに小さくなったのだが、側面に右上から左下へあるいは左下から右上へ斜めの線がいくつか引かれて螺旋を成している、それを道と見立てて飛べない代わりに、代わりではないかもしれないが、泳ぐことができる鳥のシールが貼られているが、最初から貼られていたのではなく手ずから貼ったのだろう、そこにシールがある以上貼るのは当然とばかりに、もちろん当然だろう、それを拒むことはできない、とはいえどこで入手したのだったか、誰も見ていない隙に棚に並んでいるのを掠め取ったのだろうか、自身の体を盾に後ろ手にまさぐりながら指先に意識を集中して、そうして木肌の感触がつるつるした紙の感触に変化するのを過たず捉えると親と人差しとによってさらに残りの三指も加えて抓むというか握るというか、折れないように傷つかないように絶妙な力加減で、あるいは長い列の最後尾について適度な距離を保ちつつ、つまり前後の間隔が常に一定になるようにしつつ時間を掛けて一歩ずつ前進しながらようやく辿り着いたそこで差しだされた左側のつまり右側の巨大なごつごつした掌の上にあるのをやはり親と人差しとで抓み上げたのだろうか、それとも誰でも自由に持ち去っていいのだったか、人通りのある店先に出された小卓に整然と積み重ねられた中から無造作に摑み取ったそれを小脇に早足になり、混雑する人らの間をすり抜けながら角を曲がったところで駆け足になると人込みに紛れて見えなくなるまで走りつづけて何度も転びそうになり、その都度腕を振ってバランスを取るが勢い余ってぶつかりそうになると右に左に躱しながらそれでも速度が落ちないように前のめりの体勢を利用して力強く蹴りあげ、そうして蹴りあげるタイミングが、ほんの零コンマ何秒の差がそのあとの動作にも大きく影響するから重要だが、リズムというか呼吸というか間合いというか、徐々に乱れて自ずと速度も落ちてゆき、それに伴い視野が拡がるらしくぶつかりそうになることはなくなるが、それからいくつ角を曲がっただろうか、抑も角はいくつあるのか、曲がっても曲がっても新たな角が現れてキリがない、そのうち力尽きて走るのをやめるが歩くことはやめずに前へ、一歩でも前へ、つまり力尽きてはいないのだが尽き掛けてはいて、僅かに残る余力で右足左足交互に、乱れた呼吸を整えながら腹に手を当て落ちないように、そうして人肌に温められたシールは彩度の高い原色のものが色褪せて薄く白っぽくなっているが赤と青と黄と白の四色に塗り分けられ、白を地とすると三色になるが縁どりの黒を合わせると五色になる、赤い縁どりのある白い帽子を被り赤い蝶ネクタイをして黄色いステッキを持つ鳥は全部で三羽だが野生のであれ飼育されたのであれ実在のそれとはかなり姿が異なり、いやかなりどころかとても同じとは見做すことができないほどに掛け離れている、それこそ色も形も何もかもが違う、表面はつるつるしているし毛は生えていないし自在に伸び縮みするし目は大きいし嘴は歪んでいるし笑っているし、それでいてそれがそれであることが分かるのだから不思議で、とにかくそれぞれ独立したシールで大きいのは缶の下のほうに小さいのは上のほうに貼られているが、遠近法によるのだろう、大きいのは手前に小さいのは奥にいるようで、いずれもよたよた歩いている、いつでも歩いている休むことなく歩いている今も歩いている、とはいえ進む向きが違い、右にいるのは左へ向かい左にいるのは右へ向かい、道は一本だからいつか出会うことになる、それでいて絶対に出会うことはない、それでも前へ、やはり前へ、そこに何本かペンが、赤いのと黒いのと細いのと太いのと差し込まれているが底面と縁の二点で支えられて垂直に近いものから斜めに傾いたものまでそれぞれ少しずつ角度が異なり、木製だったのがいつの間にかプラスティック製に変じている定規も、何に使うのだったか先端が球状の金属棒も、小振りなせいかふたつある穴に親と中とを入れると抜けなくなる切れ味の悪い、何度か砥いだことはあるが、確かそれ専用の石を買った際に刃物という刃物を手当たり次第に研いだのではなかったか、石を入れるプラスティック製の半透明の箱は石が動かないよう固定する台にもなり、底面に四つ黒くて丸いゴム製の滑り止めがついている、そこに灰白色の石を乗せ、水を掛け、刃を宛って手前から奥へ一定の速度で力を入れすぎないように滑らせると摩擦によって削られる、削り滓はとても細かく水に溶けはしないが水と混ざり合って練り胡麻にも似た灰色の液体となって石の表面に拡がり、それなのに当てる角度が悪いのか持ち方が悪いのか力加減が悪いのか巧く研げなかった鋏もそこに、手を伸ばせばすぐのところに。

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