友方=Hの垂れ流し ホーム

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09

そこは元々川だったが、さらに前は海だったらしく、三つあるうちの中央を流れていたが落ちたのはそこではない、落ちることはできないもう、残るふたつは今も川で、淀んだ流れに半透明の丸いものが大量に漂っているらしく、さらには黒っぽい影も大量に漂っているらしく、その姿を見ようとぎりぎりまで乗りだして危うくバランスを失いそうになり、何度も何度でも、それでも懲りずに突き当たりを右へ、次の分岐でもあり交差でもある地点を左へ、そのとき川を越えるのだが、もう川ではないかつて川だったところを、それから次も左へ、その先にある箱のほうへ右足左足交互に、この暗さのなかで見えるものも見えないがそこだけ煌々と明るい、青白く光る縦長の箱は遠くからでもよく分かるが近づくとさらによく分かる、細部まで鮮明に、といってそれ自体が発光しているのではなく、矩形にくり抜かれたその中から外へ漏れ出ているのであるからしてその前に立つとそこにある姿が照らしだされるということでもあり、だから正面からではなく側面から近づくというか忍び寄るというか、壁に同化してざらざらした面の上というか中というか、壁際を、際の際を、右足左足交互に繰りだし縁ぎりぎりを辿りながら、もっとよく見ようと覗き込むと向こうからも覗き込まれて一瞬怯むがすぐに立て直し、そうして側面に寄り掛かって窺うとそこにそれはあり、手を伸ばせばすぐのところに、それでいて手が届かないのを、触れることさえできないのを、いずれにせよ光量の差で背後の闇はさらに濃く深く、粘っているというか湿っているというか、しつこく肌に纏わりつくようで拭い去ることも払い除けることもできないが、そこに歩道があり、段差の向こう、一段低くなったところは車道だろう、さらにその先の段差の向こう、一段高くなったところが植込みになる、生い茂る葉叢が地面を覆い隠して車道にまで達する勢いで、黒々として何かが潜んでいるような、こちらを窺っているような、もちろん何かが潜んでいるだろう、こちらを窺っているかどうかはべつとして、それでもその黒々としたものに背を向け、背後を警戒しつつもちろん左右も警戒しつつ、そうして黒ければ黒いほどそれだけいっそう鮮明に浮かび上がってくるようでもある箱は通りに面して設置されているが、缶や壜や紙パックが並んでいるのではなく、うっすらと浮かび上がるそこにはいくつもの姿があって布を纏っていたり纏っていなかったりはだけていたり透けていたりと様々だが、目は虚ろで潤んでいてこちらを見ているようで見ていない、頬は紅潮して唇は半開き、肉厚で艶やかな赤い唇の間から白い歯を覗かせ、ときには舌も覗かせて、なかば乱れた髪を垂らして気怠げに横たわりながらいずれも肌を露出して太腿から尻へ掛けて濡れたように光っているのは汗だろうか、それを舌先でなぞるというか撫でるというか、時間を掛けて丁寧に、渇きを癒すと言ったら言いすぎか、滴るものは全部飲み下しながら最後まで、最後の最後まで、もういいと言うまで、乱れた呼吸を整えながら右足左足交互に、硬い路面を踏み締めながら何度も何度でも、とにかく縦に二列に並んでいて列を乱すこともなければ列を離れることもなく微動だにせずそこに、というかここに、整然としているがそれでいて雑然としてもいるその中から選択することになるが昼間にそれが見えないのは、夜にしか見えないのはなぜなのか、だから事前に忍ばせておいたのだろう、つまり計画的な犯行というわけで、綿密というより杜撰な計画だが計画には違いない、右の前ポケットに右の手を差し入れると五指でまさぐりながら必要な数だけ摑みだし、というのは硬貨をだが、なぜといって箱には縦に長い穴が、一センチにも満たない細長い隙間があって、それは特別な隙間で、ほかにも隙間はあるが、至るところ隙間だらけだが、それら隙間とは異なっていてそれら隙間にはない機能が備わっている、つまりそこに硬貨を何枚か投入するとどれでも好きなボタンを押すことができるのであり、それともボタンを押すそれから硬貨を投入それから取りだすだったか、あるいは取りだすボタンを押す硬貨を投入だったか、いずれにせよ硬貨は一枚ずつしか入らないから焦ると手元が狂って入れ損なうし下手をすると手から離れて落下する、どこまでも落下する、そうなるともう探している余裕はなく、必要な枚数を補充するのが先と穴へ差し伸ばして次つぎ加算されてゆくのを、金属と金属のぶつかり合う音が奥のほうで響くのを、そうして数ある中からどれを選ぶかが何より重要で、つまりただボタンを押す権利が得られるということではないのであり、ボタンが押せればそれでいいということではないし押し心地のいいボタンを選ぶわけでもない、ボタンを押す快感があるだろうことは否定しないがそれは副次的なものにすぎない、たとえ異様な興奮とともにそれを押すのだとしてもボタンを押すことが目的ではないのだから、とにかく時間を掛けているわけにもいかないから一瞬の判断に掛かっている、それでもあれかこれかと迷いに迷ったすえに決定に至るというか、本当にそれでいいのかそれがいいのか決め兼ねたままおよそ決断とは無縁の宙ぶらりんのほとんどやけくその状態でボタンを押すと軽い抵抗とともにそれは沈み込み、離すと元に戻る、そしたら機械が作動して大音量が四囲に響き渡るのだが、身を隠す場所もないから側面に貼りつくようにしてそこにある闇に紛れて事が済むのを待つほかなく、それがどれほど僅かでも一秒でも長く隠れていられることを願うというか祈るというか、最早それは勝敗とは無縁の孤独な戦いというか不毛な戦いというか、四囲への警戒は怠りないが不意の出現には応じ兼ねるから、およそ出現というものは不意のことなのだから、そのときは茫然と立ち竦んでいることしかできないだろう、何度も何度でも、それは薄い冊子だが薄ければ薄いほど重々しく響くのだろうか、下のほうにある取りだし口に落ちる音が、いや衝突する音か、鈍い衝撃音が殊更大きく響いていつまでも鳴り止まないというか、耳に残ってつき纏い、不意に鳴り止み、不意に鳴りだす、何が切っ掛けなのか何かを切っ掛けにして、目覚ましを止めるように止めることができればいいが意のままにはならないのを、捉えようとするとすり抜けてしまうのを、とにかく手探りで、思った以上に奥にあって肘の辺りまで突っ込んで指が紙の感触を捉えたら摑んで引っ張りだすのだが、途中で引っ掛かって出てこない、焦ると余計出てこないから慎重に向きを変えて引っ張るというか、押しては引き引いては押しをくり返して取りだすと落ちないように見つからないように、尤も誰もいないのだが、ここにはもう、最初からもう、そうして一刻も早くその場を離れようと早足になり、もう川ではないかつて川だったところを再び渡ると右へ折れ左へ折れて、それから真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに、行けるところまで、行き着くところまで、縺れそうになりながら舗装された路面の上を右足左足交互に、箱はひとつだけではなく至るところに設置されているから順次巡ってゆくのだろう、硬貨の枚数にはかぎりがあるにせよ、勢いというか興奮というか、高じて収まりがつかず、少しく前のめりになって縁ぎりぎりを辿りながら、とはいえ安全な場所などないのだろう、尤も常に身の危険を感じているわけではないが危険と隣り合わせということは承知している、とにかく右足左足交互に前へ、ひたすら前へ、追手の姿はないが警戒は怠らず。

いずれにせよ遠くのほうで微かに揺らめいている線の白さに目を、不確かなそれでいて確固たる白さに耳を、とはいえ何を言っているのか、籠った鈍い響きが声となり姿となって薄い布の向こうから布を通してこちらへ、それを聞くともなしに聞きながら身を屈め、背後を警戒しつつ、背後だけではない上下左右を全方位を隈なく念入りに、何かあれば即座に対応できるかと言えばそれは疑わしいが、たとえ何もできないとしてもそうした構えがあるとないとではそこに決定的な違いがあるだろう、そうして左の抽斗を開けて中から鍵を取りだすと右中の抽斗の鍵穴に差し入れて右に半廻転、抽斗を開け、その中に納め入れる、すでに納められているものの上に角を揃えてそっと乗せる、折り返しの部分を重ねると左右で高さが異なって傾いてしまうから上下か前後か逆にすべきか否か迷いながら、次いで抽斗を閉め、鍵を左に半廻転、抜き取った鍵を左の抽斗に戻し入れる、それで完了、万事終了めでたしめでたし、いや終わらない終わることはない、終わっても終わらない、その気配もない、右足左足交互に踏みだしつづけるほかにない、道はつづいているのだから、黒々とした路面が拡がっているのだから、さしあたり次の分岐でもあり合流でもある地点まで右足左足交互に踏みだし、縁ぎりぎりを落ちないように、その先に何があるのかこの暗さのなかで何も、それでも前へ、構わず前へ、白く波打つ波打ち際というか真っ直ぐな曲線というか、上っているのか下っているのか僅かに傾斜している路面の凹凸を足裏が捉えるとそれに合わせて何かが、何もかもが変わってしまう、いや変わってしまった、変わり果てた姿となってそこに、というかここに。それでも呼ばれたら、呼ばれるまで、あるいは呼ばれないかもしれない、門の前でずっと待ちつづけることになるかもしれない、いやもちろん呼ばれるはず、番号を、一回限りの、使い捨ての、その都度違う番号を、硬い座面に尻を据えて文字の連なりを行きつ戻りつしながら、時間を進めたり巻き戻したりしながら、それともすでに呼ばれたのだろうか、もちん何度も呼ばれているし呼ばれたらその都度中へ、しばらくして外へ、中で何が行われたのかは知る由もない、混ざり合い渾然となって別様に変じてしまうのだから、さらに圧縮されてぺしゃんこになって見るも無惨な姿になってしまうのだから、寝かせるほどに味わい深くなるということはないだろうから、いずれにせよ狭い小部屋に通される、試着室のようなそこは入ると反対側にも扉があってそちらから出るのだが、右手前に丸椅子がひとつ、腰掛けると手前に籠があって背後には細長い箱が、扉がついていて開けると中には何もない、いや何もないわけではない、棚があり、上のほうに金属の細い棒が渡してあって衣類を掛けられるようになっている、そこに入れるものはないが、金属類を外すよう言われたので外して籠に入れ、というのは清潔感のある白い制服にだが、反対側の扉から出ようとすると通常のものよりかなり分厚く作られているのだろう、重くて開けるのに手間取り、体重を掛けて肩で押すとどうにか動くが油断すると挟まれそうになる、それを押し退け押しやって出るというか入るというか、窓がひとつもないが天井が高いからか閉塞感のあまりないそこは掃除が行き届いているのだろう、床が滑りやすく、一歩に二歩を要すると言ったら言いすぎか、とにかく促されてもすぐには移動できず、というのは白い制服にだが、ゆっくりと覚束ない足どりで台のほうへ、膝よりは高いが尻よりは低い透明な台がこちらのほうへ、一歩ごと確実に大きくなるがなかなか近づいてこないそれは長方形だが歪んだ菱形にも見え、いや厚みがあるから長方体か、四辺をクリーム色の枠で囲ってあり、透明な部分には桝のような線が引かれている、そこに腰掛け、次いで横たわるが分厚く頑丈なので割れることはない、枕が置かれて頭を乗せると上から巨大な装置が降りてくる、やはりクリーム色の四角い箱をいくつも組み合わせたようなものが、仕組みは分からないが音もしないそれは重厚な作りで相応の威圧感があるが軽々と動かしているようでもあり、そうしてひとりが丁寧に説明しながら、いくらか早口のせいかよく聞き取れないから適当な相槌で胡麻化してしまうがこれから行う作業のことだろう、微妙な位置を調整し、もうひとりが機械を操作するのだろう、分厚い壁の向こうから声だけがこちらのほうへ、スピーカーを通してだが直接の声もいくらかは届くので二重になったものとして、分裂したものが再びひとつになるのだがぴったりと重なり合うことがないから決してひとつにはならないその声に動かないよう言われるが、動いてしまいそうで力むというか強張るというか、僅かに震えが走るのを、それでもすぐに機械の作動する音がして何かが照射され、何も見えないし何も感じないが体内を通過するものと組織に当たって反射するものとがあるらしく、反射したところは白く、通過したところは黒くなるのだろう、その二色のグラデーションによって映しだされる姿はほとんどが支えるための組織で、その周囲にうっすらと輪郭が浮かび上がる、見えそうで見えないその形というか色というかで何が分かるのか分からないが、分かる者には分かるのだろう、ほんの僅かな翳りがあるのを、濁りというか曇りというか、闇と言ってもいいそれをぎりぎりで回避しながら、というか回避しようとしながら右をそれから左を、一歩ごと軋んで揺れるのを、波立ち揺らいでいる白い、騒がしい、それでいて消え入りそうな線が伸びているのを、側溝に向かって僅かに傾斜しているその傾斜がバランスを狂わせるというのではないが、あるいはそうなのかもしれないが、路面に足を取られそうになりながら右を、それから左を、また右を、その硬さにいくらか勢いづいて前のめりになりながら、いずれにせよ次の角を曲がればその次の角が現れる、その次の角を曲がればさらに次の角が現れる、角が角を呼び、角が角を生みだすのだろうか、そうとすれば無限に生みだされる角を無限に曲がりつづけることになる。

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