つまり彼岸と此岸との間にあって日を浴び輝いていたそれはこちらとあちらとを確然と分かつものとして且つ均衡を保つ装置として機能していたと思しく要するにそこが世界の中心であってそこから世界が紡がれてゆくと無邪気に信じていた頃の万能感はどこへ行ってしまったのかそれを求めているのではないにせよいくらかはそんな期待も懐きながら中心へ向かって開かれた通路というか縁側というか午後の日が射し込んで開け放たれた硝子戸にそれはいくつもの屈折の跡を刻みつつ拡がってゆくのだろうかあるいは染み込んでゆくのだろうか踏みつけるたびに乾いた軋みを上げる日に焼け色褪せたそこは外でもあり内でもあり少し斜めを向いて腰掛けるまだ若い母親は暗く沈んだ屋内をそこまでは日の光も届かない屋内を背にして白っぽく浮かび上がっているが身体の凹凸に沿うようにしていくつも細い線が横に走るTシャツは長く見つめていると目がちかちかしてくるが袖から出ている二の腕は肉づきもよく膝上丈のパンツから覗く太腿も同様に肉づきよく一纏めに後ろで束ねた髪が少しく肩に掛かって垂れ下がり露わになった額も生え際の曲線も日を受けて白っぽく細く柔らかな産毛はその際を曖昧にぼかしてグラデーションとなり顎から首に掛けては濃い影が落ちて白と黒とにくっきりと分かたれているが午後の日の下で健康的な若さに溢れているのが少しく赤らんだ頬の膨らみにも見て取れると言ってよくそうしてはにかんだように口元を綻ばせて日に浴しながら何を見ているのかその眼差しの先には何があるのか振り返るとそこには自然を模して作られた小山が連なって苔や草木に覆い尽されたその表面は変化に富み季節ごとに異なる相貌を覗かせて見るものの目を楽しませただろうことは想像に難くなくそのすぐ傍らに一際目を惹く赤い帯が斜めにというか真っ直ぐにつまり水平に伸びているのだがそれはこの小さな世界を上下に裁断していると同時にこちらとあちらとをつまり彼岸と此岸とを結びもしていてずいぶん色褪せてしまってあちこち剥げ落ちているがそれでも眩しく輝いてこちらからあちらへあちらからこちらへと渡るたび敷き詰められた板と板とが擦れ合って立てる軋みもいくらか艶めいて響くようで何が面白いのか飽きもせず行ったり来たりしているのをこちらも飽きもせず眺めていたというか今尚眺めているのだがいつ見ても同じ姿勢をしてつまり斜めに腰掛けて上半身をいくらか右に捻りその分だけ右半身が隠れて影になるが露わになった左半身はそれだけ多く日を浴びてそうして同じ微笑を浮かべてというのは口角を僅かに上げ目を細めて右のほうをつまり向かって左のほうを眺めているのだが少しく空間が空いているその先は不意に切断されているというかそこには空間さえもなくつまり無なのであり同様にして右側も無なのでありさらには上側も下側もいずれも無なのでありそれでも揃えた脚の膝元に置かれた両の手に日を受けて白く輝かせながら微笑んでいるのであり微動もせず同じポーズを保ちつづけるモデルのようにいや紛れもなくそれはモデルであってレンズの前でポーズを取っているのだからモデル以外の何ものでもないとそう言っていたのだろうか、懐かしむようなその目はどこを見ているのか焦点の定かならぬその眼差しの奥に赤い帯が透かし見えるというか間近に屹立して見上げるほどの大きさだが普段は見向きもされず何かを耐え忍んででもいるようにひっそりと佇んでいるだけなのにこのときばかりは様子が違うというか妖しい気を放って四囲を圧するその威容には道ゆく誰もが目を奪われて石でできた二本の太い柱のその上に弓のように反ったこれも石でできた柱を梁のように架け渡してあるさらには二抱えもあるような太い縄が架け渡されてその周りにはそれを取り囲むようにごく薄い紙でできた中央で膨らんで上下の窄まっている小判形というか俵形というか何かそうした形の筒状のものが蛇腹になっているから伸びたり縮んだりして押し潰すと円盤状になり使わないときにはそうして仕舞っておくのだろう筒状のものが幾列にも並べられていてそれが内側から発光しているのは中に電球を仕込んであるからに違いないが昔は蝋燭だったらしくそれが何十何百と連なってよく燃えないものだと不思議だが山と谷とが交互に連続したその表面には黒い線が太く引かれていて幾本も引かれていて縦にも引かれていて横にも引かれていて斜めにも引かれている真っ直ぐな場合によっては曲がったそれらの線は波打ち震えているようでいやたしかに波打ち震えていて僅かな風にも揺らめくその姿はまだ生きているようでいやもう生きてはいないというか最初から生きてはいないがそれでもまだ生きているようでいずれにせよ頑丈な骨組みが組まれているその骨組みにしっかりと固定されているだろうから吹き飛ばされる心配はなく自ら羽ばたいて飛んでいってしまうことももちろんなくとにかくそこから発する光で明るく四囲を照らしだすその後光めく光を受けて赤いモニュメントはさらにも威容を増すというか電球の明るさと対照的に黒々と闇に沈むというか闇が浮かび上がるというか矩形に穿たれた穴のようでその前に伸びる道は人で埋め尽されているのであり訪れる人も後を絶たないがそのすべてを呑み込むことはないにせよいくらかは呑み込んで次いで吐きだし新たに呑み込んでまた吐きだしべつのを呑み込んでそれも吐きだしをくり返して已まず流れの中でそこだけ澱んだように停滞しているというか鉤の手に曲がると幅が半分になってしまうため押し合い圧し合いしているその下を潜り抜けてあちら側へ至ると俄に空気が変わって一面清澄な気に満たされているというのではないにせよ何がなし玄妙な心持ちにはなるらしく再びその下を潜り抜けてこちら側へ戻ったその顔つきはいくらか穏やかになっているというがそれは本当だろうか願いが叶ったわけでもないのに叶うかどうかも分からないのに、それにしてもどこから湧いてくるのか四囲は人で溢れて前へも後ろへも右へも左へももちろん斜めへも進むことができずだからただ流れに身を任せてゆくよりほかないが中央へゆくほど流れは速くなり縁へゆくほど流れは緩やかになってあるところでは渦を巻きべつのところでは澱みまたべつのところでは逆流しそれでも動きは止まることなく流れは滞ることがない実際の川の流れをそれは模したかのようで仮にひとりひとりを水分子に置き換えてみるならばたしかにそれは川でありだから巧く流れに乗ってゆけばスムースに移動できるが少しでも流れに逆らおうとするとそうした意志は悪しき意志だとでもいうように押し寄せる波に呑まれて水底へ引きずり込まれてしまうその流れの縁に沿って隙間なく並んでまるで堤防か堰のようにそこを越えることを妨げて歩道を埋め尽しているつまり本来ならそこを歩くはずのところに陣取っているため人はそこを歩くことができずに車道へと追いやられ車輌のほうは通行を禁止されるのだがとにかく歩道を占拠している骨組みに布やビニールで覆いをしただけの俄作りの簡素な雨を凌ぐことができる程度の建物というか小屋というかテントというか撤去されてしまえばそこにそれがあったことなどすぐに忘れ去って再びこの季節が巡ってくるまでつまりちょうど一年後でないと再び会することの叶わないそれぞれ異なるものを商ういくつもの小空間からはそれぞれに威勢のいい声が飛び交い甘い砂糖の匂いや焦げたソースの香りやカラフルな色彩や目眩くカラクリ仕掛けやすぐ死んでしまう小さな命たちの愛らしい動きやで誘って激流から救い出そうとしそうして店ごとに差し伸べられる救いの手のどれに救いを求めようかと流れの中から物欲しげに眺めやるいくつもの眼差しは次の日にはもう輝きを失って退屈な日常に呪詛を吐くが今はまだ煌々と照らされたその下で湯気を上げている火傷するほどに熱いだろう鉄板の上で踊る具材の香ばしい香りに魅せられ流れの速い中央から離れて緩やかに流れる縁のほうへ引き寄せられてゆくがその背後で激流は尚も激しく流れてその内にあるものを誰彼構わずどこか遠くへ運び去ってゆきつまりそうして運び去られてしまったのでもあろうかもう二度と戻ってはこないのだろうか小さく華奢なその手はごつごつした硬い大きな手に包まれていたはずなのに繋がれていたその手がいつの間にか離れてしまっていることに気づいたときには激しい流れの中で見覚えのあるその手も腕も背中も見当たらずそんなふうにして不意に姿を眩ませてどこか暗い物陰から慌てふためく様子を覗き見るというようないよいよ限界に達したと判断したら満面の笑みで現れるというようなこれはそうした類いの在不在のゲームなのに違いないと祈るような思いで四囲に救いを求める眼差しを向けていたことは覚えているとそう言ったのだろうか如是我聞即ち是ノ如ク我聞ケリとそう言って構わないだろうか一時仏在舎衛国祇樹給孤独園与大比丘衆千二百五十人倶皆是大阿羅漢衆所知識即ちアル時仏舎衛国ノ祇樹給孤独園ニ在マシテ大比丘衆千二百五十人トトモナリキ皆是大阿羅漢ニシテ衆ニ知識セラレタリとか何とかつづくことは措くとして、とにかく流れに阻まれてどこへゆくこともできず何を捜しているのか捜している当のものが何なのかそれが分からないというように為す術もなく佇んでいるほかないことを孤独に耐えるほかないことを出口の見えない終わりのないそれは苦行にも似て深い絶望の淵にどれほど彷徨っていたのかは分からないがその手はまたいつの間にか繋がれて煙草を持ってもいないのにいつも煙草の臭いがしているごつごつした硬い大きな掌に包まれてありその乾燥して皺寄った掌に包まれてさえいれば何の不安もないとばかりに激流の中を自在に泳ぎ廻ってあれもこれもと欲張りねだって已まないがひとつとして叶ったことはないらしくいやひとつくらいは叶ったかもしれないが叶ったにせよ叶わなかったにせよ煙草臭いその大きな掌に包まれてあることで波に飲まれることなくうねりにうねった流れの中をゆくことができるわけでつまり大きなうねりの中をもちろん小さなうねりの中もさらにそこに中くらいのうねりを加えてもいいがそうしたあらゆるうねりの中を滑ってゆくというか皺寄った尾根伝いにあるいは尾根を越えてゆきながら戯れるというかするうちにいつか探り当てそうして鼻先へ持ってゆくと息を吹き掛けるというか吸い込むというか吹き掛けては吸い込み吹き掛けては吸い込みそこから発する熱というか何か特殊な成分でも含まれているのか飽きもせずくり返し吸い込んでは吹き掛ける児戯めいた行為に耽りながらうねりの中をたゆたっているというかたゆたっているらしいのを肌で感じながら次第に熱を帯びてゆくのが分かりというのは互いにだがつまりこちらの熱はあちらにあちらの熱はこちらにという具合に渾然とひとつに混ざり合ってどちらの発した熱なのかそれさえ判然としなくなるというわけなのだがその先にあるものあるだろうものをある種の期待とともに見据えながら尚もうねりの中をたゆたっているらしいもちろん互いにだが。