友方=Hの垂れ流し ホーム

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不意に思いだしたように紙を捲るが一枚だけのつもりが二枚捲れてしまったり乾燥した指が滑って折れたり曲がったりするので慎重に、そしたら紙の擦れる音がして、それとも葉と葉の擦れる音だろうか、それらはとてもよく似ていて区別できないが、路面に響き渡るその音を聴きながら、いや聴いているようで聴いていない、それでも聴いているのだが、聴き流すのか流し聴くのかどちらだろうか、いずれにせよ視線を向けたその先に焦点の合わない、ピンボケの後ろ姿が掠めるというか横切るというか、見覚えのあるようなないようなその姿を追ってきたのだろうか、右に左に揺らぎながら風に流されながら何度も何度でも、暗い、所どころ明るく照らされている、だから暗くなったり明るくなったりする道を、とはいえいつ暮れたのだか、そうしていつ明けるのだか、もちろん暮れることもなく明けることもない、茫漠とした薄闇に包まれていて人気もなく静まり返っているのだから、つまり微かな物音も殊更大きく響くのであるからしてその音に気圧されて踏みだせない、踏みだすことをためらわせる何かがあるらしい、いずれにせよほとんど線が消えているのを、それでも右足左足交互に、見えない線の上を、いや見えないわけではない、うねりながら波打ちながらつづいているのが分かるというか聴こえるというか、薄い布の向こうから布を通してこちらへ、ゆっくりと移動しているのだろう、右足左足交互に、とにかく分岐でもあり合流でもある地点まで、その都度選ぶことの可能性というか不可能性というかに見舞われて足踏みしながら、とはいえいつでも踏み外せる、今すぐにでも、ほんの一歩で、いや半歩でも、そうして縁ぎりぎりを微妙なバランスで、絶妙なバランスで、つまり危うい均衡で右足左足交互に、踏みだすつもりがなくても前へ、自ずと前へ、尤も誰もいないのだが、ここにはもう、最初からもう、だから何度も何度でも、飽きもせず右をそれから左を、視線を彷徨わせながら、縁ぎりぎりを辿りながら、右足左足交互に、やはり不意に思いだしたように紙を捲る、その前にカップを取ると水平に保ちながら口元へ運び、カップを傾けるが口には何も入ってこない、空気は入ってくるが液体が入ってこない、見ると中身は空で、底面の縁に薄い茶色の液体が僅かに残る程度で、どれだけカップを傾けても逆さにしてもそれは落ちてこない、いつまでもそこに留まろうとしている、それならそれで構わないがいくらか気にはなるらしく、角度が変わるたび反射した光の筋が湾曲した角の丸みに沿って白く蠢くのを眺めやり、いや蠢くのではなく右に左に移動するだけだろう、全体どれくらい眺めていたのだろうか、五分くらいか、いやもっとだろう、気づけば暗くなっていて、滲むというか溶けだすというか、形を保っていられないらしく境界が曖昧になり、不確かなその形をなぞるように辿りながら紙を捲るがそこには何も書かれていない、まだ何も、これから書くのだろう、とはいえ何を書くのか書けばいいのか、書いたら終わるのだろうか、とはいえ何を、この暗さのなかで確かなものは何も、それでも路面に響き渡る音を頼りに右をそれから左を、いくらか前屈みに縁ぎりぎりを辿りながら緑の缶に手を伸ばすとそこに差してあるペンを、黒いのか赤いのかどちらだろうか、まずは黒いのを、そうして染みのような点というか線というかを、掠れた弱々しい、うねるような波打つような線を、右足左足交互に、とはいえ何を、何かを、何でもいいから連ねてゆけばどこへか至る、至るに違いないと右足左足交互に、硬い路面を踏み締めながら上っているのか下っているのか分かりそうなものだが波打ちながらつづいているその上を覚束ない足どりで、要するに分かりそうで分からない殴り書きの、誰にもとは言わないが自分にも読めそうにない文字の連なりを右足左足交互に。とはいえそれはどこから降ってくるのか、どこに落ちているのか、どこにでも、つまりあり触れたものにすぎないのだろう、あまりにあり触れているから見過ごしてしまうのか、とりあえず目につくものは何でも手当たり次第に拾い上げてポケットに入れる、ゴミ同然の、ゴミ以下のそれらを、そうしてポケットを膨らませ、無限に膨らませつづけ、気づけばゴミの山で捨てるに捨てられないというのは本当だろうか、とにかく足の踏み場もないからどこに何があるのか分からないもう、この暗さのなかでもう、一歩も踏みだせないもう、何かが蠢いているもう、それでも前へ、ゴミを搔き分けて前へ、とはいえそれは前なのか、本当に前なのだろうか、前を前足らしめているのは何なのか、これまで何のためらいもなく、いやいくらかためらいながらだろうが踏みだしてきた一歩がこれまで以上に踏みだしにくくなるようで、それでもためらいがちの一歩をためらいがちに踏みだしながら次の分岐でもあり合流でもある地点まで、この暗さのなかで何も見えないが道はつづいているのだから、黒々とした路面が波打っているのだから、うねりながら波打ちながら押し寄せる前を前として、つまり踏みだすそのかぎりに於いて、踏み締めるそのかぎりに於いて前が前になるということか、いや前は常にすでに前であり、前であるほかないのだから前ならざるものが前になるのではない、とにかく前を、前だけを見るというか見られるというか、そこにある、あるだろうものに触れる、触れようとする、指先の感覚だけが頼りだが届きそうで届かない、届くはずもない、それを捉えようとして書くというか綴るというか、インクがなくなるまで、なくなったら、なくなっても、線なき線を刻むというか踏むというか、右足左足交互に、とりあえず右を、それから左を、また右を、比較的安定しているからまだしばらくは大丈夫と根拠もなく、硬い路面を踏みしめながら縁ぎりぎりを辿って、いくつもの段差を越えて、越えたつもりになっているだけかもしれないが、何度も何度でも、尤もここにはもう、最初からもう、それでも右足左足交互に。

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