友方=Hの垂れ流し ホーム

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そんなわけで周縁へゆくほどに圧縮されるにせよその丸い囲みの内側というか囲みの向こう側にすべては納められてそれこそ全部が一切合切何もかもがこんなにも小さな囲みの中にというか向こう側にといっても手にしたら一抱えはありそうでひとりで持ち上げることもできそうにないが世界の全体に比べれば芥子粒並みに小さいということでそれなのに芥子粒並みに小さいその中にというか向こう側に全部が納められているのでありいや正確には向こう側でさえなく厚みのない薄っぺらな平面の際というか境界というかこちら側と向こう側との間とでも言えばいいのかとにかくそこに内側でもなく向こう側でもないそこに辛気臭い面持ちが開って注意を喚起すべくこちらを凝視するがそれはもう辛気臭くはないというか暗すぎるせいか曇っているからだろうか表情は読みとれずまったく読みとれないわけではないがほとんど読みとれず目が馴れるにつれて少しずつ浮かび上がってきたのはもっと若いというかもっと幼いというか両の瞼の上に一筋溝が彫られたつまりそこで皮膚が体の内側へ深く沈み込んで谷を形成しているといって僅か数ミリ程度にすぎないだろう皮膚の余剰と言ってもいい皺というか撓みというかそれが影となって瞼の際に沿うように一筋の湾曲した線を形作ってその下の櫛歯状に並ぶ反り返った細い毛とともに黒目がちの円らな眼差しをより円らに見せているその眼差しでたしかに見覚えがあるようだがどこで目にしたのだったかさらに馴れるにつれぼやけていた輪郭も浮かび上がってくるがその上に乗っている黒い塊が壁に穿たれた穴のようにも見えてたしかな見覚えが少しく遠退いてゆきそれでもさらに馴れてくると穴と見えた黒い塊も少しずつ解れてその一本一本を見分けることはできないにせよその下の輪郭と一繋がりのものとして風が吹けば靡きもし艶やかな光輪を閃かせもする黒々した頭髪であることが見て取れるといって明るい日差しの下でなら閃きもしようが薄暗い中でそれは望むべくもなくそんなわけで少しく褪めた態度で一瞥するに留めて向き直るとそこには足裏の熱を忽ち奪ってゆくタイルが一面に敷き詰められていて大きさも形も様々なそのモザイク模様は何かの形を模しているようにも見えるがそうでないようにも見え垂直に切り立った面にもそれは連なって少し高くなってから落ち込んでいるその向こう側は思いのほか深く底まで足が届かないのでもちろん今なら届くに違いないがそのときはまだ届かなかったので水の張られていないそこに落ちたらひとたまりもないと縁から覗くだけにしてそれでも足裏がむず痒くなるような胃の腑が引き締まるような感覚に浸されてそれが治まるまでのほんの数秒の間薄暗い闇のいったいどこを見ていたのだかそれは分からないが阿弥陀のように目地を辿っていってもどこにも辿り着かないというかどこにも辿り着けないというかとにかくいつも空の状態でだから毎日通っていたのだろういや毎日だったかは定かではないが歩いてゆくその道のりは真っ直ぐで直角に交わる道ひとつ挟んだその向こう右手角にある煙草屋の奥というか隣というか産科医院のさらに奥というか隣というかそこにそれがありその間を行ったり来たりしていたのだろう見上げると四角い枠に囲まれたその内側にモザイク状にタイルが並んでいるが淡い色のタイルの中にいくつか濃い色のタイルが混じっていて三つの纏まった塊を成しているそれは右から湯次いで真ん中が楽最後に左は永と象られてそれぞれ単独に意味を持っているがこの場合三つでひとつの纏まりと見做さねばならずそうしてそれはべつの新たな意味を成すことになるのだがこのときはまだ色の違うタイルの集合体としか認識していなかったらしくというか抑もそんなものが掲げられていることすら知らない様子で、いずれにせよ出口も兼ねている入口は右と左とに分かたれているのが通例だが右だったろうか左だったろうかいずれか一方から入るのが常でそこにはいくつも小箱を並び重ねたような背の高い木棚が並び立ちそのひとつひとつに扉がついているそれは鳩を入れるのにちょうどいいくらいの大きさでそこに一揃いを並べ入れるのだが箱の中に納まったそれはまるで番の鳩のようでだから隙を見て飛び去ってしまわないよう扉を閉ざし木札を引き抜いて鍵をするのだとそう長らく思っていた節があり帰るときそれがまだそこにあるのかどうか飛び去ってしまっていないかと少なからず不安を懐いていたらしくいずれにせよこちらとあちらとを確然と分かっているそれは押すのでもなく引くのでもなく横にスライドさせなければならないということでそうするとレールの上を妙な軋みを上げながら巨大な板が滑ってゆくが長い間の開け閉てによって弛んでしまったのだろう填め込まれた磨り硝子が桟の中で激しく音を立てるからそのうち外れてしまう外れて床に落ちてしまうそしたら粉々に砕けてしまうし裸足の足にそれは突き刺さるだろうしそこでは誰もが剥きだしの肌を晒しているのだからそんなことになったら大変と気が気ではないが気に掛ける者は誰もいないらしくただひとりを除いてとにかく湿った空気に満たされて密度が増したような濃縮されたような肌に纏わりつくような感覚に不安は搔き立てられるのかそれとも慰撫せられるのかそれは分からないがそこにもいくつも箱を並び重ねたような背の高い木棚が並び立ち小箱より一廻りも二廻りも巨大なそれは中型犬を入れるのにちょうどいいくらいの大きさでそこに身包みすべてを入れるのだが箱の中に納まったそれはまるで丸くなった中型犬のようでだから隙を見て逃げださないよう扉を閉ざし木札を引き抜いて鍵をするのだとそう長らく思っていた節があり帰るときそれがまだそこにあるのかどうか逃げだしていないかと少なからず不安を懐いていたがそれはまた一際高いところに陣取ってこちらからは窺えないその向こう側からそこからの眺めはどんなに素晴らしいだろうと誰もが羨むところから一望を見下ろしているベンサムの考案になるあれは何と言ったかある種絶対的な存在への複雑な思いとも相俟って何がなし萎縮してしまうのでもあろうかそれでもこちらの領域とその奥に拡がる領域とを画している一面の硝子は水滴に曇っているからそこまでは監視の目も届かないだろうと未だ規律訓練に侵され毒される以前のあどけなさでそう短絡して一刻も早くあちら側へと逸るせいか却ってもたついてしまうがその始末は後に託してひとり駆けだしてゆくその背は忽ち湯気に隠れて見えなくなりそれを目端に捉えながら慌てることもなく桶を小脇にあとを追うまだ若い母親は後ろ手に戸を閉めながら四囲を一瞥して空いている蛇口を探し小股に歩いてその前にしゃがみ込むと蛇口の下に桶を据え開いた膝で挟み込むようにしてふたつある蛇口の栓をふたつとも捻って中央で合流して勢いを増した奔流が飛びだしてくるそこへ指先を当てながら緩めたり締めたりと巧みに操作して左右のバランスを調整し桶一杯に注がれてついには溢れだし流れだしても尚調整に余念なくそうして適温になったところでというのは人肌より二度か三度か高い温度だが栓を締めて一旦流れを堰き止めておいて溜まったそれを右だろうか左だろうかこちらが右ならあちらは左だしこちらが左ならあちらは右だがとにかく自身の肩の上で傾けるとそれは自ら流れ落ちて湯気を立ち上らせ、そうして肩から背中へ背中から腰へ腰から尻へあるいは肩から胸へ胸から脇へ脇から腰へ腰から尻へ順々に肌を伝い流れる流れのそのいくらかは水滴となって纏わりついて動くたび艶やかに煌めくのでありつまり上げたり下ろしたり曲げたり伸ばしたり引き締めたり緩めたりするたび四方から射す光を受けては跳ね返し受けては跳ね返ししながらそこにあるいくつもの目を間歇的に刺戟することで目にというか意識にそれを水滴の煌めきと認めさせるわけだがいずれにせよ大部分は流れ落ちてタイルを濡らしてしまい一面水浸しになるつまりあちらでもこちらでも湯は惜しげもなくぶちまけられるから濡れたタイルは滑りやすくバランスを取るのが難しいのでありそれでもそこを駆け抜ける疾走感にいつしか魅了されてそれに浸っている間だけは何からも自由だというように腰を落とし前傾姿勢になって端から端を行ったり来たりあちらからこちらへ行ったり来たり飽きもせず行ったり来たりそうして三年もの歳月を行ったり来たりしているが馴染んでいるようで馴染んでいない馴染んでいないようで馴染んでいる毒々しいオレンジが絶えず毒を吐き掛けてくるいやそれほど毒々しいわけではないが人の気を惹くいやらしさで佇んでいるのが遠くからでも見て取れるいずれにせよ常に警戒していないと何が起きるか分からないというかほんの僅かな気の弛みが命取りとでもいうように振り返ると丁字路というか逆ト字路は少しだけ遠離っていて日中溜め込んだ熱気が少しずつ染みだしているのか直接それを足裏に感じることはないにせよ大気はいくらか熱を帯びて吹き寄せる風にそれを感じると僅かながら勾配が変化するらしく踏み込む足に勢い力が入りすぎ次の一歩が徒に宙を彷徨った挙げ句予測していた着地点から僅かに外れてその僅かな誤差がさらに次の一歩を狂わせてその次の一歩はそれよりさらに予測を外れそうして徐々に収拾がつかなくなっていつか破綻を来すことになるそれは免れ得れないことなのだと吹き寄せる風の生温さに説き伏せられたように心持ち面を伏せて足元を確かめると緩やかに傾斜しているそこは濡れているようにも見えるが濡れているわけではなく暗さというか闇というか翳りというかそうしたもののためにつまりそれを捉えるための光量が絶対的に不足しているために濡れたような黒さに地面が被覆されているのだがそうした認識をもちろん誤った認識をそれが誤った認識であることは知りながらその誤った認識を拭い得ないことを嘆いても詮ないがいずれにせよ濡れていると滑りやすいから一気に滑り落ちてゆくだろうどこまでも滑り落ちてゆくだろう濡れていればの話だがもちろん濡れているのだがそこは必ず濡れているのだが匂やかに濡れて煌めいて所構わず滴り落ちてくる透明なあるいは白濁したその滴りにびくりと身を仰け反らされもするのだがあるいは大きく口を開けて舌で受け止めようと待ち構えたりもするのだがそのせいか艶のある甲高い声はいっそう艶めいて聞こえいけませんと甲高く響くと高い天井にそれは谺していつまでも残響していたがそれでも聞かずに走り廻っていたのだろう何度後頭部を強打したか分からないが泣いても叱られても次には忘れていて同じように燥いでいたらしく肌を晒して湿った生温い風を全身で受けながら行ったり来たりあちらからこちらへ行ったり来たり端から端を行ったり来たりそうして行ったり来たりするうちに暗く長い廊下は尽きることなくどこまでも伸びてゆき端から端までいったいどれほどの距離なのか部屋にはかぎりがあるはずだが廊下のほうにそれはなく闇に呑まれたその先にもずっとつづいているに違いないというかそこは回廊状になっていてその中央に穿たれた穴というかそこだけ明るい開けた空間を中心に廊下伝いにどこまで行っても果てはなくはじまりもなければ終わりもない目眩く迷宮と化した小世界とそんなふうに見ていたようだがそこだけ光に溢れた空間を挟んでその向かいにはいくつも部屋が並んでいるのが硝子越しに見えるような気がして目を凝らすと次第にそれは浮かび上がりいずれも閉ざされていて使われなくなってからもうずいぶんになるらしくこちら側が生の領域とするならあちら側は死の領域に支配されているとそんなふうな認識を懐いていたわけではもちろんないが直感に於ける漠然としたイメージはそんなふうだっただろうとは少なくとも言えるかもしれないもちろん特定シナプスの活性化という形でだが。

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