とにかく指定された時間に指定された場所へ向かうのだが、それは何ヶ月も前から決まっていて、まだだいぶ先のことと油断していると、いや油断しているつもりはないがいつ如何なるときも万全を期しているから何の不備もないというわけにはいかないのだろう、気づけば数日に迫っている、まだ数日なのかもう数日なのか、それによって心構えも変わってくるが、その間にあった日々はどこへ行ってしまったのか、どこかに仕舞ってあるはずなのだが、どうやって仕舞ったかは分からないがどうにかして仕舞ったのであり、仕舞ってあるからには取りだせるはずなのだがうまく取りだせない、取りだし方が分からない、蓋を開けて適当に中をまさぐれば取りだせるというものではないらしく、何か複雑な手順が必要なのかもしれない、いずれにせよ何の準備もしないうちに時は過ぎ、まあ特に準備することもないのだが妙にそわそわするのも確かで、折に触れ思いだしては確実に近づいてくるそれにいくらか気圧されながらそれでも近づいてゆく、右足左足交互に、歩幅を調整しながら、調整することなく調整しながら、縺れたりよろけたりすることもないので比較的安定した足どりと言っていいが油断はできない、そうしてその前に立つと触れることなく戸が開いて、通りすぎると戸は閉まる、もちろん電気でだが、異様な静けさに包まれたそこにはゴミ箱くらいの大きさの箱がいくつか並んでいて、どれでもいいがどれかひとつの前までゆくと画面にはカードを挿入するよう表示されている、カードを摑む手が記号化された図によって示されている、手首から先がないが切断されているというより最初から存在しないつまり腕のないそれはそれ自体が一個の生命体でもあるかのようで、右手か左手か分からないが右手でもあり左手でもあるだろう、あるいは右手でもなければ左手でもないかもしれない、だとすれば何手になるのか、手であることは確かだが誰の手でもないのであるからして存在しない手ということで非存在の手、非手となるのか、とにかくそれに従って横に細長い隙間に持参したカードを入れるのだが、入れる向きがあって裏表はもちろん前後というか左右というか、一方向にしか対応していないつまり正しい向きで挿入しないと入らないのでよく確認してから挿入する、その前に艶やかに濡れた肢体というか、左右に開かれた肉塊というか、ねっとりと纏わりついて離れないそれは二の腕か太腿か脹ら脛か、ぐったりと力なく投げだされているその上というか下というかに舌を這わせてゆく、端のほうから中心へ向かって、いきなり中心に攻め入るのは気が引けるというか腰が引けるというか、様子を見ながら少しずつ近づいてゆき、さらに温かく柔らかい、肉厚の、匂やかな襞の奥から滴る雫を残らず全部、もういいと言うまで、そうして狭い隙間に先端を宛って押しつけながらゆっくりと奥まで沈めるというか、沈めようとするのだが、途中で引っ掛かるというか途中までしか入らないというか、押し返されるような抵抗を僅かに感じて吐きだされると思ったら不意に吸い込まれ、さらに完全に見えなくなり、狭い隙間に指を入れることも隙間を拡げることもできないから中がどうなっているのか見ることは叶わないが熱を帯びていることは分かる、次いで表示される画面に従ってボタンを押すのだが、どれでも好きなボタンを押していいわけではなく、抑も好きなボタンがないというか、ボタンに好きも嫌いもないというか、該当するボタンを見つけだして押すのだが、押すべきボタンがどれなのか違うボタンを押してしまわないか、制限時間はないが、ないはずだが急かされているようでもあり、焦ると余計間違えるから慎重に見極め、それでいて拭い得ぬ疑念というか懸念というかに押されながら押すのだが、押しても表示が変わるだけで何の手応えもなく、なぜといって画面に触れただけだからで、ボタンが沈み込むようにそれは沈み込まないし沈み込んだように見えるのは錯覚にすぎない、つまりそこには視覚的なそれを除いてボタンを押す快感はないと言っていい、そのことを憂うべきか喜ぶべきか、とはいえちょっと触れただけでも反応するらしくすぐに機械の作動する音がして紙が出てくる、カードも出てくる、それはとても静かで背後を警戒することもない、つまりどこも明るく照らされているからで、身を隠すところもないが、隠す必要もない、そうしてそこに記されているところへ向かうのだが、その前に検問を通過しなければならない、何度も何度でも、やはり何かが照射されるのだろう、急遽用意された出来合いの、坐りの悪い、ぐらぐらする頭でっかちの、どこか頼りない装置の前に立つというか立たされるというか、促されるままそこにある足の形に合わせて両の足を置くのだが一周りも二周りも巨大な形に合わせることなどできようはずもなく、さらに右から置くのか左から置くのか特に決まってもいないらしく、そこに足を置く者の自由裁量に任されていると言えば聞こえはいいが、自由の名の下に責任を放棄しているつまりこちらに課されているようでもあり、課すことなく課しているというか、課されていないのに課されてしまう、その重さに耐えられないというのではない、右からにせよ左からにせよ大した違いはないだろうから、それでも何となく足踏みしてしまう、その一瞬のためらいを見逃さず促すような眼差しがこちらを捉え、有無を言わさぬというほどではないにせよ何某か強制力を秘めてはいる、だから従うほかないその眼差しに押されて一歩を踏みだすが右だろうか左だろうか、同時ということはない、可能か不可能かと言えば可能だがそれはない、滑らかにせよぎこちないにせよ右か左かどちらか一方に体重を掛けながら他方を踏みだすのだから、とにかく動いてはいけないらしく、といって呼吸を止めるわけではないし瞬きしないわけでもないからそれなりに動きつづけているのだが、それなりに止まってもいて、つまり動いているのか止まっているのか半端な状態だがそれが常態でもあり、抑も全部を制御できるわけでもない、そんなふうに動き且つ停止しているその間に済むというか一瞬で終わるというか、とにかく無事に通過すると扉のほうへ、五歩か六歩で到達すると右と左にひとつずつ、その中間にボタンがあって押すと光るのだが、やはり電気でだが、右が開くのか左が開くのか、どちらが先に到着するのか分からないがどちらかが先に到着するだろう、レースではないがレースのような抜きつ抜かれつのデッドヒートに一喜一憂することもなく待つというか待たされるというか、点滅するボタンを見たり見なかったりしているうちに光っていたボタンの光が消えて扉が開く、そうして酸欠になりそうな息苦しさに耐えながらまずは上昇それから水平に、反射が眩しいつるつるした面の上を滑らないように前へ、一歩ずつ前へ、入り組んだ通路に迷いそうになるのを矢印の示すほうへ、アルファベットと数字の組み合わせも手伝ってどうにかそこへ、右足左足交互に、そこにはカウンターがいくつもあるがどのカウンターなのか、間違ったら大変なことになると遠巻きに眺めやりつつゆっくり近づきながら見るというか見られるというか、その向こうに控えているひとりがこちらに向き直り、立ち上がるのを待って、それが拒絶ではなく歓迎でもないにせよ受容を意味するとすればだが、そうしてそのとき一瞬だけ視線が交差するのだが、その奥にある、あるだろうものを汲み取ることはできないとしてもその一瞬を逃さずさらに距離を縮めながら差し伸べられる手に差し伸べる、つまり一枚の紙片がこちらからあちらへ、果たしてそんなことが可能だろうか、もちろん可能なのだがそれを可能にするにはそれなりに技術が必要で、決して高度な技術ではないが必須のものではあり、必須ではあるが生得のものではなく、生得ではないが誰に教えられるわけでもなく、そうとすればいつの間に習得したのか、試練や鍛錬や訓練とも無縁のそれを、とにかく紙片が摑まれる前に紙片を摑む手を離してしまったらダメで、紙片が摑まれたのを確認してから、つまり紙片の両端が摑まれていることを確認してから紙片を摑む手を離すのだが、その一瞬を逃したら紙片は手から離れて落下する、どこまでも落下する、いやいずれ落下は停止する、それでも落下しつづける、終わりなき落下を終わらせることの可能性というか不可能性というか、とにかく細心の注意を払いつつ、とはいえそこに全部が記されているのだろうか、とても全部が記されているとは思えないがそれでいいのだろう、というのは全部を記す必要がないということで、つまり量の問題ではなく、然りとて質の問題でもなく、不可能性の問題だろう、それとも単に経済性の問題だろうか、いずれにせよ脇の画面と比較しながら確認する様子だが、そこに何が映しだされているのか覗き見ることはためらわれるし、入力装置のかちゃかちゃ言う音がやはり気になるらしくそちらのほうへ視線が逸れてしまうのを、縁を伝ってどこまでも流れてゆくのを、流れ着いたその先にある、あるだろう紙を捲るとさらなる文字の連なりが現れてキリがないのを、いくつもの可能性が立ち上がってきて何を拾い何を捨てるのか選択を迫られるのを、そうして見失ったものを再び見出すことができるのか、もちろんできる、できるに違いないとカップを取って傾けると黒いというか濃い茶色の液体を流し込み、ゆっくりと味わいながら飲み下し、カップを置いて視線を戻すと紙片はこちらへ戻ってくるが、次いでのように番号を示される、やはり番号と化すほかないのだが、番号と化したそれはどこへ向かうのか、もちろん前へ、どこまでも前へ、前よりほかに前はないのだから、埃っぽい空気を搔き分けながら縁ぎりぎりを辿って右をそれから左を、凸凹した面を跨ぐというか越えるというか、いくつもの線の向こうへ、縦の線横の線斜めの線、あらゆる線が入り乱れて複雑に絡み合っているその奥というか手前というか、暗くてよく分からないもののほうへ。