いずれにせよ忽ち視線に捉えられて俯いたその眼差しでどうやって捉えるのか不思議だがその眼差しに絡め取られて尚逃げることは叶わぬらしく楔のように打ち込まれたそれは毛穴という毛穴から入り込んで血管の中を経巡りながら至るところに転移して全身を蝕みついにはそこに坐している姿が自分自身と重なるというか入れ替わってしまうというかむしろその姿こそが手というか棒というか支えとして突き立て頭を垂れて何を詫びているのかそれは知らないがそうして坐しているその姿こそが自身の本来の姿であってそこへと還ってゆくのだ自由に飛翔していたその身の自由はたった今終わりを告げて不自由な身体へと還ってゆかねばならないのだとそんなふうに思い做されていたのだろうかそれに答える術を知らないから答えようもないが今なら巧く答えられるだろうか今こそ答えるときなのだろうかフロイトでもラカンでも使えるものは何でも使っていずれにせよたしかなことは足裏の感触なのか一歩ごとの衝撃に路面の硬さを感じるというか一歩ごと離れてゆくのが分かるというかそれなのにもうそれは見えないのに振り返っても背伸びをしても人垣に隠れて見えないのにそれほどにも隔たっているのにその赤い帯は朱色というか緋色というか赤褐色というか赤銅色というか血のように赤く濃く粘つくような感触さえ感じられるし鉄臭い臭いが鼻先を掠めもしてつまりいくらか脱色されて赤み加減の弱まったそれが上から見下ろすように辛気臭い眼差しを投げつけるというわけだが同時にそれは下から見上げるように辛気臭い眼差しを返すことでもあり湾曲した円の表面で激しくぶつかり合って火花を散らすというのではないにせよ何がなし波立って四囲へ波及してゆくようなそんな気がしてならずそれでも路面の硬さを足裏で確かめながらさらにはそれが爪先上がりに傾斜していることをつまり上り坂であることをたとえ目を瞑っていてもそれが下り坂になることはないといった確信とともにもちろん振り返れば一瞬にして下り坂に変じてしまうのだが振り返らなければ上り坂でありつづけるということを生温い夜気に包まれながら一歩一歩確かめながら上ってゆくのだがその一歩の間というか前の一歩と次の一歩との間にはつまり前のが右なら次のは左となり前のが左なら次のは右となるがその間には無限の隔たりがつまり越えられない深淵が拡がっているとそう思い做されもして僅か一歩の間にこれほどにも巨大な穴が開いているなどとは思いもよらずそれでもその無限の隔たりを越えられない深淵を軽々と飛び越えてゆけるのだから不思議でいや不思議でも何でもなくなぜといって僅か一歩の距離なのだからつまりせいぜい五十センチとか六十センチとかその程度なのだからもちろんフロイトにせよラカンにせよそう使い勝手のいい道具ではないというか素人に使い熟せるものではないだろうから無理に使わないほうがいいかもしれないが、そんなわけで吹き寄せる生温い風に足取りは重くそれでももう終わるのだから終わらせるのだからと奮い立たせて坂道をゆく姿を取り戻すというか否応なしに引き戻されて丁字路というか逆ト字路というか遥か後方に据えてひとつ峠を越えたような間近にゴールを控えているような少しく肩の力が抜けたようなそんな眼差しで四囲を眺めることができそうでそうして眺められた四囲は狭い坂道を両側から挟み込むように壁が切り立ってうねるように蛇行する道のうねりをいっそう際立たせ先のほうへゆくほどに狭く小さくなる道のその先までは見通せないが一定区間ごとに作りが異なっているため変化に富んでいるのは細分された区画のそれぞれが己が主張を誇示して已まないからだろうがそんな区画のいくつかに共通して見られるものもあるにはあって偶然の一致か協議の結果かそれは知らないが垂直面の至るところに見ることができるそれは三つのアーチが組み合わさっているというかふたつ並んだアーチのそれぞれの頂点を足場にしてもうひとつのアーチが乗っているつまりふたつのアーチによってひとつのアーチが支えられている構図だがそこには五つまたべつの形があって中央にひとつ銀杏の形が浮かび上がりその下に控えるふたつは扇形に上のふたつは下辺の湾曲した菱形にといったように左右には対称だが上下には非対称な形となって現れる穿たれた穴というより黒く塗り潰された模様として認識されるその五つの黒い模様が三つのアーチを浮かび上がらせることにもなってというか最初に認識されるのが五つの黒い模様なのか三つのアーチなのかそれは分からないのであってどちらを先に認めようと残る一方もいずれ認識されるのだから視覚に何らかの障害があるならべつだがそうでなければどちらか一方だけが見えて残る一方は見えないということはあり得ないはずだからどちらが先でどちらがあとかといったようなことは重要ではないとそう断言はできないにせよ五つの模様と三つのアーチとがその虚とその実とが一組になってひとつの構造体を成していてさらにそれがいくつも連なってべつの模様を浮かび上がらせてもいるのだがアーチもなければ模様もない平らなといってもその表面はごつごつしていて目の粗いテクスチャというか要するに少しも滑らかではないがあり触れた何の特徴もない四角形が数の上では圧倒していてだからこそアーチと模様とがその中で際立つのだし目に留まりもするわけでというのは近くで見れば不均一だが遠目に見ると均一に見える連続するというか積み重ねられた四角形の面上でだがそれはどこか中世の名だたる数多の武将たちが群雄割拠してそれぞれ一城を築いていた頃のつまり極めて情勢の不安定な戦争ばかりしていた十六世紀半ば頃の城か何かで見掛ける寄せ手の軍勢を狙い撃つための銃眼を思わせもしてその穴の向こうには穴の数と同じだけ伏兵が息を潜めていていつでも仕留められるよう弾を装填して狙いを定めているに違いなくつまり火蓋はすでに切られていてその穴というか模様というかそれらいくつもの黒い染みを見つめているとそこから細長い筒が伸びてくるようでもあり、そう思ううちにも懸念というか不安というか兆してくるらしく少しく足の運びも慎重になるがそれまでほとんど気にも掛けていなかった自身の立てる靴音が思った以上に大きく響いていることに気づいて夜が早いというか他に物音とてない静まり返った上り坂であることに改めて気づいたその次の瞬間闇の中に白い閃光が迸って煤けた煙が細く立ち上り筒の先から小さな鉛の塊が物凄い速度で飛んでくるのを肉眼で捉えることはできないがその一斉掃射を受けて一体何発が命中し何発が命中しなかったのかそれは分からないが仰け反りもんどり打って苦しみ悶える姿がスローモーションで映しだされてというのは脳裡にだがそうして泥濘んだ地面に膝から崩れ落ちてゆくのを望遠で捉えるショットから俯瞰に切り替わると俯せに倒れ臥したその背からクレーンによる撮影だろうカメラが離れてゆくとともにその全身が映しだされてもちろん脳裡にだが二の腕は身体の脇に沿うようにしているが肘から先は鋭角に曲げられてつまり小さな万歳のあるいはバルタン星人のポーズと言ってもいい形になってもちろん親指とそれ以外の四指を向かい合わせにして鋏を模した形にしてはいないつまりなかば広げられなかば閉じられたそれはグーでもパーでもない状態で半分がた泥に埋まり一方の足を伸ばし他方の足をくの字に曲げたその姿はみるみる小さくなって四囲の泥濘みやら草叢やらに溶け込んでただの黒っぽい染みというか影というか模様というか風景の一部になるが常にフレームの中央に位置しているからそこから人の形を見分けることができ次いでまた画面が切り替わると俄に空が搔き曇り雷鳴とともに大粒の雨が落ちてくるが染みというか影というか模様というかそこへ向かって一直線に引かれたいくつもの線としてそれは見えてそうした一連のショットが映しだされてゆくのを眺めながら穴というか模様というか黒い染みというか内と外とを確然と分かつ構造体にそれを眺めもしていて微かに火薬の臭いを嗅ぎもして要するにその構造体にはいくつも穴が開いているというか開けられているというかそこを空気が出たり入ったりするわけだが空気が出たり入ったりするのを見ることが叶わないように当の構造体が縁石へと連なるその際つまり垂直面と水平面とが交わる当の地点は生い茂った草に隠されてそこがどうなっているのかはついに見定められずもちろん日の下でなら壁と縁石との間のほんの僅かな隙間から押し分けるように伸びている濃い緑のあるいは薄い緑の各種の草の生え出ているその際は容易に見分けもつくだろうが闇の中でそれらは渾然と溶け合っていて見分けがつかずよくよく目を凝らしてみても黒い染みのようなものが塗りたくられているようにしか見えないというか真っ黒ではないにせよそれに近い濃い黒というかとにかく黒さが際立っていて見えているものがそのまま見えている通りと解することはできないということをそれは示していると言っていい。