そうして逡巡している間も硝子窓の向こうに潜む影は身動ぎもしないからいるのだかいないのだかもちろんいるのだがそれよりも分身めく姿のこちらを睨み据えるような視線に捉えられてそれが硝子窓の向こうに潜む影に代わって譴責するように合言葉はと問い掛けるその問い掛けに答えようと意匠や記号の内にそのヒントを求めて視線を彷徨わせるがどの直線もどの曲線もどの配色も求める合言葉へと至る道筋を示してはくれないらしくだからそれが発せられることはなかったとそう言っていたのだろうかそう聞いたのだろうか狭くじめじめした中で湯気に包まれながら何ごとか呟いているのをたしかに耳にしたとそう言って構わないだろうかいずれにせよ浴槽に半身を沈めてぴちゃぴちゃいう音をさせながら膝頭が湯の上に出ているが右のも左のもそれが時折引っ込んだりまた出てきたりするというか右のが引っ込んだかと思えば左のが出てくるあるいは左のが引っ込んだかと思えば右のが出てくるというようにもしくは右のが引っ込むと同時に左のも引っ込み右のが出てくると同時に左のも出てくるというようにさらには右のが出てくるかと思えば引っ込んで左のが出てくる左のが出てくるかと思えば引っ込んで右のが出てくるというように殊更連携し合っているのではないにせよ何がなし互いに意識しているようなそれぞれ相手の出方を窺っているようなそんなふうな動きでそれはどこか波間に戯れる番のラッコか何かのようにも見えそうしてそのたびに湯面が波立ち揺らめいてつまり膝によって押し上げられた湯が放射状に体表面を伝い流れて再び浴槽の湯と混ざり合うのだが湯の中で足が動くだけでも湯は搔き乱されて波が立ちそのたびにぐにゃぐにゃと揺れ動く裸身の艶かしさと言ったらそれはもうぐにゃぐにゃというかぴちゃぴちゃというか見えるところはもちろん見えないところも至るところが波打っていて真面に立っていることさえできないというのではないにせよ踏ん張っていないと倒れそうな気がしてならないから足の運びも慎重になりそれでも倒れることはなく要するに両手を一杯に拡げても尚余る距離を保ちながら縦に走る二本の線の間に当の二本を結ぶほぼ同じ幅の線がいくつも横に並んでいるのだがどうしたわけかそれらがぐにゃぐにゃと波打っているというかそれらが引かれている地面が揺れ動いているらしくぴちゃぴちゃいう音とともにそれは盛り上がったり沈んだりして渡れそうにもなくそれでもそこを渡らなければ帰れないからその白い線を踏み越えて引き返してゆくがその手には何が握られてあるのか貨幣かそれとも小箱かもちろん小箱に違いないが入手に至る経緯については詳らかにできずというのは今の今聞いた事柄も聞く傍から零れ落ちてしまうからでさらには急いで拾い集めて繋ぎ合わせてゆくが巧く繋ぎ合わせることができたのか何か見当違いな繋ぎ方をしていないともかぎらないからで、そんなわけでぐにゃぐにゃいう音の中でぴちゃぴちゃと波打つ辻をゆく足の運びはぎこちなくつまり握り締めた掌の中でごく薄いフィルムがカサカサと音を立てているのを耳にしながら勇んで駆けてゆく足取りはいくらか軽やかではあるものの項垂れるように俯いて足元を確かめながら踏み場を選んでいるようなのは線というか帯というかその内側を内側だけを踏んでゆくというか踏んでゆかねばならないからで自らに課したそれは法というかルールというかつまりけんけんぱけんけんぱと輪の中をけんぱけんぱと外に食み出さないようにそこは底なしの沼というか灼熱の大地というか奈落の谷底というかちょっとでも食み出したら命はないというようにけんぱけんけんぱけんぱけんけんぱと数珠のように連なる輪はどこまでもつづいてけんけんぱけんぱけんけんぱけんぱけんぱけんけんぱと飛び跳ねるたびに艶やかな髪は踊るがアスファルトと違いグラウンドは砂だらけで滑りやすいからいつ踏み外しても不思議ではなくそれでも砂を舞い上げながらけんぱけんけんぱけんぱけんけんぱと人気のないグラウンドをついさっきまでは大勢の児童らの燥ぎ廻る姿がそこかしこにあったはずなのに今は気配もないこのグラウンドを西の空が茜色に染まるまでだろうかそれとも全天が深い紺に塗り込められても終わらないのだろうか影という影が長く伸びてこちらへ攻め寄せてくる中けんけんけんぱけんけんぱけんぱと跳ねる勢いも弱まってそれとともに安定した跳躍と着地が困難になりつまり上半身のバランスも崩れて右へ傾ぎ左に傾きしながら輪の中から片足でけんと飛び上がりふたつ横に並んだ輪の中へ両足でぱと着地するその動作をくり返してゆくがけんぱけんけんけんぱけんけんぱけんけんぱをリズムに乗り調子よく熟すことはもう無理なのかもしれず不安定によろけながらけんぱけんけんぱけんぱけんけんけんぱけんぱけんけんぱけんぱけんけんぱと影に侵蝕されてゆく広大なグラウンドのその半分近くがすでに影に飲まれてしまっただろうか残りの半分が飲み込まれるのも時間の問題というかその前に闇に覆い尽されるかもしれないがそこを横切るというか縦切るというか蛇行するように連なったいくつもの輪は僅かに盛り上がった砂山とその内側にもうひとつ盛り上がった砂山とによって世界をふたつに分断して一方を安全地帯他方を危険地帯と化せしめそうして安全地帯から安全地帯へと輪から輪へと飛び移ってゆくつまりけんけんぱけんけんぱけんぱけんけんぱけんぱけんぱけんぱけんぱというようにそれはとても危険なゲームというか生死を賭けた戦いというかこれまでどれほど多くの命が失われたことかひとりふたりと姿を消して最後には誰もいなくなるそのときまで突風に舞い上がった砂が目に入っても必死にけんぱけんぱけんぱけんぱと砂に足を取られても大きく腕を広げてけんけんぱけんぱけんけんぱけんぱと幾多の困難を乗り越えてけんけんぱけんぱけんぱけんけんぱとそれぞれ高さの異なる冂(けい)の形をしたパイプがいくつも並ぶその脇をけんけんぱけんけんぱけんけんぱけんけんぱとそのパイプに一方の足を掛けてひかがみで挟み込みさらに服地の端を巻きつけるなどして前へ廻ったり後ろへ廻ったりするその妙技が目に浮かびそれに見蕩れているとバランスを崩して着地に失敗するそしたら奈落の底へ真っ逆さまに落ちてしまうと気を引き締めてけんぱけんぱけんぱけんぱけんけんぱとそうして掌が鉄臭くなっても放すことなく握り締めて自分が廻っているのか世界が廻っているのか分からなくなったりしないのだろうかと訝りながらけんけんぱけんけんぱけんけんぱけんぱと廻っている当人よりも見ているこちらの目が廻りそうだと視線を逸らしてけんぱけんけんけんぱけんけんけんぱけんぱと鉄臭い臭いの中を潜り抜けてゆくけんけんぱけんぱけんぱけんけんぱと、そういえばあれは何と言ったか鉄パイプを格子状に組み合わせたようなつまり垂直方向に配したパイプと水平方向に配したパイプとの接合面がいずれも九十度を成している建設中のビルのような骨組みの立方体を積み重ねただけの四角い楼閣はその最上部には外側の骨組みがなくつまり遠くから見ると凸のような形に見えるそれの落とす影は複雑な幾何学模様で三角形があり菱形があり台形がありそれが時間とともに形を変えてゆく様子はつまりさっきまで直角に近かった角がいつの間にか鋭利な刃物か尖塔のように細く伸びて攻撃的なほどにその鋭く尖った先端をさらにも伸ばしてゆく様子はとても単純な構造体の織り成すものとは思えないがもっとよく眺めようとすれば楼閣の上に上るしかなくとはいえそうすると自身の影も落ちることになって折角の幾何学模様が台なしになるとそう考えたのかそれともその高さに目が眩んだのだったかあるいはすでにその場所を占拠している連中に臆してか遠巻きに眺めるだけにしておきというのは猿のような敏捷さと平衡感覚でパイプからパイプへ移動する彼らと同様な敏捷さも平衡感覚も持ち合わせていないからにはとても仲間に加わることなどできそうにないからでというか影の織り成すイリュージョンは何が楽しいのかいつだって上機嫌な彼ら猿たちのせいで台なしというほどではないにせよいくらか見映えが悪くなるというかほとんど直線だけで構成された硬質な構造体をほとんど曲線だけで構成された能天気な猿たちが動き廻る様子はどこか動物園の猿山めいて賑やかで活気はあるものの落ち着いて眺めるにはちょっと騒がしくそれでも終始落ち着きない猿たちはずっとひとつところに留まっていることもできないらしくそのうち潮が引くようにいなくなるというか気づいたら消えていることが多くそれこそイリュージョンめくがとにかくこれで存分に影のイリュージョンを楽しめるとそう思ううちにも日は傾いて影もその姿を消してしまっているということは珍しくなく抑も誰のものでもない遊具なのだから独り占めしようとすること自体不遜なことだし独り占めできるとももちろん思ってはいないがいずれにせよ一片の雲もない澄み切った快晴の午後というのが望ましくさらには誰ひとり邪魔する者がいない貸切りの状態なら文句なしだがそんな好条件に恵まれることは稀というか一度もないというかなかったはずでなぜといって晴れていれば誰もが外へ出て浮かれ騒ぎ燥ぎ廻るというのではないにせよ気持ちの良い日を浴びようとするだろうしそこにそれがあればそこへ向かって駆けてゆきそれと戯れ遊びもするだろうからでとにかくそれが望めるのは日が射しているときだけだからそれ以外はぎったんばっこんの無限運動に励んでいたらしくぎったんばっこんと高くなったり低くなったりしながらその高低差による眺望の変化を楽しみつまり巨大な天秤の両端にひとりずつ跨り微妙なバランスで均衡を保っているから軽く地面を一蹴りするだけで高く跳ね上がってそのままどこまでも上昇してゆくのではないにせよどこまでも上昇してゆくような勢いでだから頂点に達すると身体が浮き上がってつまり重力から解放されて軽やかに飛翔しているのが分かりそうとすればその一瞬のタイミングを逃さなければ飛ぶことができるに違いないとそう思っていた節がありだからぎったんばっこんと上昇気流を捉えようとしてぎったんばっこんと果敢に挑戦しつづけて已まずそうしていつか風船のようにぎったんばっこんと空高く舞い上がってゆくのをぎったんばっこんと夢見ながらぎったんばっこんと上がったり下がったりしていたらしく夢の中では比較的容易に飛翔するというか水中を泳ぐように自在に飛んでゆけるのだからできないはずはないのにと蹴り上げるタイミングを測りながらぎったんばっこんとそれがその遊具の名前だと思っていたらしくぎったんばっこんと呼びつづけてこれまで誰ひとりとして訂正してくれなかったのだとそう言っていたのだろうか。