いずれ取り壊されることになるあるいはすでに取り壊されてしまったもしくは今まさに取り壊されつつあるそれでいていつまでも取り壊されることのないそこで、というかここで何が、というか何を、いや何も、といってやり尽したわけではないしやり残したわけでもない、最初から何もしていないのだから、ただ椅子に浅く腰掛けているだけなのだから、身じろぎするたびにぎしぎし軋むのを気にすることもなく、少しは気にしているだろうがほとんど気にすることもなく、腰への負担を気に掛けることもなく、もうずいぶん前からそうしたことには無頓着になっているが果たしてそうだろうか、ほんの少し角度をつけると、二度か三度くらいか、ボタンを押してすぐ離すとそれくらいになり、指とボタンとが密着している時間は一秒もないだろう、そしたら重心が尻のほうへ僅かにズレて腰への負荷が軽減するからそうしているのではなかったか、そのままボタンを押しつづければ九十度近くになるがそこまで角度をつけることはない、いずれにせよ椅子に腰掛けていればいいというものでもないだろうが、それよりほかにすることもないのだから、退屈なのであれそうでないのであれ、そうして眺めているうちに否応なしに浮かび上がってくるのだろう、それとも入り込むのだろうか、つまり僅かな隙間から縦に一筋光の帯が伸びていて浮遊する埃の粒も露わなそこは八畳ほどの広さで、いやもっと広くそれこそ何倍も広いが徐々に小さくなって最終的に八畳ほどに落ち着いたのだろう、南向きのほうは大きく西向きのほうは小さくくり抜かれていて開けたり閉めたりできるのだが途中で引っ掛かって巧く開け閉めできない、毎回必ずそうなるわけではないが油断しているとそうなるというか、そうなったことで油断していたことを知るというか、百回に一回いや千回に一回くらいだろうか車輪が溝から外れることもあって力づくというわけにもいかない、それでも毎日開けたり閉めたりしていた、いや一日に何度も開けたり閉めたりしていた、温度や湿度の調整にはそうするよりほかないからだが、固く閉ざされたその向こうには物干しがあって、床が軋んで今にも抜けそうな物干しがすぐそこに、といってもうそこにはないのだが、晴れると湿気を含んだあらゆる布類が、大きいのや小さいのや長いのや短いのや厚いのや薄いのや四角いのや筒状のや、隙間もなく吊り下げられ、上のほうに渡された二本の棹に引っ掛けるのだが、ただ引っ掛けるだけだと風で片方へ吹き寄せられるから動かないように挟んで固定し、降ると慌てて取り込まれるがひとつひとつ固定されているから外すのも厄介で、そうして三方を柵に囲われていて、こちらは頑丈にできているからちょっとやそっとでは壊れそうにないが簡単に乗り越えることができる、だから何度も乗り越えたことがあるというのは本当だろうか、下へ下りるための段があるわけではないからそれなりに危険を伴うことは承知で柵にぶら下がると低い塀に、といって跨ぎ越えることができない程度の高さはあるそこに辛うじて足先が届くのだが、不安定に揺らいで倒れそうになるのを慎重に体重を掛けてゆき、次いで手を離すと中腰になり、さらにしゃがんで手をつくのだが、つまり掌を下に向けて塀のほうへ近づけてゆくのだが一向に届く様子はなく、膝を越え脛も越えて踝に届きそうなのだがそこから先へは進めない、空間が歪んでいるのか時間が捻れているのか、見えない壁に阻まれてどうにもならない、力を込めて勢いよく差し伸ばすと踏み外したのか捻ったのかバランスを崩して腰から落ち、何度でも落ち、その際少しでも衝撃を和らげようと捻ったり反らしたりするが滞空時間は長いのに、それこそ無限とも思えるくらいなのに悉く失敗し、掌は鉄臭くなるし皮膚は分厚くなるし指のつけ根辺りに豆はできるし盛り上がった厚い皮膚の内側には液状のものが溜まるし全体にぶよぶよしているし、それが心地良いのか不快なのか、少なくとも気にはなるらしく弄るのが癖になって四六時中撫でたり摩ったりするうちに潰れると、つまり過度な圧迫や摩擦に耐えられずに皮膚が破れると透明な液体が溢れてくる、破れた皮膚が再生するまでは、つまり新たな細胞が生みだされ、日々生みだされていて常に入れ替わっているそれは下から上へ内側から外側へ層状になって順次押しだされるのだろう、そうして隙間を埋めるまでは手持ち無沙汰で何もすることがないから枠に腕を、九十度くらいに曲げた肘から先の部分を乗せて、元々乗せる場所ではないから長時間乗せていると角に食い込んで痛くなるが、右が痛くなったら左に替えることができ、左が痛くなったら右に替えることができ、つまり誰に咎められることもなく自身の裁量でそうすることができ、そうしてなかば凭れ掛かるようにしながら何を眺めているのか、ほとんど屋根しか見えないのだが手前のほうに申し訳程度に木が植えられ、僅かに木陰のあるその周囲にだけ丈の短い草が生えているが踏み拉かれてぺしゃんこになっていて、さらに高い柱がいくつも立っているが逃げられないようにだろうか、柱と柱との間に網が張られてぐるりを囲われているが上には網がないので飛んでゆくことならできる、飛べればの話だが、その内側でちょこまかと人形みたいに動き廻っているそれは飴粒くらいの大きさで、手足を生やし、服を着て、それぞれべつのものを身につけていて、簡単に壊れてしまいそうなほど華奢で、互いに近づいたり離れたりぶつかったり躱したり、そうしていくつか塊というか群れというかがあって群れごとに動いているのだろう、ルールに従ったり従わなかったり、あるいはルールなしに、そのひとつひとつは捉えられないが全部が混ざり合ってわあわあ反響しながら波打つように揺らいでいるのを、一際甲高いきゃあきゃあ言う響きが時折混じるというかそれだけが突出して届くのを、地面は乾いていて白っぽく、砂埃が舞っているからだろう、目を細めたり顔を背けたりしているのを。そうして何の前触れもなくそれは訪れるから準備も心構えもできないのだが、地響きがして柱が傾ぐというか揺れるというか、柱だけではなくあらゆるものが揺れだして、なぜといって三つのプレートがぶつかり合うところで常に押し合いへし合いしているからで、頻繁ではないにせよ同様の事態に何度も遭遇しているが、数字で示されるその大きさというか規模というかは大概一から三で大した揺れではなく、四以上、五とか六とか七とかは稀だからすぐに収まるだろうとそこにいる誰もが思っているに違いなく、どこか余裕があり、面白がっているようでもあり、それでも揺れが収まらず、通常の、平均的な長さからあまりに逸脱しているからだろう、騒ぐというかざわめくというか、様子を伺うように四囲を見廻しながら逃げようとする、とはいえどこへ逃げればいいのか、人形たちは茫然と立ち竦んでいてそれまでの余裕にいくらか翳りが見え、さらに揺れが大きくなると立っていられなくなってその場にしゃがみ込み、そしたら下から突き上げるような衝撃があり、それまでと比較にならないそれは激しさで、壁に罅が入り、一気に拡がってゆき、さらには剝がれ落ち、最初は小さな欠片がひとつふたつ、徐々に増えてついには壁全体が崩れ落ち、巨大な塊が人形たちの上に降り掛かる、木々が揺れて鴉が一斉に飛び立つと旋回しながら数を増して空を覆い尽し、鳴き声が不気味に響き渡るなか柱が倒れて網が覆い被さる、その下敷きになってもがき苦しむ人形たちの叫びというか悲鳴というか、さっきまでとは異なるきゃあきゃあ言う声が人形たちのクローズアップとともに映しだされるが、激しい揺れに像がぶれて表情は分からない、そうして広い敷地の中央辺り、砂煙が立つというか砂塵が舞うというか、勢いよく吹き上がって地面が割れ、割れ目というか裂け目というか、徐々に大きくなり、人形たちは傾斜した地面を滑って割れ目のほうへ、そこで踏み留まって落ちないようにぶら下がるが激しい揺れに耐えられずひとりまたひとりと落ちてゆく、滑り落ちるひとりにべつのひとりが手を伸ばして摑んで引き上げようとするが、あと一息というところでさらにべつのひとりが滑り落ちてきてぶつかり、三人とも落ちてゆく、いずれも全身を強打し、首の骨が折れ、頭蓋骨が割れ、関節が逆に曲がり、そうして底なしの闇のなかへ消えるのだが、しばらくして光る点が現れ、明るさを増しながら大きくなるそれは轟音とともに近づいてくると全部を覆い尽し、そしたら山の頂上辺りから巨大な火柱が立ち、山肌を熔岩が流れ落ちてくる、それは木々を焼き森を炎に包みながら低いほうへ、そこは扇状地なのだろう、市街地が拡がっているがその一面に灰が降り注ぎ、密集する建物に降り積もる、立ち上る噴煙は空を覆い尽してどんよりと暗く、数メートル先も見えないというのは本当だろうか、電線が激しく揺れて火花が飛び、あちこちから炎が上がり、傾いた建物や倒壊した建物の間を逃げ惑う人形たちの姿が映しだされるがやはり手振れがひどく、さらにプレートの動きによって海面が押し上げられるのだろう、川が溢れて土砂や瓦礫や人形たちを押し流しながら全部を飲み込んでゆく、寄せる波と返す波とが交互に何度も何度でも、それらはとても精巧に作られたミニチュアで、電柱も電線も建物も破壊するために、ただそれだけのために作られたのだろう、あらゆる角度から映しだされて次々破壊されてゆくが、炎と煙と閃光とでほとんど何も見えない、それを食い入るように眺めていたのではなかったか、近すぎると叱られるのだろう、少し離れた位置から、かといって遠すぎても臨場感や没入感が損なわれるから程々の距離を保って、手を伸ばせば届くところに、いくらか見上げる位置にそれはあり、高さも角度も自在に変えられるが使用するには専用のカードを挿入しなければならず、どこかで販売しているらしいがどこでなのか、狭暗い通路を抜けたその先の少しくひらけた空間にぽつんとひとつ設けられたどこか近寄り難い雰囲気の小さな窓口に幾許か差し入れるのでもあろうか、その際合言葉か何かが必要なのだろうか、いずれにせよ当のカードがないので画面はずっと黒いままで、薄暗いその向こうには布が揺らいでいるがそれよりほかには何も。